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欧州遠征
第73話 大西洋空中戦
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ブリスベン攻撃。
帝国海軍で言うところのBB作戦に「翔鶴」戦闘機隊第六中隊長として参加した弓削特務少尉は、今年一一月の制度変更によって特務の二文字が取れ、弓削少尉となっていた。
また、小隊長を務めていた剣持一飛曹と槍田一飛曹はそれぞれ上飛曹に、弓削小隊の二番機だった矢野二飛曹は一飛曹となっている。
ただ、あくまでも呼称が変更されただけで、昇任人事があったというわけではない。
その弓削少尉は今では第五中隊長となっていた。
こちらもまた出世とは関係無いのだが、しかし中隊の数字は若ければ若いほど優秀とされているから、悪い気はしなかった。
弓削少尉にとってありがたかったのは、BB作戦で死線を共にした部下の多くが自分とともに第五中隊の所属となったことだ。
気心の知れた部下であれば、安心して背中を任せることができる。
特に付き合いの長い剣持上飛曹と槍田上飛曹に対しては、その思いが強い。
その「翔鶴」戦闘機隊第五中隊は第一中隊と第三中隊、それに第四中隊とともに第一次攻撃隊に参加していた。
「翔鶴」型空母については、各空母ともに第一中隊の次に腕の立つ第二中隊が第二次攻撃隊で艦爆の護衛を務め、技量が劣るとされる第六中隊と第七中隊のほうは友軍艦隊至近で戦える直掩隊に割り当てられている。
「高度四〇〇〇メートルに敵編隊。一〇機あまりの編隊が一〇以上」
前路警戒任務にあたる二式艦偵から敵情に関する第一報が入ってくる。
帝国海軍お得意の情報支援だ。
ただ、それはともかくとして、敵戦闘機の数は戦前の予想よりもかなり多い。
そこは、少しばかりに気になるところだった。
「全機に達する。高度四五〇〇メートルまで上昇せよ」
零戦とともに進撃する二式艦偵。
そこに搭乗する空戦指揮官から誤解の余地が無い端的な命令が、ほとんど間を置くことなく発せられる。
その命令から数瞬後、一四四機の零戦が機首を上げ、編隊を維持したまま上昇に転じる。
現在の自分たちの高度が三五〇〇メートルだから、敵編隊に対しては劣位だ。
それを解消したうえで、さらに敵に対して優位を取る。
そうすれば、ブリスベンでの大勝利の再現が可能だ。
だが、その直後に異変を告げる通信が飛び込んでくる。
「敵編隊が上昇に転じた! 敵はこちらの動きを察知している可能性大!」
前路警戒任務にあたる二式艦偵からの第二報は、第一報とは違い焦慮のそれが色濃く滲んでいる。
そのことに搭乗員たちもびっくりしたのだろう。
無線機越しにざわめきのようなものが感じられた。
「さきほどの命令は取り消し! 全機可及的速やかに上昇せよ!」
一瞬で状況を理解した空戦指揮官が、怒鳴るように命令する。
一四四人の零戦搭乗員は愛機の心臓にムチを入れる。
発動機をいたわるような緩やかな上昇から一転、零戦はさらに機首を持ち上げつつ急上昇に転じる。
このことで燃費は極端に悪化するが、しかし相手に優位高度を取られるよりはマシだ。
(連中はどうやって我々の動きを掴んでいるんだ?)
