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マリアナ決戦
第93話 「大鳳」型空母
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トラック島からの通信が途絶したとの悲報が入ってきた翌日。
一隻の大型空母がその産声を上げていた。
航空母艦「大鳳」。
マル四計画で四隻の建造が進められたうちの一番艦だ。
その「大鳳」型空母は、当初は装甲空母として建造することも考慮されていた。
計画当時は、急降下爆撃機に対する脅威が声高に叫ばれていたからだ。
しかし、「翔鶴」型空母と同等の艦上機を搭載したうえで、さらに飛行甲板に装甲を施すとなると四万トンを大きく超えるサイズになってしまう。
そうなれば、それに費やされる予算や資材が莫大なものとなり、他の艦艇の建造計画に差し障りが生じてしまう。
逆に、「翔鶴」型空母と同程度の予算と資材で収めようと思えば、当然のこととして船体をコンパクト化せざるを得ない。
そうなれば、運用できる艦上機は大幅に減ることになる。
しかし、装甲を施すことで搭載機数が減るくらいなら、非装甲で艦上機を多く積んだほうがマシだ。
そういった判断から、「大鳳」型空母は飛行甲板装甲を諦め、「翔鶴」型空母と同様に通常型空母として建造されることになった。
その「大鳳」型空母は「翔鶴」型空母の改良型、あるいは準同型艦とも言える存在だった。
変更されたのは高角砲が八九式一二・七センチ連装高角砲から九八式一〇センチ連装高角砲になったことと、それに電測兵器の運用を最初から考慮に入れていたことで艦橋がわずかに大きくなった程度だ。
「翔鶴」型空母と基本設計が変わらなかったことで、これまでの経験則が生かせたことから、戦時中にもかかわらず工事のほうは至って順調だった。
その「大鳳」型空母だが、しかし一時は建造中止が取り沙汰されたこともあった。
当時の海軍大臣だった嶋田大将が、大型艦の建造についてはこれを中止すべきだと訴えていたからだ。
もはや、米国との戦争が現実化したのだから、建造に何年もかかる大型艦を造っている余裕など無いというのがその理由だった。
しかし、その流れを変えたのがマーシャル沖海戦における「翔鶴」型空母の活躍だった。
一隻で一二〇機もの艦上機を運用できる「翔鶴」型空母の攻撃力は絶大で、そのことで太平洋艦隊は全滅の憂き目に遭った。
それからは、嶋田大臣も態度を改め、逆に新造空母の工事を特急指定とすることで、そのペースの加速を図るよう取り計らっている。
一方、このことを伝え聞いた生沢長官は、一計を案じた。
マル四計画で建造される予定の空母は、それがすべて白紙になったと米国に勘違いさせるよう、同国に対して情報戦を仕掛けたのだ。
戦争が始まって以降、帝国海軍は元が貨客船の「隼鷹」や「飛鷹」、それに潜水母艦だった「祥鳳」や「龍鳳」といった改造空母を相次いで戦列に加えていた。
だから、帝国海軍では空母の新規建造はこれを諦め、改造によって空母の数を稼いでいると米軍に思わせることは可能なはずだった。
そして、これに嶋田大臣のステートメントを加えれば、さらに建造中止という嘘に真実味を加えることができる。
過去のそういったことを思い出しながら、第二航空艦隊司令長官から第一航空艦隊司令長官、さらにそれと併せて第一機動艦隊の指揮官となった生沢長官は空母「大鳳」の艦橋で来たるべき太平洋艦隊との最終決戦に思いを馳せていた。
そこへ、邪魔者が現れた。
「やっぱり新しい艦は良いですね。なにせ、女房と空母は新しいほうが良いって言いますからね」
航空甲参謀から先任参謀へと、肩書だけが出世した志津頼中佐だった。
(お前の女房はうちの家内とは違ってまだピチピチだろ)
そう言って生沢長官は胸中で毒づく。
もちろん言葉にはしない。
志津頼先任参謀を経由して妻の生沢香津代の耳にでも入れば、彼女からどんな仕打ちを受けるのか分かったものではないからだ。
