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第二段作戦
第28話 三人の長官
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戦時下でありながら、しかし日本の新年は明るい雰囲気に包まれていた。
昨年末に生起したマーシャル沖海戦において第一艦隊と、それに第二航空艦隊は太平洋艦隊と激突。
太平洋艦隊の三隻の空母と八隻の戦艦、それに一三隻の巡洋艦と三二隻の駆逐艦を撃沈し、さらに二隻の駆逐艦を鹵獲するという未曾有の大戦果を挙げたのだ。
日露戦争の日本海海戦をも上回る戦捷に国民は沸き立ち、その興奮の余韻は今なお続いている。
そして、その正月気分もそろそろ抜けようかといった時期、第一艦隊の高須長官と、それに二航艦の生沢長官は連合艦隊司令長官である山本大将の招きで海軍御用達の料亭に顔を出していた。
「先の大海戦ではほんとうにご苦労だった。高須さん、それに生沢さんが太平洋艦隊の主力を一掃してくれたおかげで南方作戦のほうも極めて順調に事が運んでいる。この件について、あらためて礼を言わせてくれ」
そう言って、山本長官が深々と頭を下げる。
「自分たちは艦隊司令長官としての本分を全うしたに過ぎません。どうかお顔をお上げください」
高須長官が少し慌てたようにして無難な言葉を紡ぐ。
生沢長官もまた当たり障りのない物言いでそれに続く。
謙虚な態度の二人に相好を崩しつつ、山本長官は早速とばかりに本題に移る。
戦時下の将官に暇を持て余している者などいない。
まして高須長官と生沢長官は戦後処理で多忙を極めている。
彼ら二人の現状を考えれば、無駄な社交辞令などそれこそ無用だ。
「ざっくりとした物言いで恐縮だが、マーシャル沖海戦についてこの所見をお二人に伺いたい。もちろん、戦闘詳報には目を通している。しかし、実際に現場で指揮を執った者の生の声を聞いてみたいと思ったのだ。だから、君たちの忌憚のない思いを今この場で話してもらいたい」
戦闘詳報は組織に向けた内容だ。
そこに書かれたものについて、海軍上層部がこれを有益なものと判断すれば、それは改善策の形をとって組織全体にフィードバックされる。
一方、山本長官が知りたがっているのはオフィシャルな記録ではない、現場で硝煙にまみれた人間の本音だ。
実際、高須長官が旗艦と定めた「長門」は米戦艦の主砲弾を、生沢長官が座乗した「翔鶴」は敵の急降下爆撃機が投じた爆弾を叩き込まれている。
間が悪ければ、あるいは二人はこの場にいなかったかもしれないのだ。
だからこそ、なおさら聴く価値があるというものだった。
「戦艦部隊を預かる指揮官がこう言うのも何ですが、しかし此度の戦について決定的な役割を果たしたのは飛行機でした。第一艦隊が敵と対峙した時点において、無傷を維持している敵艦は一隻も無かった。そのすべての艦が魚雷乃至爆弾を食らって戦闘力か機動力、あるいはその両方に深刻なダメージを抱えていました。第一艦隊は半身不随となった敵にとどめを刺したのにしか過ぎません」
マーシャル沖海戦で二航艦が沈めたのは空母が三隻に戦艦が一隻、それにわずかな数の駆逐艦にとどまる。
しかし、一方でそれ以外の艦に対しては、そのすべてに魚雷かあるいは爆弾を命中させており、このことで太平洋艦隊は著しい戦力の低下を余儀なくされた。
そして、その敵の窮状を突くようにして第一艦隊の艨艟たちは、それこそ虱潰しのようにして米艦を叩きのめしていった。
「それと、遅くなりましたが、第一艦隊に『長門』と『陸奥』を預けてくださった長官には改めてお礼を申し上げたい。第一艦隊が一隻の喪失艦も出さずに本土に戻ることが出来たのも、ひとえに長官のご配慮があったればこその結果です」
戦前、「長門」と「陸奥」からなる第一戦隊は連合艦隊司令部の直轄部隊だった。
しかし、山本長官は司令部機能を陸に移すと同時に「長門」と「陸奥」を第一艦隊の指揮下に置くように命じた。
この結果、第一艦隊の戦艦は四隻から六隻となり、そのことで戦力に厚みを持たせることができた。
そして、その恩恵は大きく、実際に戦列に加わった「長門」と「陸奥」は「アリゾナ」それに「ネバダ」と対峙し、両艦を砲撃戦の末に撃沈する殊勲を挙げている。
ただ、一方の「長門」と「陸奥」もまた、まったくの無傷では済まなかった。
相手にとどめを刺す前に複数の三六センチ砲弾を被弾してしまったからだ。