当然のようにして湧いた疑念に、弓削少尉が胸中で独りごちる。
あるいは、自分たちと同様に先行偵察機のようなものが第一次攻撃隊を監視しているのかもしれないと思ったが、しかし周辺空域を見回してもそのような機体は見当たらない。
(ひょっとしたら、英国の電探は目標の高度情報を読み取ることが出来るのか)
弓削少尉は電探に関してはさほど詳しくはない。
それでも、英国がその分野においてトップランナーであることくらいは承知している。
ただ、先行偵察機であれ電探であれ、いずれにせよ自分たちがブリスベンで豪空軍に快勝した時のやり方は、もはや通用しないということだろう。
つまり、連合軍相手に同じ手は二度と使えない。
その弓削少尉が、前方の空にゴマ粒が染み出してくるのを視認する。
高度はわずかだが敵のほうが上だ。
しかし、その差はじりじりと詰まっている。
そして、ゴマ粒が飛行機の形に変わりはじめた頃には、零戦隊のほうもなんとか同じ高度にまで到達することが出来た。
ただ、これも三二型だからこそ間に合ったのであって、二一型や一一型であれば間違いなく劣位からの戦いを強いられていたことだろう。
「「「間に合った!」」」
自分と同じことを考え、そしてそれを口に出してしまった搭乗員が何人かいたらしい。
快哉を叫ぶ複数の声が無線機を通じて耳に飛び込んでくる。
ただ、弓削少尉のほうは一部搭乗員のように叫ぶようなことはしていない。
中隊長はいつも冷静沈着であらねばならないという信念が、叫びたい本能を抑え込んだのだ。
敵機の姿が大きくなる。
米海軍の主力艦上戦闘機であるF4Fワイルドキャットだ。
なぜここにF4Fが、といった疑問を抱く余裕は無い。
弓削少尉は咄嗟に機体を捻る。
零戦がいた空間を六条の火箭が貫く。
高性能機銃を装備する米戦闘機が相手であれば、どうしても後手を踏むことになってしまう。
しかし、そこは仕方がない。
こちらとしては、手持ちのカードで戦うだけだ。
敵機と交錯すると同時、弓削少尉はF4Fの背後を取るべく急旋回をかける。
旋回格闘性能は、二〇ミリ機銃と並ぶ零戦の切り札だ。
だが、弓削少尉はF4Fを捉えることはできなかった。
F4Fもまた零戦のバックを取るべく、極めて小さい旋回半径で機動していたからだ。
(強い!)
相手の力量を見誤ったことに弓削少尉は臍を噛む思いだった。
ブリスベンで戦った連中とはひと味もふた味も違う。
相当な手練れだ。
ただ、それを把握する機会はあった。
接敵中の敵編隊は、整然とした編隊形を保っていた。
派手さは無いが、しかし各自が高い技量を持ち合わせていなければ決して出来ないことでもある。
なにより、連中は旋回格闘戦という零戦の得意とする土俵に臆することなく飛び込んできた。
よほど腕に自信が無ければ、このような命知らずともいえる振る舞いはできない。
しかし、一方の弓削少尉もまた兵からの叩き上げで士官の地位を勝ち取った一騎当千の熟練だ。
容易に背後を取られることはない。
ただ、このままの状態が続くのはまずかった。
間もなく九九艦爆を主力とする第二次攻撃隊がやってくる。
その第二次攻撃隊にも零戦の護衛はついているが、しかしその数は第一次攻撃隊の四分の一にしか過ぎない。
それを考えれば、第一次攻撃隊の自分たちは、最低でも敵戦闘機の七割程度は刈り取っておきたい。
膠着状態のまま決着がつかないのは、日本側の負けに等しい。
しかし、弓削少尉とその列機がF4Fとの我慢比べをしている時間はそれほど長く続くことはなかった。
垂直かと見紛うような急角度で上空から降ってきた零戦が、ものの一撃でそのF4Fを屠ってしまったからだ。
その零戦はそのまま下方へと消えていったが、しかし弓削少尉の卓越した動体視力はその機体が「瑞鶴」所属機であり、さらにその胴体に数え切れないほどの撃墜マークが描かれているのをしっかりと見届けていた。
