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豪本土攻撃
第62話 零戦三二型
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ブリスベン攻撃。
帝国海軍で言うところのBB作戦の発動が八月までずれ込んだのは、母艦航空隊の回復を待っていたからだ。
第二航空戦隊は四月のインド洋海戦で、第五航空戦隊は五月の珊瑚海海戦でそれぞれ多くの艦上機とそれを駆る搭乗員を失った。
両航空戦隊は戦力の回復に務めたが、しかしどんなに急いでも一カ月や二カ月そこらでどうにかなるようなものでもなかった。
それと、今回の作戦では多数の艦上戦闘機が必要だった。
このため、内戦部隊や外戦部隊を問わず、基地航空隊の戦闘機搭乗員ならびにその機材を、それこそ強引とも言える手法で母艦航空隊に引き抜いていた。
それは、練習航空隊を卒業してさほど間のない若年搭乗員といえども例外ではなかった。
そのことで、ラバウルやポートモレスビーといった例外を除き、基地航空隊はその戦闘機戦力を危険なまでに低下させていた。
「格納庫も飛行甲板も零戦だらけです。それはもう、壮観の一言ですよ」
「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」と「神鶴」の四隻の「翔鶴」型空母は、その任務の性格から零戦の比率を極端に上げていた。
一二〇機ある搭載機の内、実に八一機までが零戦で占められている。
その分だけ九九艦爆それに九七艦攻は数が少なく、それぞれ二個中隊のみとなっている。
また、一三試艦爆の増加試作機の数が揃い出したことで、こちらは各空母ともにそれぞれ三機を搭載していた。
「それと、ふつうであれば、これほどまでに戦闘機偏重が過ぎると、対艦それに対地攻撃力が極端に低下してしまいます。しかし、新型零戦であればその弱点もある程度は補うことができますから、そこは安心です」
志津頼航空甲参謀が言う新型零戦というのは三二型のことを指している。
その三二型は一三〇〇馬力の金星発動機を搭載している。
二一型の栄発動機が九四〇馬力だから、出力の向上は実に四割近くにのぼっている。
このことで、三二型の最高速度は五五五キロと、二一型に比べて二〇キロ以上もアップしていた。
また、出力の向上に合わせて加速性能や上昇力といった機動性も向上している。
防弾装備も充実している。
二一型では出力の限界から搭乗員の背後の防弾鋼板とそれに自動消火装置しか装備されていなかった。
しかし、従来型よりも出力が大きい三二型のほうは、さらに防弾ガラスと防漏タンクもまたこれを装備していた。
このことで、航続距離は二一型に比べて大きく落ち込むことになったが、それでも搭乗員の命を守ることのほうが優先された。
爆撃能力についても、大きな進化がみられた。
増槽と共用できる投下装置が開発され、三三〇リットル増槽に代えて一発の二五番か、あるいは六番であれば四発の搭載が可能となった。
また、両翼のハードポイントにも六番をそれぞれ一発搭載することができるから、滑走距離が大きく取れる陸上基地では最大で一発の二五番と二発の六番か、あるいは六発の六番を運用することが可能となっている。
「そうだな。命中率を度外視すれば、新型零戦の爆弾搭載能力は九九艦爆のそれに匹敵する。これは特に対地攻撃において大きなアドバンテージだ」
九九艦爆とは違い、ダイブブレーキが装備されていない零戦は急降下爆撃ができない。
可能なのは緩降下爆撃かもしくは水平爆撃のいずれかだ。
だから、高速で洋上を疾駆する艦艇に対しては、九九艦爆ほどの高い命中率は期待できない。
しかし、動かない目標で、しかもそれが滑走路のような巨大な的であれば、それなりの命中率も期待できる。
だから、三番もしくは六番しか搭載できない二一型に比べれば、二五番を装備できる三二型の戦術的柔軟性は、こと爆撃に関して言えば比較にならないくらい高いものだといえた。
「ただ、三二型は良いとして、問題は搭乗員のほうですよね」
そう言って、志津頼航空甲参謀が少しばかり表情を曇らせる。
今回、「翔鶴」型空母にはそれぞれ九個中隊の零戦が配備されていた。
ただ、このうちで熟練と中堅のみで編成されているのは第一から第六までの六個中隊のみだった。
残る第七と第八、それに第九の三個中隊に関しては、隊長こそ熟練が務めているが、しかし二番機や三番機はその多くが若年搭乗員で占められていた。
あまりにも多くの戦闘機を必要としたことで、熟練と中堅だけでは搭乗員の定数を満たすことができなくなってしまったのだ。
だから、敵地に向かう進攻作戦には第一から第六までの六個中隊を充て、一方で友軍艦隊の至近で戦うことができる直掩任務には第七から第九までの三個中隊にこれを任せることにしていた。
さすがに航法に不安のある若年搭乗員を進攻作戦に使うことにはためらいがあった。
「確かに、従来に比べて全体の平均技量が落ちていることは事実だが、しかしあまり贅沢も言ってられんだろう。むしろ、ぎりぎりとは言え、狭い飛行甲板に離発着できる人材を揃えることが出来たほうが驚きだ」