さらに、これらの中にはバイタルパートに直撃したものもあった。
ただ、これについては重厚な装甲が砲弾の侵入を阻んでおり、そのことで事なきを得ている。
しかし、これがもし「伊勢」型戦艦かあるいは「扶桑」型戦艦であったならば話は違っていたかもしれない。
防御力に難の有るこれら戦艦であれば、あるいは重要区画を撃ち抜かれて轟沈の憂き目に遭っていた可能性すらあったのだ。
「『長門』と『陸奥』に関しては気にしなくていい。太平洋艦隊との決戦にあたり、これら両艦を遊ばせておく余裕など、それこそまったくと言っていいほどに無いからな。それよりも、問題なのは雷撃のほうだ。遠距離とはいえ脚に問題を抱える相手に対して命中率が三パーセント以下というのは、あまりにも低すぎる」
第一艦隊は乙二と呼称される米機動部隊の残存艦艇群に対して二波合わせて三〇四本にも及ぶ飽和雷撃を実施した。
しかし、その際に命中したのはわずかに九本にしか過ぎなかった。
さらに、その後の戦いで重巡「熊野」と「鈴谷」、それに軽巡「那珂」が合わせて三二本の魚雷を放っているが、しかしこちらは命中が一本にとどまっている。
いずれにせよ、惨憺たる結果だと言ってよかった。
「戦闘詳報でも触れていますが、どうやらかなりの数の魚雷が早爆を起こしたようです。ただ、それを踏まえたとしても、やはり遠めからの雷撃というものはなかなかこれが当たらないものなのでしょう」
飽和雷撃については、彼我の距離が二〇〇〇〇メートルの時点で実施された。
その時、乙二のほうは低速で、しかも定速で直進するだけの、言ってみればただの的だとも言える状態だった。
しかし、それでもほとんどの魚雷が外れ弾となってしまった。
逆に言えば、高速で頻繁に回頭を繰り返すような相手であれば、そのときはよほどの幸運にでも恵まれない限り、命中を得ることはできないということだ。
「雷撃については魚雷の欠陥と思われる早爆への対処、それに戦術の抜本的な見直しが必要だな」
高須長官の後を取った山本長官が、その表情に苦い色を浮かべる。
帝国海軍がおおいに期待していた酸素魚雷による飽和攻撃。
それがあまりにも期待外れな結果となってしまったのだから、落胆するのはそれはそれで仕方が無いことだとも言えた。
だが、それも一瞬。
山本長官は表情をいつものそれに戻し、その視線の先を生沢長官へと変えた。
昨年末に生起したマーシャル沖海戦において第一艦隊と、それに第二航空艦隊は太平洋艦隊と激突。
太平洋艦隊の三隻の空母と八隻の戦艦、それに一三隻の巡洋艦と三二隻の駆逐艦を撃沈し、さらに二隻の駆逐艦を鹵獲するという未曾有の大戦果を挙げたのだ。
日露戦争の日本海海戦をも上回る戦捷に国民は沸き立ち、その興奮の余韻は今なお続いている。
そして、その正月気分もそろそろ抜けようかといった時期、第一艦隊の高須長官と、それに二航艦の生沢長官は連合艦隊司令長官である山本大将の招きで海軍御用達の料亭に顔を出していた。
「先の大海戦ではほんとうにご苦労だった。高須さん、それに生沢さんが太平洋艦隊の主力を一掃してくれたおかげで南方作戦のほうも極めて順調に事が運んでいる。この件について、あらためて礼を言わせてくれ」
そう言って、山本長官が深々と頭を下げる。
「自分たちは艦隊司令長官としての本分を全うしたに過ぎません。どうかお顔をお上げください」
高須長官が少し慌てたようにして無難な言葉を紡ぐ。
生沢長官もまた当たり障りのない物言いでそれに続く。
謙虚な態度の二人に相好を崩しつつ、山本長官は早速とばかりに本題に移る。
戦時下の将官に暇を持て余している者などいない。
まして高須長官と生沢長官は戦後処理で多忙を極めている。
彼ら二人の現状を考えれば、無駄な社交辞令などそれこそ無用だ。
「ざっくりとした物言いで恐縮だが、マーシャル沖海戦についてこの所見をお二人に伺いたい。もちろん、戦闘詳報には目を通している。しかし、実際に現場で指揮を執った者の生の声を聞いてみたいと思ったのだ。だから、君たちの忌憚のない思いを今この場で話してもらいたい」
戦闘詳報は組織に向けた内容だ。
そこに書かれたものについて、海軍上層部がこれを有益なものと判断すれば、それは改善策の形をとって組織全体にフィードバックされる。
一方、山本長官が知りたがっているのはオフィシャルな記録ではない、現場で硝煙にまみれた人間の本音だ。