生沢長官は誰に対しても物事を優位に進める自信がある。
しかし、妻にだけは頭が上がらない。
謀略や奸計においては、生沢長官よりも彼女のほうが圧倒的に上だからだ。
だが、それはそれとしてやっておかなければならないことが山積みだ。
志津頼先任参謀も遊びに来たわけではなく、自分の元に報告に上がってきたのだ。
「で、どうだった」
端的な生沢長官の問いかけに、志津頼航空甲参謀が相好を崩す。
生沢長官から見ても、すごくスッキリした顔をしている。
「五三型であれば間違いなくF6Fに勝てますよ。同じ零戦でも二一型や三二型とは明らかに違います。新零戦あるいは零戦改と言ってもいいくらいです」
実のところ、志津頼先任参謀は最新型の零戦の試乗をして戻ってきたところだった。
本来、中佐ともなれば操縦桿を握ることはほとんど無い。
現場仕事よりも管理職として使い回されるからだ。
特に戦闘機乗りであればそれが顕著だ。
だから、本来であれば志津頼先任参謀が零戦を操縦することは、異例中の異例。
まず、認められることは無いはずだった。
実戦経験豊富な貴重な参謀を、つまらない事故で失っては帝国海軍組織としてもたまったものではないからだ。
しかし、そこは生沢長官が裏で手を回して乗れるように手配した。
志津頼先任参謀が航空甲参謀だった時代、生沢長官は彼の本来の仕事に加えて作戦参謀や情報参謀としても酷使していた。
これに対し、当時の志津頼航空甲参謀のほうは文句を言いながらも、しかし立派に押し付けられた任務をこなしてくれた。
だから、今回の件はそれに対する、生沢長官からのちょっとしたお返しのようなものだった。
「一番の相違点は何だ」
さすがに子どものようにはしゃぐようなことは無いが、それでもそれに似たようなオーラを出している志津頼先任参謀に生沢長官が端的に尋ねる。
「何と言ってもスピードですね。二一型が五三〇キロ、それに三二型が五五五キロだったのに対し、五三型は三二型より五〇キロ以上も速い六一〇キロです。ただ、この最高速度に関してはF6Fとさほど変わらないと思います。違うのは加速性能とそれに上昇性能です。こちらは間違いなく五三型の圧勝です。
そして、戦闘機の戦いで重要なのは最高速度よりも、いち早く任意の戦闘速度に移行するための加速性能と、それに優位ポジションを確保するための上昇性能です。この二点については、F6Fよりも間違いなく上であることは私が保証します」
熱っぽく語る志津頼先任参謀に、「お前はF6Fと戦ったことは無いだろう」と思ってしまう生沢長官ではあったが、しかしそこは口に出さず首肯をもって話の続きを促す。
ご機嫌麗しい人間の機嫌をわざわざ損ねる必要は無い。
「この速度性能を叩き出すための心臓ですが、その誉発動機についてはドイツ製の高品質なプラグやケーブルといった電装系部品を使用していることで、信頼性については問題ありません」
誉発動機は、これまでのそれとは一線を画す工作精度とそれに高品質なパーツが求められる発動機だと生沢長官は説明を受けている。
特に電装系パーツが隘路となっていたそうだが、どうやらそれもクリアされているらしい。
まあ、ここらあたりはドイツ様々といったところだろう。
「武装についても、これが強化されています。従来の零戦は二〇ミリ機銃と七・七ミリ機銃がそれぞれ二丁でしたが、五三型のほうは二〇ミリ機銃が四丁となっています。ベルト給弾機構の開発によって一丁あたりの装弾数も二倍の二〇〇発となっていますから、七・七ミリ機銃を廃止したとしてもさほど問題は有りません。本音を言えばあと五〇発くらいあれば良いなとは思うのですが、まあこれについては贅沢な悩みなのかもしれません」
二一型や三二型の二号機銃はドラム弾倉だったことで装弾数が六〇発からせいぜい一〇〇発までだった。
しかし、日本の技術陣は不可能だとさえ言われていたベルト給弾機構を開発。
そのことで、五三型は二〇ミリ機銃一本に絞ることができた。
さらに、五三型について言い募ろうとする志津頼先任参謀に、生沢長官は「まあ落ち着け」と言ってソファを進める。