MO作戦それに第二次インド洋作戦が終了して以降、四隻の「翔鶴」型空母は母艦勤務が可能となる搭乗員を増やすべく、もっぱら練習空母のごとく離発着訓練に明け暮れていた。
「翔鶴」型空母はそういった訓練にもうってつけだったようで、広大な飛行甲板ゆえに事故も非常に少なくて済んだ。
特に搭乗員が死亡するような重大事故に至っては、わずかにこれが一件のみだった。
「確かにおっしゃる通りですね。それと、戦闘機乗りのほとんどがこれまでの訓練によって空母への着艦ができるようになったのですが、しかしそのことによって最近では空母に着艦できない者のほうが少数派となってしまいました。で、そういった空母に着艦ができない連中は、今ではたいそう肩身の狭い思いをしているそうです」
戦闘機乗りが潤沢ではないがゆえに、母艦勤務が可能な者の比率が高まっているというのは皮肉以外のなにものでもない。
しかし、それでもブリスベン攻撃を間近に控えたこの瞬間においては、なによりもありがたいことであった。
「まあ、腐っても海軍だからな。着艦ができるにこしたことはないだろう。それに、我々が作戦に従事している間も『赤城』と『加賀』を使って訓練ができるから、着艦ができない連中はそこで頑張ってもらうしかないな」
四月のインド洋海戦で被雷した「赤城」と「加賀」は、造船関係者の懸命の努力の甲斐もあって、予想よりも大幅に修理期間を短縮できる見込みだった。
ただ、それでもさすがに今回の作戦に間に合わせることはかなわなかった。
そこで、修理が完了した「赤城」と「加賀」については、BB作戦の期間中は安全な瀬戸内で「鳳翔」とともに、主に若年搭乗員の離着艦訓練にあたることになっている。
「まあ、なんにせよ我々が豪州で戦っているときに『赤城』と『加賀』が本土にいてくれるというのは、ある意味で安心材料だ。さすがの米軍もこの二隻を無視することは出来ないだろうからな。それに第二艦隊もある」
現在、「赤城」と「加賀」の航空隊はそのいずれもが定数に満たず、錬度もまた実戦に耐えられる水準には至っていない。
開戦前に十分な訓練を積んだ搭乗員の多くが、他の空母やあるいは練習航空隊の教官になるなどして転出していったからだ。
しかし、さすがの米軍もそこまでの情報は掴んでいないだろう。
そして、長年にわたって帝国海軍の代表的空母として君臨してきた「赤城」と「加賀」のプレゼンスには極めて大きなものがある。
そして、この二隻が本土にある以上、太平洋艦隊もまた大胆な動きを見せることは無いはずだ。
それに、機動性に優れた四隻の「金剛」型戦艦を主力とする第二艦隊もまた、本土の守りとして控えている。
「後顧の憂いを断ち切るのは『赤城』と『加賀』、それに第二艦隊に任せ、我々は前を向いていこう」
そう言って、生沢長官は会話を打ち切る。
開戦以来、初めて複数の航空艦隊が一丸となって臨む戦い。
その運命の瞬間は、目前に迫っていた。
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第二航空戦隊は四月のインド洋海戦で、第五航空戦隊は五月の珊瑚海海戦でそれぞれ多くの艦上機とそれを駆る搭乗員を失った。
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「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」と「神鶴」の四隻の「翔鶴」型空母は、その任務の性格から零戦の比率を極端に上げていた。
一二〇機ある搭載機の内、実に八一機までが零戦で占められている。
その分だけ九九艦爆それに九七艦攻は数が少なく、それぞれ二個中隊のみとなっている。
また、一三試艦爆の増加試作機の数が揃い出したことで、こちらは各空母ともにそれぞれ三機を搭載していた。
「それと、ふつうであれば、これほどまでに戦闘機偏重が過ぎると、対艦それに対地攻撃力が極端に低下してしまいます。しかし、新型零戦であればその弱点もある程度は補うことができますから、そこは安心です」
志津頼航空甲参謀が言う新型零戦というのは三二型のことを指している。
その三二型は一三〇〇馬力の金星発動機を搭載している。
二一型の栄発動機が九四〇馬力だから、出力の向上は実に四割近くにのぼっている。
このことで、三二型の最高速度は五五五キロと、二一型に比べて二〇キロ以上もアップしていた。
また、出力の向上に合わせて加速性能や上昇力といった機動性も向上している。
防弾装備も充実している。
二一型では出力の限界から搭乗員の背後の防弾鋼板とそれに自動消火装置しか装備されていなかった。
しかし、従来型よりも出力が大きい三二型のほうは、さらに防弾ガラスと防漏タンクもまたこれを装備していた。
このことで、航続距離は二一型に比べて大きく落ち込むことになったが、それでも搭乗員の命を守ることのほうが優先された。
爆撃能力についても、大きな進化がみられた。