実際、高須長官が旗艦と定めた「長門」は米戦艦の主砲弾を、生沢長官が座乗した「翔鶴」は敵の急降下爆撃機が投じた爆弾を叩き込まれている。
間が悪ければ、あるいは二人はこの場にいなかったかもしれないのだ。
だからこそ、なおさら聴く価値があるというものだった。
「戦艦部隊を預かる指揮官がこう言うのも何ですが、しかし此度の戦について決定的な役割を果たしたのは飛行機でした。第一艦隊が敵と対峙した時点において、無傷を維持している敵艦は一隻も無かった。そのすべての艦が魚雷乃至爆弾を食らって戦闘力か機動力、あるいはその両方に深刻なダメージを抱えていました。第一艦隊は半身不随となった敵にとどめを刺したのにしか過ぎません」
マーシャル沖海戦で二航艦が沈めたのは空母が三隻に戦艦が一隻、それにわずかな数の駆逐艦にとどまる。
しかし、一方でそれ以外の艦に対しては、そのすべてに魚雷かあるいは爆弾を命中させており、このことで太平洋艦隊は著しい戦力の低下を余儀なくされた。
そして、その敵の窮状を突くようにして第一艦隊の艨艟たちは、それこそ虱潰しのようにして米艦を叩きのめしていった。
「それと、遅くなりましたが、第一艦隊に『長門』と『陸奥』を預けてくださった長官には改めてお礼を申し上げたい。第一艦隊が一隻の喪失艦も出さずに本土に戻ることが出来たのも、ひとえに長官のご配慮があったればこその結果です」
戦前、「長門」と「陸奥」からなる第一戦隊は連合艦隊司令部の直轄部隊だった。
しかし、山本長官は司令部機能を陸に移すと同時に「長門」と「陸奥」を第一艦隊の指揮下に置くように命じた。
この結果、第一艦隊の戦艦は四隻から六隻となり、そのことで戦力に厚みを持たせることができた。
そして、その恩恵は大きく、実際に戦列に加わった「長門」と「陸奥」は「アリゾナ」それに「ネバダ」と対峙し、両艦を砲撃戦の末に撃沈する殊勲を挙げている。
ただ、一方の「長門」と「陸奥」もまた、まったくの無傷では済まなかった。
相手にとどめを刺す前に複数の三六センチ砲弾を被弾してしまったからだ。
さらに、これらの中にはバイタルパートに直撃したものもあった。
ただ、これについては重厚な装甲が砲弾の侵入を阻んでおり、そのことで事なきを得ている。
しかし、これがもし「伊勢」型戦艦かあるいは「扶桑」型戦艦であったならば話は違っていたかもしれない。
防御力に難の有るこれら戦艦であれば、あるいは重要区画を撃ち抜かれて轟沈の憂き目に遭っていた可能性すらあったのだ。
「『長門』と『陸奥』に関しては気にしなくていい。太平洋艦隊との決戦にあたり、これら両艦を遊ばせておく余裕など、それこそまったくと言っていいほどに無いからな。それよりも、問題なのは雷撃のほうだ。遠距離とはいえ脚に問題を抱える相手に対して命中率が三パーセント以下というのは、あまりにも低すぎる」
第一艦隊は乙二と呼称される米機動部隊の残存艦艇群に対して二波合わせて三〇四本にも及ぶ飽和雷撃を実施した。
しかし、その際に命中したのはわずかに九本にしか過ぎなかった。
さらに、その後の戦いで重巡「熊野」と「鈴谷」、それに軽巡「那珂」が合わせて三二本の魚雷を放っているが、しかしこちらは命中が一本にとどまっている。
いずれにせよ、惨憺たる結果だと言ってよかった。
「戦闘詳報でも触れていますが、どうやらかなりの数の魚雷が早爆を起こしたようです。ただ、それを踏まえたとしても、やはり遠めからの雷撃というものはなかなかこれが当たらないものなのでしょう」
飽和雷撃については、彼我の距離が二〇〇〇〇メートルの時点で実施された。
その時、乙二のほうは低速で、しかも定速で直進するだけの、言ってみればただの的だとも言える状態だった。
しかし、それでもほとんどの魚雷が外れ弾となってしまった。
逆に言えば、高速で頻繁に回頭を繰り返すような相手であれば、そのときはよほどの幸運にでも恵まれない限り、命中を得ることはできないということだ。
「雷撃については魚雷の欠陥と思われる早爆への対処、それに戦術の抜本的な見直しが必要だな」
高須長官の後を取った山本長官が、その表情に苦い色を浮かべる。
帝国海軍がおおいに期待していた酸素魚雷による飽和攻撃。
それがあまりにも期待外れな結果となってしまったのだから、落胆するのはそれはそれで仕方が無いことだとも言えた。
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