そして手ずからお茶をいれる。
志津頼先任参謀の話が長くなるという確信があったからだ。
一隻の大型空母がその産声を上げていた。
航空母艦「大鳳」。
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その「大鳳」型空母は、当初は装甲空母として建造することも考慮されていた。
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しかし、「翔鶴」型空母と同等の艦上機を搭載したうえで、さらに飛行甲板に装甲を施すとなると四万トンを大きく超えるサイズになってしまう。
そうなれば、それに費やされる予算や資材が莫大なものとなり、他の艦艇の建造計画に差し障りが生じてしまう。
逆に、「翔鶴」型空母と同程度の予算と資材で収めようと思えば、当然のこととして船体をコンパクト化せざるを得ない。
そうなれば、運用できる艦上機は大幅に減ることになる。
しかし、装甲を施すことで搭載機数が減るくらいなら、非装甲で艦上機を多く積んだほうがマシだ。
そういった判断から、「大鳳」型空母は飛行甲板装甲を諦め、「翔鶴」型空母と同様に通常型空母として建造されることになった。
その「大鳳」型空母は「翔鶴」型空母の改良型、あるいは準同型艦とも言える存在だった。
変更されたのは高角砲が八九式一二・七センチ連装高角砲から九八式一〇センチ連装高角砲になったことと、それに電測兵器の運用を最初から考慮に入れていたことで艦橋がわずかに大きくなった程度だ。
「翔鶴」型空母と基本設計が変わらなかったことで、これまでの経験則が生かせたことから、戦時中にもかかわらず工事のほうは至って順調だった。
その「大鳳」型空母だが、しかし一時は建造中止が取り沙汰されたこともあった。
当時の海軍大臣だった嶋田大将が、大型艦の建造についてはこれを中止すべきだと訴えていたからだ。
もはや、米国との戦争が現実化したのだから、建造に何年もかかる大型艦を造っている余裕など無いというのがその理由だった。
しかし、その流れを変えたのがマーシャル沖海戦における「翔鶴」型空母の活躍だった。
一隻で一二〇機もの艦上機を運用できる「翔鶴」型空母の攻撃力は絶大で、そのことで太平洋艦隊は全滅の憂き目に遭った。
それからは、嶋田大臣も態度を改め、逆に新造空母の工事を特急指定とすることで、そのペースの加速を図るよう取り計らっている。
一方、このことを伝え聞いた生沢長官は、一計を案じた。
マル四計画で建造される予定の空母は、それがすべて白紙になったと米国に勘違いさせるよう、同国に対して情報戦を仕掛けたのだ。
戦争が始まって以降、帝国海軍は元が貨客船の「隼鷹」や「飛鷹」、それに潜水母艦だった「祥鳳」や「龍鳳」といった改造空母を相次いで戦列に加えていた。
だから、帝国海軍では空母の新規建造はこれを諦め、改造によって空母の数を稼いでいると米軍に思わせることは可能なはずだった。
そして、これに嶋田大臣のステートメントを加えれば、さらに建造中止という嘘に真実味を加えることができる。
過去のそういったことを思い出しながら、第二航空艦隊司令長官から第一航空艦隊司令長官、さらにそれと併せて第一機動艦隊の指揮官となった生沢長官は空母「大鳳」の艦橋で来たるべき太平洋艦隊との最終決戦に思いを馳せていた。
そこへ、邪魔者が現れた。
「やっぱり新しい艦は良いですね。なにせ、女房と空母は新しいほうが良いって言いますからね」
航空甲参謀から先任参謀へと、肩書だけが出世した志津頼中佐だった。
(お前の女房はうちの家内とは違ってまだピチピチだろ)
そう言って生沢長官は胸中で毒づく。
もちろん言葉にはしない。
志津頼先任参謀を経由して妻の生沢香津代の耳にでも入れば、彼女からどんな仕打ちを受けるのか分かったものではないからだ。
生沢長官は誰に対しても物事を優位に進める自信がある。
しかし、妻にだけは頭が上がらない。
謀略や奸計においては、生沢長官よりも彼女のほうが圧倒的に上だからだ。
