私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ

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 3から2を引くと1が余ってしまう。
 だから、早急に他の余っている1とくっつけて2にしてしまおう。

 これはそういう婚約だった。


 ***


「リンジー! 聞いてくれ!」
「ケイン?」

 予定にない婚約者の訪問に、リンジーは驚いて目を丸くした。

「どうしたの?」
「俺の研究が認められたんだ! 賞を取って、その功績で卒業後は王立の研究所に入れることが決まった!」
「ええ?」

 ケインは学園では学術科に所属している。普通科に通うリンジーには研究のことはよくわからないが、彼がずっと真面目に研究に打ち込んでいたことは知っていたから手放しで喜んだ。

「すごいじゃない! 良かったわね、ケイン」
「ああ。諦めそうになった時にリンジーが励ましてくれたおかげだよ」
「いやだ。私は何もしていないわよ。ケインの努力が実ったのよ」

 リンジーがそう言うと、ケインは「こほん」と咳払いをして急に改まった顔になった。

「あー……それでな、リンジー。学術科の同級生に言われたんだけど、研究の成果をあげたことが周りに知られると、縁談とかがうるさくなるぞって……」

 確かにそれはあるだろう。優秀な男性と縁を結びたい家も娘もたくさんいる。明日から、ケインは令嬢に囲まれる日々が始まるのかも知れないとリンジーは想像した。

「それで、そんなことにならないために、俺達の婚約を公表しようと思う。ちょっと早いけど」
「え?」

 そう。リンジーとケインは正式に婚約を結んでいる婚約者だ。婚約を結んでもう一年になる。
 けれど、婚約しているということは周囲に隠していた。

 それは婚約時にケインが望んだ条件だったからだ。
 

 リンジーの婚約者ケインは失恋の痛手を抱えていた。
 彼には仲の良い幼馴染がいた。腕っぷしが強く男らしいダンといつもニコニコしていて愛嬌のあるミーナ。
 ケインとダンの男の子二人とミーナの三人は、幼い頃からいつでも一緒だった。
 だが、三人が十七歳になった時、その関係に変化が訪れる。男の子二人はミーナのことが大好きだった。そして、ミーナはダンを選んだ。

 3から2を引くと1が余ってしまう。

 余ってしまったケインは、失恋のショックで「もう一生結婚しない」と騒いで両親を心配させた。

 初めて会った婚約の顔合わせの場で、ケインは「学園を卒業するまでは婚約を公表しないこと」を条件に不承不承リンジーとの婚約を受け入れた。

 リンジーとの婚約は家同士の都合で親達が進めたものだ。リンジーもケインのことが好きなわけではなかったから、ケインが他の女の子を好きでも仕方がないと受け入れた。

 けれど、一年間の交際を経て、リンジーとケインの間は少しずつ距離が縮まっていた。

「私はかまわないけれど……卒業を待ってもいいのよ?」

 卒業まであと半年ほどだ。

「いや。元はと言えば俺の勝手なワガママで隠していたんだ。あの頃は……ミーナに失恋したばかりで婚約したら、周りの連中に同情の目とか好奇の目で見られるような気がして、それが嫌であんな条件をつけた。リンジーに対してものすごく失礼だったと思っている。ごめん」

 ケインは真面目に頭を下げた。今さら謝られるとは思っていなかったリンジーは慌てた。

「別にいいわよ。そんなの……」
「いや。俺は婚約者として褒められたもんじゃなかったことは自覚している。だから、今は一刻も早くちゃんとした婚約者になりたいと思うんだ」
「ケイン……」

 ケインにそう言われれば、リンジーに否やはなかった。
 来月の初めに仲の良い友人を招いて、賞を取ったお祝いという口実でちょっとしたパーティーを開いて、そこで実は婚約していたと発表しよう。
 二人でそう決めたのだった。


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