元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!

sika

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第23話 王妃教育と誇りの花

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春の陽射しが、王城の庭園に降り注いでいた。  
冬を越えた草木がいっせいに芽吹き、白い花々が風にそよいでいる。  
あの血に染まった夜から季節は変わり、王都にはようやく穏やかな空気が戻りつつあった。  

クロエ・ラングレーは、王妃候補としての教育を受ける日々を迎えていた。  
それは、彼女の人生の中で最も激しく、最も真剣な時間だった。  
王太子ノエルの隣に立つ者として、学ぶべき知識も、体に沁みついた礼法も、すべてが彼女を試していた。  

「クロエ様、姿勢が少し固すぎます。もっと柔らかな印象を。王妃とは“国の母”であり、“威を示す者”でもあります。」  
侍女長であり王妃教育の指南役でもあるエリーヌが、銀の扇で軽く肩を叩いた。  
「意識しすぎていませんか? 肩の力を抜きなさい。」  
「はい……エリーヌ様。」  
「ふふ、そう、それでいい。」  

厳しさの中にも、どこか誇らしげな眼差し。  
エリーヌはかつて、クロエが侍女として最初に学んだ頃に出会った人だ。  
今ではその立場が反転しているようで、不思議な気持ちだった。  

「あなたが王妃になるなんて、誰が想像したでしょうね。あの頃のあなたは、完璧を追うあまり自分を縛っていた。」  
「今もまだ……完璧からは遠いです。」  
「違うわ。」  
エリーヌは微笑んだ。  
「王は完璧な女を好むのではなく、“信じられる女”を選ぶのです。――殿下はその意味を知っていたのでしょうね。」  

その言葉に、クロエの胸が熱くなった。  
「殿下は本当に……いえ、ノエルは、いつも人の心を見るのが上手な方です。」  
「“ノエル”と呼ぶのですね。」エリーヌの声が少しだけ楽しそうだった。  
クロエは頬を染める。  
「つい……誰もいない時に限りですが。」  
「いいのですよ。名前を呼ぶだけでも、人は強くつながれます。」  

午後の授業が終わると、クロエは城のバルコニーに出た。  
澄み切った空の下、風に舞う花弁が陽光を受けて輝いている。  
王都の街並みには笑顔が戻り、民が広場で音楽を奏でる声も聞こえた。  

「殿下も、きっとこの光景を見てお喜びでしょうね。」  
小さく呟いたそのとき、背後から低い、しかし懐かしい声がした。  
「喜んでいるよ。君の努力の賜物だ。」  

振り返る間もなく、その声を聴いた瞬間に胸が高鳴った。  
ノエルだった。  
彼は執務の合間を縫って、クロエの教育の様子をこっそり見に来ていたのだ。  
淡い金の髪を風に揺らし、白の礼服を纏う姿は、王家の象徴そのもののように美しい。  

「殿下……お仕事がお忙しいのに、どうしてここに?」  
「君の顔を見たくなった。」  
即答するその声があまりに真っ直ぐで、クロエは返す言葉を失った。  
「噂では、君は恐ろしいほど真面目に学んでいるらしいな。」  
「真面目にしなければ、殿下の横には立てません。……それに、私には“前例”がありますから。」  
「前例?」  
「“君の努力は重い”と言われた過去です。」  
静かに呟かれたその一言に、ノエルは眉を寄せた。  

「そんな言葉、もう君の人生に縛りとして残す必要はない。努力とは、人を苦しめるものではなく、人を導くものだ。」  
「導く……。」  
「そう。君が努力して積み上げた日々は、君自身を強く育て、この国の明日を照らしている。私はそれを誇りに思う。」  
ノエルの言葉は、まるで歌のように胸に染みこんでくる。  

「誇り……。」  
クロエは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。  
花の香りが胸を満たす。  
「では、私ももう一度、努力を誇りにします。自分のため、そして殿下のために。」  
「それでこそ、私のクロエだ。」  

思わず頬が熱くなり、視線を逸らして髪を耳にかけた。  
「……殿下、そんな風に呼ばないでください。まだ正式に王妃になったわけではございません。」  
「いや、私の心の中ではもう決まっている。」  
「ずるいお言葉です。」  
「君が泣くなら、その涙も、笑うならその笑顔も、国宝として守る覚悟がある。」  
彼の声音には揺るぎない強さが宿っていた。  

その時、廊下の奥から王妃の侍従が姿を現した。  
「ノエル殿下、次の会議がございます!」  
「……すぐ行く。」  
少し名残惜しそうにノエルは微笑み、クロエを見つめた。  
「また夜に。君の学びの成果を聞かせてくれ。」  
「はい、殿下。」  

ノエルが去った後も、クロエの胸の鼓動は止まらなかった。  
“私のクロエだ”――その言葉が、ひとつの約束として心に刻まれている。  

その夜。  
王妃セレーネの居室で開かれた小さな茶会に、クロエも招かれていた。  
王妃が香る紅茶を注ぎながら、柔らかく言う。  
「王太子殿下の目は、もう迷いがありませんね。貴女が導いたのですよ。」  
「とんでもありません、陛下。私はただ、見守っていただけです。」  
「見守ることこそ愛の形です。貴女はこの国の“心”となるでしょう。」  
「……そんな、私には――」  
「謙遜は要りません。ノエルは貴女を選び、貴女もまたノエルを選んだ。もうそれだけで十分です。」  

クロエは紅茶に映る月明かりを見つめながら、王妃の言葉を胸に刻んだ。  
「選ぶ」という行為が、どれほどの勇気を伴うものかを彼女は知っている。  
かつて婚約破棄を言い渡されたとき、自分には否応なく“選ばれない痛み”があった。  
だが今、彼女は違う。  
選んだのは他人ではなく、自分自身と、自ら信じた愛。  

その夜、寝室の窓から庭を見下ろすと、灯火の中に訓練を続ける兵士たちの姿が見えた。  
彼らもまた、この国を支える“誰かの努力”だ。  
その美しさに、クロエは胸の奥が温かくなる。  

「私はこの国を守る人たちの希望でありたい。殿下の隣で、恥じない王妃になります。」  
小さな独り言が夜気に溶けたとき、ひとひらの白い花びらが風に乗り、窓辺に舞い込んできた。  

――努力は重荷ではない。誇りなのだ。  
花の香りがその確信を確かめるように、静かに彼女を包む。  

誰のためでもない、自分のための努力。  
そして、その延長線にある誰かへの愛。  
クロエはそのことを理解しながら微笑み、深く息を吸った。  
夜明けの鐘が鳴るまで、胸の奥には穏やかな誓いが燃えていた。  

続く
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