だが、それはそれとしてやっておかなければならないことが山積みだ。
志津頼先任参謀も遊びに来たわけではなく、自分の元に報告に上がってきたのだ。
「で、どうだった」
端的な生沢長官の問いかけに、志津頼航空甲参謀が相好を崩す。
生沢長官から見ても、すごくスッキリした顔をしている。
「五三型であれば間違いなくF6Fに勝てますよ。同じ零戦でも二一型や三二型とは明らかに違います。新零戦あるいは零戦改と言ってもいいくらいです」
実のところ、志津頼先任参謀は最新型の零戦の試乗をして戻ってきたところだった。
本来、中佐ともなれば操縦桿を握ることはほとんど無い。
現場仕事よりも管理職として使い回されるからだ。
特に戦闘機乗りであればそれが顕著だ。
だから、本来であれば志津頼先任参謀が零戦を操縦することは、異例中の異例。
まず、認められることは無いはずだった。
実戦経験豊富な貴重な参謀を、つまらない事故で失っては帝国海軍組織としてもたまったものではないからだ。
しかし、そこは生沢長官が裏で手を回して乗れるように手配した。
志津頼先任参謀が航空甲参謀だった時代、生沢長官は彼の本来の仕事に加えて作戦参謀や情報参謀としても酷使していた。
これに対し、当時の志津頼航空甲参謀のほうは文句を言いながらも、しかし立派に押し付けられた任務をこなしてくれた。
だから、今回の件はそれに対する、生沢長官からのちょっとしたお返しのようなものだった。
「一番の相違点は何だ」
さすがに子どものようにはしゃぐようなことは無いが、それでもそれに似たようなオーラを出している志津頼先任参謀に生沢長官が端的に尋ねる。
「何と言ってもスピードですね。二一型が五三〇キロ、それに三二型が五五五キロだったのに対し、五三型は三二型より五〇キロ以上も速い六一〇キロです。ただ、この最高速度に関してはF6Fとさほど変わらないと思います。違うのは加速性能とそれに上昇性能です。こちらは間違いなく五三型の圧勝です。
そして、戦闘機の戦いで重要なのは最高速度よりも、いち早く任意の戦闘速度に移行するための加速性能と、それに優位ポジションを確保するための上昇性能です。この二点については、F6Fよりも間違いなく上であることは私が保証します」
熱っぽく語る志津頼先任参謀に、「お前はF6Fと戦ったことは無いだろう」と思ってしまう生沢長官ではあったが、しかしそこは口に出さず首肯をもって話の続きを促す。
ご機嫌麗しい人間の機嫌をわざわざ損ねる必要は無い。
「この速度性能を叩き出すための心臓ですが、その誉発動機についてはドイツ製の高品質なプラグやケーブルといった電装系部品を使用していることで、信頼性については問題ありません」
誉発動機は、これまでのそれとは一線を画す工作精度とそれに高品質なパーツが求められる発動機だと生沢長官は説明を受けている。
特に電装系パーツが隘路となっていたそうだが、どうやらそれもクリアされているらしい。
まあ、ここらあたりはドイツ様々といったところだろう。
「武装についても、これが強化されています。従来の零戦は二〇ミリ機銃と七・七ミリ機銃がそれぞれ二丁でしたが、五三型のほうは二〇ミリ機銃が四丁となっています。ベルト給弾機構の開発によって一丁あたりの装弾数も二倍の二〇〇発となっていますから、七・七ミリ機銃を廃止したとしてもさほど問題は有りません。本音を言えばあと五〇発くらいあれば良いなとは思うのですが、まあこれについては贅沢な悩みなのかもしれません」
二一型や三二型の二号機銃はドラム弾倉だったことで装弾数が六〇発からせいぜい一〇〇発までだった。
しかし、日本の技術陣は不可能だとさえ言われていたベルト給弾機構を開発。
そのことで、五三型は二〇ミリ機銃一本に絞ることができた。
さらに、五三型について言い募ろうとする志津頼先任参謀に、生沢長官は「まあ落ち着け」と言ってソファを進める。
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