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マリアナ決戦
第91話 絶対国防圏
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「ミッドウェー海戦の敗北によって、潮目は完全に変わった。これまでは、我々が好きな時に好きな場所で戦えた。しかし、今後はそうはいかん。いつどこに攻め入るかは米軍がこれを決めることができる」
日米の立場が逆転したと言う生沢長官。
その彼からブランBについてこれを聞き出すべく、その呼び水として志津頼航空甲参謀は自身の考えを開陳する。
「そうなると、戦線を縮小させる必要がありますね。長大な最前線に戦力を薄く広く展開させていては、それこそ各個撃破してくれと言っているようなものです。少なくとも北方のアッツとキスカ、それに太平洋正面のウェーク島からは兵を退くべきでしょう」
英国と豪州が戦争から降りたことで、西方と南方の脅威はこれを考えなくてもいいようになった。
しかし、北方と東方については太平洋艦隊の脅威が依然として存在している。
それらに対する抑えあるいは監視の目として、日本軍はアッツやキスカ、それにウェーク島に兵を置いている。
しかし、それらはそのいずれもが大戦力を展開するのには適していない。
逆に、米機動部隊にとっては手頃な標的、自軍の練度を上げるための格好の噛ませ犬となる。
「貴官の考えはもっともだ。実際、海軍や陸軍の上層部でも同じ考えを持つ者は多い。そのことで、大本営では絶対国防圏というものが取り沙汰されるようになった。おそらく、近いうちに閣議決定され、さらに御前会議に諮られることになるはずだ」
国家の上層部の連中もまた問題意識を持ってくれている。
そのことに安堵しつつ、志津頼航空甲参謀はその具体的な中身を尋ねる。
「基本的には千島列島から小笠原、それにマリアナ諸島からトラック島にかけてのラインだ。あと、揉めているのがここにマーシャル諸島を含めるかどうかだ。しかし、これに関しては除外するという意見が優勢だ」
マーシャル諸島は大正八年に日本の委任統治領となった。
しかし、長年の間に国民の意識は外地のそれに置き変わっている。
そのような場所をさしたる抵抗も無しに米軍に明け渡すのは、心理的に我慢できないものがあるのだろう。
ただ、絶対国防圏にマーシャル諸島まで含めてしまうと、そのラインは極めて長大なものになる。
日本の国力を考えれば妥当な判断だと志津頼航空甲参謀は思うが、それでも問題があった。
「マーシャル諸島から撤退したとして、そこに米軍に潜水艦基地を建設されたら厄介ですね。それと、脚の長い四発重爆であればトラック島をその攻撃圏内に収めることができます。そうなれば、トラック島の泊地としての価値もまた相応に低下することは避けられない」
豪州が戦争から降りたことで米軍はブリスベンやフリーマントルといった有力な潜水艦基地を使用することができなくなってしまった。
そのことで、米潜水艦のほとんどはオアフ島からの出撃を余儀なくされている。
その結果、戦場を往復するための航海日数がやたらと増え、その分だけ作戦海域での活動時間が限られてしまっている。
だが、マーシャル諸島に基地を造れば、それがかなりの程度解消される。
そして、それは潜水艦が増強されるのにも似た効果を発揮する。
逆に日本側から見れば、実に由々しき問題であった。
志津頼航空甲参謀の懸念に、しかし一方の生沢長官のほうは胸中で彼に感心の意を抱いている。
航空参謀のくせに空中だけにとどまらず、海中にもまた十分な目配りが出来ている。
だから、生沢長官はサービス過剰かとは思いつつも、さらに自身が知る情報について、これを志津頼航空甲参謀に話すことにした。
「私としてはマーシャル諸島のみならず、トラック島も切り捨てるべきだと考えている。マリアナ諸島まで戦線を下げることで、可能な限り反撃密度を上げる。これは、早ければ早いほど良い」
帝国海軍にとっての太平洋の要石であるトラック島を切り捨てろ。
生沢長官の考えに、しかし志津頼航空甲参謀のほうは、さすがにそれはやり過ぎだろうと思う。
「仮に長官のお考え通りにトラック島を放棄したとして、しかしその後はどうするのですか。同島からだと、四発重爆であればグアムをその航続圏内に飲み込んでしまいますが」
トラック島には複数の飛行場適地があり、米軍であればさらにそれらを拡張して大量の四発重爆を配備できるようにするはずだ。