増槽と共用できる投下装置が開発され、三三〇リットル増槽に代えて一発の二五番か、あるいは六番であれば四発の搭載が可能となった。
また、両翼のハードポイントにも六番をそれぞれ一発搭載することができるから、滑走距離が大きく取れる陸上基地では最大で一発の二五番と二発の六番か、あるいは六発の六番を運用することが可能となっている。
「そうだな。命中率を度外視すれば、新型零戦の爆弾搭載能力は九九艦爆のそれに匹敵する。これは特に対地攻撃において大きなアドバンテージだ」
九九艦爆とは違い、ダイブブレーキが装備されていない零戦は急降下爆撃ができない。
可能なのは緩降下爆撃かもしくは水平爆撃のいずれかだ。
だから、高速で洋上を疾駆する艦艇に対しては、九九艦爆ほどの高い命中率は期待できない。
しかし、動かない目標で、しかもそれが滑走路のような巨大な的であれば、それなりの命中率も期待できる。
だから、三番もしくは六番しか搭載できない二一型に比べれば、二五番を装備できる三二型の戦術的柔軟性は、こと爆撃に関して言えば比較にならないくらい高いものだといえた。
「ただ、三二型は良いとして、問題は搭乗員のほうですよね」
そう言って、志津頼航空甲参謀が少しばかり表情を曇らせる。
今回、「翔鶴」型空母にはそれぞれ九個中隊の零戦が配備されていた。
ただ、このうちで熟練と中堅のみで編成されているのは第一から第六までの六個中隊のみだった。
残る第七と第八、それに第九の三個中隊に関しては、隊長こそ熟練が務めているが、しかし二番機や三番機はその多くが若年搭乗員で占められていた。
あまりにも多くの戦闘機を必要としたことで、熟練と中堅だけでは搭乗員の定数を満たすことができなくなってしまったのだ。
だから、敵地に向かう進攻作戦には第一から第六までの六個中隊を充て、一方で友軍艦隊の至近で戦うことができる直掩任務には第七から第九までの三個中隊にこれを任せることにしていた。
さすがに航法に不安のある若年搭乗員を進攻作戦に使うことにはためらいがあった。
「確かに、従来に比べて全体の平均技量が落ちていることは事実だが、しかしあまり贅沢も言ってられんだろう。むしろ、ぎりぎりとは言え、狭い飛行甲板に離発着できる人材を揃えることが出来たほうが驚きだ」
MO作戦それに第二次インド洋作戦が終了して以降、四隻の「翔鶴」型空母は母艦勤務が可能となる搭乗員を増やすべく、もっぱら練習空母のごとく離発着訓練に明け暮れていた。
「翔鶴」型空母はそういった訓練にもうってつけだったようで、広大な飛行甲板ゆえに事故も非常に少なくて済んだ。
特に搭乗員が死亡するような重大事故に至っては、わずかにこれが一件のみだった。
「確かにおっしゃる通りですね。それと、戦闘機乗りのほとんどがこれまでの訓練によって空母への着艦ができるようになったのですが、しかしそのことによって最近では空母に着艦できない者のほうが少数派となってしまいました。で、そういった空母に着艦ができない連中は、今ではたいそう肩身の狭い思いをしているそうです」
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しかし、それでもブリスベン攻撃を間近に控えたこの瞬間においては、なによりもありがたいことであった。
「まあ、腐っても海軍だからな。着艦ができるにこしたことはないだろう。それに、我々が作戦に従事している間も『赤城』と『加賀』を使って訓練ができるから、着艦ができない連中はそこで頑張ってもらうしかないな」
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ただ、それでもさすがに今回の作戦に間に合わせることはかなわなかった。
そこで、修理が完了した「赤城」と「加賀」については、BB作戦の期間中は安全な瀬戸内で「鳳翔」とともに、主に若年搭乗員の離着艦訓練にあたることになっている。
「まあ、なんにせよ我々が豪州で戦っているときに『赤城』と『加賀』が本土にいてくれるというのは、ある意味で安心材料だ。さすがの米軍もこの二隻を無視することは出来ないだろうからな。それに第二艦隊もある」
現在、「赤城」と「加賀」の航空隊はそのいずれもが定数に満たず、錬度もまた実戦に耐えられる水準には至っていない。
開戦前に十分な訓練を積んだ搭乗員の多くが、他の空母やあるいは練習航空隊の教官になるなどして転出していったからだ。
しかし、さすがの米軍もそこまでの情報は掴んでいないだろう。
そして、長年にわたって帝国海軍の代表的空母として君臨してきた「赤城」と「加賀」のプレゼンスには極めて大きなものがある。
そして、この二隻が本土にある以上、太平洋艦隊もまた大胆な動きを見せることは無いはずだ。
それに、機動性に優れた四隻の「金剛」型戦艦を主力とする第二艦隊もまた、本土の守りとして控えている。
「後顧の憂いを断ち切るのは『赤城』と『加賀』、それに第二艦隊に任せ、我々は前を向いていこう」
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