征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲

文字の大きさ
91 / 108
マリアナ決戦

第91話 絶対国防圏

しおりを挟む
 「ミッドウェー海戦の敗北によって、潮目は完全に変わった。これまでは、我々が好きな時に好きな場所で戦えた。しかし、今後はそうはいかん。いつどこに攻め入るかは米軍がこれを決めることができる」

 日米の立場が逆転したと言う生沢長官。
 その彼からブランBについてこれを聞き出すべく、その呼び水として志津頼航空甲参謀は自身の考えを開陳する。

 「そうなると、戦線を縮小させる必要がありますね。長大な最前線に戦力を薄く広く展開させていては、それこそ各個撃破してくれと言っているようなものです。少なくとも北方のアッツとキスカ、それに太平洋正面のウェーク島からは兵を退くべきでしょう」

 英国と豪州が戦争から降りたことで、西方と南方の脅威はこれを考えなくてもいいようになった。
 しかし、北方と東方については太平洋艦隊の脅威が依然として存在している。
 それらに対する抑えあるいは監視の目として、日本軍はアッツやキスカ、それにウェーク島に兵を置いている。
 しかし、それらはそのいずれもが大戦力を展開するのには適していない。
 逆に、米機動部隊にとっては手頃な標的、自軍の練度を上げるための格好の噛ませ犬となる。

 「貴官の考えはもっともだ。実際、海軍や陸軍の上層部でも同じ考えを持つ者は多い。そのことで、大本営では絶対国防圏というものが取り沙汰されるようになった。おそらく、近いうちに閣議決定され、さらに御前会議に諮られることになるはずだ」

 国家の上層部の連中もまた問題意識を持ってくれている。
 そのことに安堵しつつ、志津頼航空甲参謀はその具体的な中身を尋ねる。

 「基本的には千島列島から小笠原、それにマリアナ諸島からトラック島にかけてのラインだ。あと、揉めているのがここにマーシャル諸島を含めるかどうかだ。しかし、これに関しては除外するという意見が優勢だ」

 マーシャル諸島は大正八年に日本の委任統治領となった。
 しかし、長年の間に国民の意識は外地のそれに置き変わっている。
 そのような場所をさしたる抵抗も無しに米軍に明け渡すのは、心理的に我慢できないものがあるのだろう。
 ただ、絶対国防圏にマーシャル諸島まで含めてしまうと、そのラインは極めて長大なものになる。
 日本の国力を考えれば妥当な判断だと志津頼航空甲参謀は思うが、それでも問題があった。

 「マーシャル諸島から撤退したとして、そこに米軍に潜水艦基地を建設されたら厄介ですね。それと、脚の長い四発重爆であればトラック島をその攻撃圏内に収めることができます。そうなれば、トラック島の泊地としての価値もまた相応に低下することは避けられない」

 豪州が戦争から降りたことで米軍はブリスベンやフリーマントルといった有力な潜水艦基地を使用することができなくなってしまった。
 そのことで、米潜水艦のほとんどはオアフ島からの出撃を余儀なくされている。
 その結果、戦場を往復するための航海日数がやたらと増え、その分だけ作戦海域での活動時間が限られてしまっている。

 だが、マーシャル諸島に基地を造れば、それがかなりの程度解消される。
 そして、それは潜水艦が増強されるのにも似た効果を発揮する。
 逆に日本側から見れば、実に由々しき問題であった。

 志津頼航空甲参謀の懸念に、しかし一方の生沢長官のほうは胸中で彼に感心の意を抱いている。
 航空参謀のくせに空中だけにとどまらず、海中にもまた十分な目配りが出来ている。
 だから、生沢長官はサービス過剰かとは思いつつも、さらに自身が知る情報について、これを志津頼航空甲参謀に話すことにした。

 「私としてはマーシャル諸島のみならず、トラック島も切り捨てるべきだと考えている。マリアナ諸島まで戦線を下げることで、可能な限り反撃密度を上げる。これは、早ければ早いほど良い」