人の獲物をかっさらいやがってという憤りと、一方で手詰まりの状態から解放してくれたことに感謝の念を感じるという複雑な気持ちを意識の隅に追いやりつつ、弓削少尉は新たな獲物を物色すべく周辺空域を見回す。
ざっと見たところ、押しているのは明らかに零戦の側だった。
最初は互角に近かった数も、今では明らかに零戦のほうが多い。
いずれにせよ、この戦闘空域において最弱とされる第五中隊でもそれなりにやり合えているのだ。
腕利き揃いの第一中隊や第三中隊であれば、勝って当然だとも言えた。
しかし、一方で弓削少尉は背中から嫌な汗が流れていることを自覚する。
もし、相手の乗機が零戦で、逆に自分たちのそれがF4Fであったならば、負けていたのは十中八九こちらのほうだろう。
自分たちがなんとか相手に食らいつけたのも、零戦の性能があってこその話だ。
(まだまだ修行が足らんな)
胸中で自省の言葉を吐き出しつつ、弓削少尉は空戦の渦中へとその機首を向ける。
第二次攻撃隊がその姿を現すまでに、せめて一機は仕留めておきたかった。
帝国海軍で言うところのBB作戦に「翔鶴」戦闘機隊第六中隊長として参加した弓削特務少尉は、今年一一月の制度変更によって特務の二文字が取れ、弓削少尉となっていた。
また、小隊長を務めていた剣持一飛曹と槍田一飛曹はそれぞれ上飛曹に、弓削小隊の二番機だった矢野二飛曹は一飛曹となっている。
ただ、あくまでも呼称が変更されただけで、昇任人事があったというわけではない。
その弓削少尉は今では第五中隊長となっていた。
こちらもまた出世とは関係無いのだが、しかし中隊の数字は若ければ若いほど優秀とされているから、悪い気はしなかった。
弓削少尉にとってありがたかったのは、BB作戦で死線を共にした部下の多くが自分とともに第五中隊の所属となったことだ。
気心の知れた部下であれば、安心して背中を任せることができる。
特に付き合いの長い剣持上飛曹と槍田上飛曹に対しては、その思いが強い。
その「翔鶴」戦闘機隊第五中隊は第一中隊と第三中隊、それに第四中隊とともに第一次攻撃隊に参加していた。
「翔鶴」型空母については、各空母ともに第一中隊の次に腕の立つ第二中隊が第二次攻撃隊で艦爆の護衛を務め、技量が劣るとされる第六中隊と第七中隊のほうは友軍艦隊至近で戦える直掩隊に割り当てられている。
「高度四〇〇〇メートルに敵編隊。一〇機あまりの編隊が一〇以上」
前路警戒任務にあたる二式艦偵から敵情に関する第一報が入ってくる。
帝国海軍お得意の情報支援だ。
ただ、それはともかくとして、敵戦闘機の数は戦前の予想よりもかなり多い。
そこは、少しばかりに気になるところだった。
「全機に達する。高度四五〇〇メートルまで上昇せよ」
零戦とともに進撃する二式艦偵。
そこに搭乗する空戦指揮官から誤解の余地が無い端的な命令が、ほとんど間を置くことなく発せられる。
その命令から数瞬後、一四四機の零戦が機首を上げ、編隊を維持したまま上昇に転じる。
現在の自分たちの高度が三五〇〇メートルだから、敵編隊に対しては劣位だ。
それを解消したうえで、さらに敵に対して優位を取る。
そうすれば、ブリスベンでの大勝利の再現が可能だ。
だが、その直後に異変を告げる通信が飛び込んでくる。
「敵編隊が上昇に転じた! 敵はこちらの動きを察知している可能性大!」
前路警戒任務にあたる二式艦偵からの第二報は、第一報とは違い焦慮のそれが色濃く滲んでいる。
そのことに搭乗員たちもびっくりしたのだろう。
無線機越しにざわめきのようなものが感じられた。
「さきほどの命令は取り消し! 全機可及的速やかに上昇せよ!」
一瞬で状況を理解した空戦指揮官が、怒鳴るように命令する。
一四四人の零戦搭乗員は愛機の心臓にムチを入れる。
発動機をいたわるような緩やかな上昇から一転、零戦はさらに機首を持ち上げつつ急上昇に転じる。
このことで燃費は極端に悪化するが、しかし相手に優位高度を取られるよりはマシだ。
(連中はどうやって我々の動きを掴んでいるんだ?)
