札束艦隊

蒼 飛雲

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マーシャル沖海戦

第23話 第一航空艦隊

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 一番槍を賜った。
 国家の存亡をかけた戦い、その戦端を開くのは自分たちだ。
 しかも相手は南方作戦における最大脅威、最強の敵と目されている在比米航空軍。
 その撃滅を任されるのはまさに武人の誉れ。
 だがしかし、第一航空艦隊司令長官の南雲中将はいまひとつ滾るようなものを感じられずにいた。

 理由ははっきりしていた。
 本当に戦いたかった相手は太平洋艦隊だったからだ。
 自分たち以外の第二航空艦隊それに第三航空艦隊は本土で太平洋艦隊の来寇に備えて第一艦隊とともに待機している。
 一航艦が太平洋艦隊の迎撃部隊に選ばれなかったのは、単純にその戦力が二航艦それに三航艦より劣るからだと南雲長官は考えている。

 実のところ、三個航空艦隊が発足した当初は一航艦こそが最強機動部隊だった。
 「赤城」それに「加賀」を基幹戦力とした一航艦は、「蒼龍」「飛龍」の二航艦、それに四隻の小型空母からなる三航艦よりも明らかに頭一つ抜け出す戦力を擁していた。

 しかし、春以降にその力関係が変わる。
 二航艦に三隻の「雲龍」型空母が加わり、さらに三航艦に四隻の「翔鶴」型空母が配備される。
 それまで三航艦の主力を務めていた「龍驤」と「瑞鳳」それに「祥鳳」と「龍鳳」はそれこそ押し出されるようにして一航艦に編入された。

 その一航艦は空母の数こそ最多を誇っている。
 しかし、その実情は改造空母や小型空母の寄せ集めだ。
 そのうえ、肝心の艦上機の数もまた二航艦や三航艦には及ばない。

 ただ、搭乗員の腕は良い。
 「赤城」や「加賀」には大陸で実戦を経験した者が数多く含まれている。
 また、「龍驤」と「瑞鳳」それに「祥鳳」と「龍鳳」に配属された搭乗員はその誰もが狭い飛行甲板への離着艦を難なくこなす手練れ揃いだ。

 そして本日、日本は米国に対して宣戦布告した。
 その手続きが滞りなく済んだことも、今では南雲長官のみならず一航艦のすべての将兵たちの知るところとなっている。

 すでに矢は解き放っている。
 「赤城」と「加賀」からそれぞれ零戦一八機に零式艦攻五四機。
 他の四隻の小型空母からそれぞれ零戦一八機の合わせて二一六機。
 それらが二波に分かれて出撃し、イバならびにクラークフィールドに展開している米航空戦力を叩きつぶす。

 そのうちの一つ、イバ基地に向かう一〇八機の攻撃隊は飛行場を視認する前から四〇乃至五〇機ほどの戦闘機に迎撃された。
 おそらくは、レーダーによって探知されたのだろう。

 「制空隊は敵戦闘機を撃滅せよ。直掩隊はそのまま艦攻隊とともにイバへと向かう」

 攻撃隊指揮官兼「加賀」艦攻隊長である橋口少佐の命令に、「赤城」戦闘機隊と「龍驤」戦闘機隊それに「祥鳳」戦闘機隊から成る制空隊が速度を上げつつ、前方のゴマ粒に向けて突撃をかける。
 直掩任務の「加賀」戦闘機隊と「瑞鳳」戦闘機隊、それに「龍鳳」戦闘機隊は艦攻隊のそばを離れず目標に向けて進撃を続ける。

 「液冷戦闘機と空冷戦闘機の連合編制か。液冷のほうはP40、空冷のほうはP35かP36といったところだろう。数はあちらさんのほうが六割から七割ほど多いな」

 敵の戦闘機のシルエットがはっきりしてくると同時に、板谷少佐は自分たちが対峙する相手の正体を看破する。
 まだ、十分な距離があると思っているうちから敵の戦闘機が機銃を撃ちかけてくる。
 板谷少佐はすかさず機体を横滑りさせ、その火箭を躱す。
 曳光弾が直前まで板谷少佐の乗機があった空間を正確に刺し貫いていく。