 帝国海軍にとっての太平洋の要石であるトラック島を切り捨てろ。
 生沢長官の考えに、しかし志津頼航空甲参謀のほうは、さすがにそれはやり過ぎだろうと思う。

 「仮に長官のお考え通りにトラック島を放棄したとして、しかしその後はどうするのですか。同島からだと、四発重爆であればグアムをその航続圏内に飲み込んでしまいますが」

 トラック島には複数の飛行場適地があり、米軍であればさらにそれらを拡張して大量の四発重爆を配備できるようにするはずだ。
 もし、それらが大挙してグアムに押し寄せてきたら、それこそ目も当てられない。
 重爆を邀撃するための一四試局地戦闘機は開発が後れ、これらが実戦配備されるまでには今しばらくの時間が必要だ。
 それまでの間は、零戦で戦う以外に他に手段は無い。

 「迎撃機のほうは英国から買えばいいのではないか。スピットファイアは高高度性能に優れていると聞くし、モスキートは優秀な機上電探を装備しているから、こちらは夜間戦闘にうってつけだろう。それに、探せば他にも良いものが見つかるかもしれない。
 どちらにせよ、海の物とも山の物ともつかない一四試局戦を当てにするよりは遥かにマシだ。なにせ、それらはつい最近までドイツ空軍としのぎを削っていた実績のある機体ばかりなのだからな。それに、仮に英機に適当なものが見つからなくても、そのときはドイツ機から見繕えばいいだけの話だ。何も国産にこだわる必要は無い」

 そう言って、生沢長官は笑う。
 そのことで、志津頼航空甲参謀はピンとくる。
 生沢長官が考えているのは、なにも英国製の機体の活用だけではない。

 「長官は米国の潜水艦に対しても、やはり英国の装備を活用するつもりでいるのですね。だからマーシャル諸島のみならず、仮にトラック島を敵手に渡したとしても、それはそれで構わないと考えておられる」

 英海軍は長年にわたってドイツのUボートと血で血を洗う抗争を繰り広げてきた。
 その結果、英国の潜水艦に対する探知兵器や攻撃兵器は紛れもなく世界最高のそれだ。
 日本の貧弱な聴音機やソナーなど、その足元にも及ばないだろう。
 実際、帝国海軍の対潜戦術はお粗末そのものであり、被雷する商船が後を絶たない。

 ただ、今までは被雷したとしても、その多くが不発だったことで事なきを得ていた。
 しかし、最近の米国の魚雷はしっかりと爆発するようになってきたとも聞く。
 危機的状況を迎えつつある海上交通線とその護衛戦に対し、生沢長官は英国製の対潜兵器でこれを打開しようとしている。

 「当たりだ。英国製の対潜装備は間違いなく世界一だ。レーダーやソナーの性能は高く、さらにヘッジホッグといった我が国では想像もつかない対潜攻撃兵器まで持ち合わせている。そこで、これら英国製兵器を護衛艦艇に装備させたうえで米潜水艦隊を迎え撃つ。まあ、護衛艦艇の自家騒音の低減といった課題もあるが、しかしこちらは艦政本部の専門家に任せるしかあるまい」

 生沢長官の話しぶりから、志津頼航空甲参謀は今日に至るまで彼の考えを読み誤っていたことを自覚する。
 戦争が始まる前から、生沢長官はもし米国と戦うのであれば、日欧交通線の開通は絶対条件だと話していた。
 自分は、それをドイツからの優秀な工作機械や電装系部品、それに軍事技術を導入するためだとばかり思っていた。

 しかし、生沢長官の考えは違っていた。
 日欧交通線開通の真の目的は英国を打倒することであり、そして彼らが持ち合わせている軍事技術を分捕るためのものであったのだ。
 生沢長官が言う「日本とドイツが手を携えて戦うためには日欧交通線が是非とも必要だ」というのはただの方便、建前でしかなかったのだろう。

 生沢長官は軍事的にも、そして政治的にも英国こそをその第一のターゲットとして見据えていた。
 そして、帝国海軍の上層部はもとより、ドイツのヒトラー総統やイタリアのムッソリーニ統領、それに彼らに付き従う軍人たちはそのことごとくが本人の気づかぬうちに生沢長官の掌の上で踊らされることになっていた。
 当然、その中には志津頼航空甲参謀もまた含まれている。

 (怖いな、この人)

 志津頼航空甲参謀は改めてそう思う。
 その頃にはプランBのことはどうでもよくなっていた。
 生沢長官であれば、然るべき時が来れば必ずそのことを話してくれるという確信があったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

小沢機動部隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。 名は小沢治三郎。 年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。 ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。 毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。 楽しんで頂ければ幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...