もし、それらが大挙してグアムに押し寄せてきたら、それこそ目も当てられない。
重爆を邀撃するための一四試局地戦闘機は開発が後れ、これらが実戦配備されるまでには今しばらくの時間が必要だ。
それまでの間は、零戦で戦う以外に他に手段は無い。
「迎撃機のほうは英国から買えばいいのではないか。スピットファイアは高高度性能に優れていると聞くし、モスキートは優秀な機上電探を装備しているから、こちらは夜間戦闘にうってつけだろう。それに、探せば他にも良いものが見つかるかもしれない。
どちらにせよ、海の物とも山の物ともつかない一四試局戦を当てにするよりは遥かにマシだ。なにせ、それらはつい最近までドイツ空軍としのぎを削っていた実績のある機体ばかりなのだからな。それに、仮に英機に適当なものが見つからなくても、そのときはドイツ機から見繕えばいいだけの話だ。何も国産にこだわる必要は無い」
そう言って、生沢長官は笑う。
そのことで、志津頼航空甲参謀はピンとくる。
生沢長官が考えているのは、なにも英国製の機体の活用だけではない。
「長官は米国の潜水艦に対しても、やはり英国の装備を活用するつもりでいるのですね。だからマーシャル諸島のみならず、仮にトラック島を敵手に渡したとしても、それはそれで構わないと考えておられる」
英海軍は長年にわたってドイツのUボートと血で血を洗う抗争を繰り広げてきた。
その結果、英国の潜水艦に対する探知兵器や攻撃兵器は紛れもなく世界最高のそれだ。
日本の貧弱な聴音機やソナーなど、その足元にも及ばないだろう。
実際、帝国海軍の対潜戦術はお粗末そのものであり、被雷する商船が後を絶たない。
ただ、今までは被雷したとしても、その多くが不発だったことで事なきを得ていた。
しかし、最近の米国の魚雷はしっかりと爆発するようになってきたとも聞く。
危機的状況を迎えつつある海上交通線とその護衛戦に対し、生沢長官は英国製の対潜兵器でこれを打開しようとしている。
「当たりだ。英国製の対潜装備は間違いなく世界一だ。レーダーやソナーの性能は高く、さらにヘッジホッグといった我が国では想像もつかない対潜攻撃兵器まで持ち合わせている。そこで、これら英国製兵器を護衛艦艇に装備させたうえで米潜水艦隊を迎え撃つ。まあ、護衛艦艇の自家騒音の低減といった課題もあるが、しかしこちらは艦政本部の専門家に任せるしかあるまい」
生沢長官の話しぶりから、志津頼航空甲参謀は今日に至るまで彼の考えを読み誤っていたことを自覚する。
戦争が始まる前から、生沢長官はもし米国と戦うのであれば、日欧交通線の開通は絶対条件だと話していた。
自分は、それをドイツからの優秀な工作機械や電装系部品、それに軍事技術を導入するためだとばかり思っていた。
しかし、生沢長官の考えは違っていた。
日欧交通線開通の真の目的は英国を打倒することであり、そして彼らが持ち合わせている軍事技術を分捕るためのものであったのだ。
生沢長官が言う「日本とドイツが手を携えて戦うためには日欧交通線が是非とも必要だ」というのはただの方便、建前でしかなかったのだろう。
生沢長官は軍事的にも、そして政治的にも英国こそをその第一のターゲットとして見据えていた。
そして、帝国海軍の上層部はもとより、ドイツのヒトラー総統やイタリアのムッソリーニ統領、それに彼らに付き従う軍人たちはそのことごとくが本人の気づかぬうちに生沢長官の掌の上で踊らされることになっていた。
当然、その中には志津頼航空甲参謀もまた含まれている。
(怖いな、この人)
志津頼航空甲参謀は改めてそう思う。
その頃にはプランBのことはどうでもよくなっていた。
生沢長官であれば、然るべき時が来れば必ずそのことを話してくれるという確信があったからだ。
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その彼からブランBについてこれを聞き出すべく、その呼び水として志津頼航空甲参謀は自身の考えを開陳する。
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国家の上層部の連中もまた問題意識を持ってくれている。
そのことに安堵しつつ、志津頼航空甲参謀はその具体的な中身を尋ねる。
「基本的には千島列島から小笠原、それにマリアナ諸島からトラック島にかけてのラインだ。あと、揉めているのがここにマーシャル諸島を含めるかどうかだ。しかし、これに関しては除外するという意見が優勢だ」