 低伸する機銃の性能、それに敵搭乗員の技量に恐怖交じりの称賛を送りつつ、板谷少佐は敵戦闘機と交錯すると同時に急旋回をかける。
 零戦の鋭い機動に先ほどの敵戦闘機は追躡出来ない。

 敵戦闘機の背後を取った板谷少佐は瑞星発動機に鞭を入れる。
 燃料にオクタン価一〇〇のそれを使用することを前提として設計された瑞星発動機は一一〇〇馬力の出力を誇る。
 これは、陸軍の一式戦が採用している栄発動機よりも一割以上も出力が大きい。
 さらに、量産化を目前に控えている出力強化型の最新バージョンは一二五〇馬力へと強化され、早ければ来春にも新型零戦の新たなる心臓としてデビューする予定だ。

 零戦が軽量なこともあって、その加速は鋭い。
 一気に敵戦闘機との間合いを詰めた板谷少佐は機首の七・七ミリ機銃と翼内の二〇ミリ機銃を同時に発射する。
 それぞれ二本の太い火箭と細い火箭が敵戦闘機に突きこまれる。
 その中でも長銃身の二号機銃から吐き出される高初速の二〇ミリ弾の破壊力は別格だ。
 一発でも当たればそれこそ機体に大穴を穿つ。
 単発単座の戦闘機がそれを盛大に浴びてしまえば、いかに防御力に定評のある米戦闘機といえどもさすがにもたない。

 対峙した敵戦闘機の撃墜を確認すると同時に板谷少佐は四周を見回す。
 三次元立体戦闘となる空中戦は、前後左右だけではなく上からの撃ちおろしや下かの突き上げも警戒しなければならない。
 「防弾装備が充実した機体は、その半額を提供する」というどこぞのお大尽の甘言に乗ってか乗らずか、零戦は防弾鋼板や自動消火装置といった防御関連の装備が随所に仕込まれている。
 とは言っても、油断するわけにはいかない。
 敵地の上空で深手を負えば、生還は期しがたいものになる。

 そう考えている板谷少佐だったが、その彼は突如として機体に嫌な衝撃が走ったことを知覚する。
 とっさに急旋回をかけて周囲を見回すが、こちらを銃撃できる位置に敵機の姿は見当たらない。

 (流れ弾か・・・・・・)

 板谷少佐は一瞬でその正体に気づく。
 その衝撃の大きさから七・七ミリのような豆鉄砲ではなく、一二・七ミリかあるいは二〇ミリのそれだろう。
 それが、敵のものなのか味方のものなのかは分からない。
 ただ言えることは、防弾装備無しで空中戦を戦うということは非常にヤバイということだ。
 どんなに腕の立つベテランでも被弾するときは被弾する。
 実際、今の自分がそうだ。

 (弾丸が飛び交うのは空も地上も変わらない。あるいは、防弾装備の無い戦闘機で戦うということは、裸の自動車に機銃を積んで装甲車を相手に戦うのと同義かもしれない。同等の武装を施した同じ数の自動車と装甲車がぶつかればどうなるか。そのようなことは考えなくても分かる。あるいは、そのお大尽はあらかじめ、こうなることが分かっていたのかもしれない)

 帝国海軍内で「ミスターS」と呼ばれる、上層部のそれも一部しか知らないお大尽の彼。

 (一度会ってみたいものだ)

 しかしそう思ったのは一瞬、板谷少佐は現実に意識を向けなおす。
 戦況は我が方が圧倒的に有利だが、しかし空の上では何が起こるか分からない。
 小さな油断で、しかも初陣ともいえる戦いでいきなり戦死するのはまっぴらごめんだった。
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