当然のようにして湧いた疑念に、弓削少尉が胸中で独りごちる。
あるいは、自分たちと同様に先行偵察機のようなものが第一次攻撃隊を監視しているのかもしれないと思ったが、しかし周辺空域を見回してもそのような機体は見当たらない。
(ひょっとしたら、英国の電探は目標の高度情報を読み取ることが出来るのか)
弓削少尉は電探に関してはさほど詳しくはない。
それでも、英国がその分野においてトップランナーであることくらいは承知している。
ただ、先行偵察機であれ電探であれ、いずれにせよ自分たちがブリスベンで豪空軍に快勝した時のやり方は、もはや通用しないということだろう。
つまり、連合軍相手に同じ手は二度と使えない。
その弓削少尉が、前方の空にゴマ粒が染み出してくるのを視認する。
高度はわずかだが敵のほうが上だ。
しかし、その差はじりじりと詰まっている。
そして、ゴマ粒が飛行機の形に変わりはじめた頃には、零戦隊のほうもなんとか同じ高度にまで到達することが出来た。
ただ、これも三二型だからこそ間に合ったのであって、二一型や一一型であれば間違いなく劣位からの戦いを強いられていたことだろう。
「「「間に合った!」」」
自分と同じことを考え、そしてそれを口に出してしまった搭乗員が何人かいたらしい。
快哉を叫ぶ複数の声が無線機を通じて耳に飛び込んでくる。
ただ、弓削少尉のほうは一部搭乗員のように叫ぶようなことはしていない。
中隊長はいつも冷静沈着であらねばならないという信念が、叫びたい本能を抑え込んだのだ。
敵機の姿が大きくなる。
米海軍の主力艦上戦闘機であるF4Fワイルドキャットだ。
なぜここにF4Fが、といった疑問を抱く余裕は無い。
弓削少尉は咄嗟に機体を捻る。
零戦がいた空間を六条の火箭が貫く。
高性能機銃を装備する米戦闘機が相手であれば、どうしても後手を踏むことになってしまう。
しかし、そこは仕方がない。
こちらとしては、手持ちのカードで戦うだけだ。
敵機と交錯すると同時、弓削少尉はF4Fの背後を取るべく急旋回をかける。
旋回格闘性能は、二〇ミリ機銃と並ぶ零戦の切り札だ。
だが、弓削少尉はF4Fを捉えることはできなかった。
F4Fもまた零戦のバックを取るべく、極めて小さい旋回半径で機動していたからだ。
(強い!)
相手の力量を見誤ったことに弓削少尉は臍を噛む思いだった。
ブリスベンで戦った連中とはひと味もふた味も違う。
相当な手練れだ。
ただ、それを把握する機会はあった。
接敵中の敵編隊は、整然とした編隊形を保っていた。
派手さは無いが、しかし各自が高い技量を持ち合わせていなければ決して出来ないことでもある。
なにより、連中は旋回格闘戦という零戦の得意とする土俵に臆することなく飛び込んできた。
よほど腕に自信が無ければ、このような命知らずともいえる振る舞いはできない。
しかし、一方の弓削少尉もまた兵からの叩き上げで士官の地位を勝ち取った一騎当千の熟練だ。
容易に背後を取られることはない。
ただ、このままの状態が続くのはまずかった。
間もなく九九艦爆を主力とする第二次攻撃隊がやってくる。
その第二次攻撃隊にも零戦の護衛はついているが、しかしその数は第一次攻撃隊の四分の一にしか過ぎない。
それを考えれば、第一次攻撃隊の自分たちは、最低でも敵戦闘機の七割程度は刈り取っておきたい。
膠着状態のまま決着がつかないのは、日本側の負けに等しい。
しかし、弓削少尉とその列機がF4Fとの我慢比べをしている時間はそれほど長く続くことはなかった。
垂直かと見紛うような急角度で上空から降ってきた零戦が、ものの一撃でそのF4Fを屠ってしまったからだ。
その零戦はそのまま下方へと消えていったが、しかし弓削少尉の卓越した動体視力はその機体が「瑞鶴」所属機であり、さらにその胴体に数え切れないほどの撃墜マークが描かれているのをしっかりと見届けていた。
人の獲物をかっさらいやがってという憤りと、一方で手詰まりの状態から解放してくれたことに感謝の念を感じるという複雑な気持ちを意識の隅に追いやりつつ、弓削少尉は新たな獲物を物色すべく周辺空域を見回す。
ざっと見たところ、押しているのは明らかに零戦の側だった。
最初は互角に近かった数も、今では明らかに零戦のほうが多い。
いずれにせよ、この戦闘空域において最弱とされる第五中隊でもそれなりにやり合えているのだ。
腕利き揃いの第一中隊や第三中隊であれば、勝って当然だとも言えた。
しかし、一方で弓削少尉は背中から嫌な汗が流れていることを自覚する。
もし、相手の乗機が零戦で、逆に自分たちのそれがF4Fであったならば、負けていたのは十中八九こちらのほうだろう。
自分たちがなんとか相手に食らいつけたのも、零戦の性能があってこその話だ。
(まだまだ修行が足らんな)
胸中で自省の言葉を吐き出しつつ、弓削少尉は空戦の渦中へとその機首を向ける。
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