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第53話
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伯爵令息とのデートから帰宅したパメラが屋敷の門をくぐったところで、荒々しい声が彼女を呼び止めた。
「パメラ!!」
パメラは眉をひそめて振り返った。門の外に、わなわなと震える青年が立っていた。
「ダニエル……」
「パメラ……どういうことなんだ!?」
ダニエルはパメラの前に詰め寄った。
「何のこと?」
「……お前の家の地下で、子爵を発見した! どういうことなんだパメラ! あの家で何があった!?」
ダニエルの言葉に、パメラはすうっと目を眇めた。
「そう……生きていたの?」
「だいぶ衰弱していたから危なかったが、なんとか命は助かった。まだ満足に喋れないが、回復したら何があったかを」
「そう。……余計なことを」
パメラは冷たい声で吐き捨てた。
「死ねばよかったのに! あんな男っ」
「え?」
「暗い地下室で一人きりで苦しんで死ねばよかったのよ! 生きていたって、どうせ反省などしないのよ、ああいう連中はっ!」
「パメラ……?」
パメラはぎっと目をつり上げ、ダニエルを睨みつけた。その視線の強さに、ダニエルは思わず怯む。
「あんな汚らしい連中に私の人生を踏みにじらせてなるものですかっ! 全員死ねばいい! 死ね……死ね死ね死ねっ!」
パメラの気迫に押されて、ダニエルは声を失い後ずさった。パメラの瞳に燃えているのは、本物の憎しみだ。
「生き汚くこの世にしがみつくというのなら、死ぬより苦しい惨めな人生を送るべきよ……っ! ほんの僅かにでも幸せを感じることなど許さない……っ」
パメラは奥歯をぎりぎりと食い縛って、きつく握った拳を震わせた。
ダニエルは混乱した。目の前にいるのは、自分が幼い頃から良く知っている少女のはずだ。それなのに、彼女が口にするとは思えないような容赦ない言葉を吐き出している。
「パメラ……何があったんだ?」
この少女に一体何が起きたのか、ダニエルは必死に問いかけた。
「教えてくれ。何があったか……困っているなら、俺が助けるから」
「……助ける?」
パメラが小さく呟いた。
そして、がくりと俯くと、肩を揺らして笑い出した。
「くっくっくふふ……ふふふ……」
「パメラ?」
「あははははっ」
俯いたまま、パメラは上目遣いにダニエルを睨みつけた。
「どうやって助けると言うの?」
「それは……」
パメラがじっとりと暗い声でダニエルをなじった。
「私が本当に困っていた時、ダニエルは何も出来なかったじゃない」
「……!」
ダニエルは声を詰まらせた。
何も、応えることが出来なかった。彼女が母を失い、新しくやってきた義母と義姉に奴隷のように扱われている時も、財産を使い果たされて全てを手放さなければならなかった時も、ダニエルは何も出来なかった。何もしなかった。
「パメラ……」
「あなたは私に同情して、気まぐれに優しくしていればそれで満足だったのでしょうね。不幸な女に親切にするご自分の優しさを味わえれば、それで。けれど、私は……っ!」
パメラは唇を噛んだ。
「……私を助けてくれたのは、あの方だけよ」
「あの方……?」
「あの方だけが、私の苦しみをわかって、あいつらを罰してくれた……」
パメラはそれまでの憤怒の形相から一転、うっとりと夢見るような表情を浮かべた。
「あの方がいてくれれば、私はもう二度とあんな連中に食い物にされたりしない」
「パメラ? あの方って……」
「あの方さえいればいい……汚らしい人間は皆死ねばいい……死ね……死ね……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ぶつぶつと呟きだしたパメラの声。その声に混じって、ダニエルの耳に耳障りな細い音が聞こえた。
ぎぃぎぎ、ぎぃっりぎぎぃ、と、金属が擦り合わされるような、神経に触る音。だが、その音が何故か女の笑い声のように聞こえる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」
「あはははははふふふふふうふふふはははは」
ダニエルはたまらず耳を塞いだ。
(なんだ、これは……)
この場から逃げ出したい。ダニエルの本能はこの声に関わってはいけないと告げていた。
(パメラ……!)
救いたかった少女の姿は、ダニエルに背を向けて屋敷の中へと消えていった。
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