マーシャル諸島は大正八年に日本の委任統治領となった。
しかし、長年の間に国民の意識は外地のそれに置き変わっている。
そのような場所をさしたる抵抗も無しに米軍に明け渡すのは、心理的に我慢できないものがあるのだろう。
ただ、絶対国防圏にマーシャル諸島まで含めてしまうと、そのラインは極めて長大なものになる。
日本の国力を考えれば妥当な判断だと志津頼航空甲参謀は思うが、それでも問題があった。
「マーシャル諸島から撤退したとして、そこに米軍に潜水艦基地を建設されたら厄介ですね。それと、脚の長い四発重爆であればトラック島をその攻撃圏内に収めることができます。そうなれば、トラック島の泊地としての価値もまた相応に低下することは避けられない」
豪州が戦争から降りたことで米軍はブリスベンやフリーマントルといった有力な潜水艦基地を使用することができなくなってしまった。
そのことで、米潜水艦のほとんどはオアフ島からの出撃を余儀なくされている。
その結果、戦場を往復するための航海日数がやたらと増え、その分だけ作戦海域での活動時間が限られてしまっている。
だが、マーシャル諸島に基地を造れば、それがかなりの程度解消される。
そして、それは潜水艦が増強されるのにも似た効果を発揮する。
逆に日本側から見れば、実に由々しき問題であった。
志津頼航空甲参謀の懸念に、しかし一方の生沢長官のほうは胸中で彼に感心の意を抱いている。
航空参謀のくせに空中だけにとどまらず、海中にもまた十分な目配りが出来ている。
だから、生沢長官はサービス過剰かとは思いつつも、さらに自身が知る情報について、これを志津頼航空甲参謀に話すことにした。
「私としてはマーシャル諸島のみならず、トラック島も切り捨てるべきだと考えている。マリアナ諸島まで戦線を下げることで、可能な限り反撃密度を上げる。これは、早ければ早いほど良い」
帝国海軍にとっての太平洋の要石であるトラック島を切り捨てろ。
生沢長官の考えに、しかし志津頼航空甲参謀のほうは、さすがにそれはやり過ぎだろうと思う。
「仮に長官のお考え通りにトラック島を放棄したとして、しかしその後はどうするのですか。同島からだと、四発重爆であればグアムをその航続圏内に飲み込んでしまいますが」
トラック島には複数の飛行場適地があり、米軍であればさらにそれらを拡張して大量の四発重爆を配備できるようにするはずだ。
もし、それらが大挙してグアムに押し寄せてきたら、それこそ目も当てられない。
重爆を邀撃するための一四試局地戦闘機は開発が後れ、これらが実戦配備されるまでには今しばらくの時間が必要だ。
それまでの間は、零戦で戦う以外に他に手段は無い。
「迎撃機のほうは英国から買えばいいのではないか。スピットファイアは高高度性能に優れていると聞くし、モスキートは優秀な機上電探を装備しているから、こちらは夜間戦闘にうってつけだろう。それに、探せば他にも良いものが見つかるかもしれない。
どちらにせよ、海の物とも山の物ともつかない一四試局戦を当てにするよりは遥かにマシだ。なにせ、それらはつい最近までドイツ空軍としのぎを削っていた実績のある機体ばかりなのだからな。それに、仮に英機に適当なものが見つからなくても、そのときはドイツ機から見繕えばいいだけの話だ。何も国産にこだわる必要は無い」
そう言って、生沢長官は笑う。
そのことで、志津頼航空甲参謀はピンとくる。
生沢長官が考えているのは、なにも英国製の機体の活用だけではない。
「長官は米国の潜水艦に対しても、やはり英国の装備を活用するつもりでいるのですね。だからマーシャル諸島のみならず、仮にトラック島を敵手に渡したとしても、それはそれで構わないと考えておられる」
英海軍は長年にわたってドイツのUボートと血で血を洗う抗争を繰り広げてきた。
その結果、英国の潜水艦に対する探知兵器や攻撃兵器は紛れもなく世界最高のそれだ。
日本の貧弱な聴音機やソナーなど、その足元にも及ばないだろう。
実際、帝国海軍の対潜戦術はお粗末そのものであり、被雷する商船が後を絶たない。
ただ、今までは被雷したとしても、その多くが不発だったことで事なきを得ていた。
しかし、最近の米国の魚雷はしっかりと爆発するようになってきたとも聞く。
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しかし、生沢長官の考えは違っていた。
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