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第29話 運命を超える愛
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春は静かに満ち、王都の空は蒼く澄みわたっていた。
城郭を包む風が柔らかく、遠くの鐘の音が昼下がりの空気を震わせる。
穏やかな日々がようやく戻った――誰もがそう信じていた。
しかしその幸せの陰で、わずかな異変が忍び寄っていた。
北の辺境に残る旧宰相派の一団が、王家への復讐を企てているという報せが届いたのだ。
ノエルの執務室には、その報告書が積み重ねられている。
紙の上には無数の名前と数字、そして緊迫した筆致で書かれた「刺殺計画」という言葉。
そのすべてが、彼一人を標的にしていた。
「……またか。」
ノエルは息を吐いた。
国を整えようとすればするほど、古き支配者たちの反発を買う。
彼らの目的は反乱ではない。憎しみの象徴として“王を殺す”ことだった。
そこへ、扉を叩く音。
「ノックなんて、珍しいね。」
柔らかな声。クロエだった。
ノエルは顔を上げ、微笑みながら言った。
「君には、鍵など要らない。」
「それでもお仕事を邪魔するわけにはいきませんから。」
淡く凛とした微笑み。だが彼女の目の奥には少しの不安が見えた。
クロエは机に積まれた書類を見て、小さく眉を寄せた。
「また危険な報せですか?」
「察しがいいな。」
「怖い読み方をされると、心が落ち着きません。」
「安心してほしい。私はもう逃げない。何度でも立ち向かう。」
「……それは、貴方一人の戦いではありません。」
ノエルが目を細めた。
「クロエ、君は自分を危険に晒すことを恐れないのか。」
「恐れています。でも、恐れても離れたくないのです。貴方の隣を、誰かに渡したくありませんから。」
その声は静かだが、強い決意を秘めていた。
ノエルはその瞳をしばし見つめ、椅子を立った。
「私も同じだ。君を守るためなら、王位さえ惜しくない。」
「それ以上はいけません。陛下がこの国の希望なのです。」
「希望とは、互いを支える者が作るものだ。」
彼は歩み寄り、クロエの手を取る。
温かい掌の感触が、優しく彼女の不安をほどいていく。
「もし私に何かあっても、君は――」
「そんなことは仰らないで。」
クロエの声が鋭く遮った。
「“もし”などいりません。貴方は生きて、この国を導く方です。」
「君がいる限り、私もそう信じられる。」
その瞬間、突如として外が慌ただしくなった。
扉の外から走る足音、金属の音、そして叫び声。
「陛下! 賊が! 北塔を突破しました!」
クロエが振り返るより早く、ノエルは剣を手に取った。
「私が出る。」
「危険です!」
「危険を避けては王でいられない。」
クロエも立ち上がる。
「なら、私もご一緒します!」
「だめだ!」
「……いいえ。私も、誓いを果たすために戦います。」
激しくぶつかる視線。
ノエルは息を止め、そして何かを悟ったように目を細めた。
「分かった。だが、必ず私のそばを離れるな。」
「はい、陛下。」
二人は並んで廊下を走る。
北塔の方角から煙が上がっていた。
駆けつけると、そこには黒衣の集団が押し寄せ、兵たちを押し倒していた。
「陛下を捕らえろ!」
皮肉にも、その叫びがノエルの位置を知らせる。
彼は剣を構えた。
「クロエ、下がれ!」
「殿下こそ!」
刃と刃がぶつかり合う音。
細く鋭い金属の火花が、夜風に散る。
クロエの視界の端に、影が動いた。
咄嗟に振り向いた瞬間、背後から矢が放たれる。
「陛下!」
クロエは身を投げ出し、その矢を防いだ。
矢先が肩をかすめ、鮮やかな赤が広がる。
「クロエ!」
ノエルが抱きとめ、怒りのように叫んだ。
「どうして私の前に出る!」
「私が……貴方の盾になるって、決めていたから。」
「そんな誓いはいらない!」
「私は侍女として、貴方に誠を捧げたでしょう。それだけは変わりません。」
ノエルは彼女を抱きしめたまま立ち上がる。
怒号が飛び交う中、声が響く。
「退け、愚か者たち! この国の未来は愛によって築かれる。血ではない!」
その叫びが反乱者たちの動きを止めた。
誰もが、その声に宿る確信を感じた。
一歩、また一歩、ノエルが前に踏み出す。
背後でクロエが力なく微笑んだ。
「陛下……。貴方がそう信じられるなら……私はまだ、生きていたい。」
「君は生きる。誰よりも強く。」
戦いは短く終息した。
賊の多くは捕まり、残りは逃げ散った。
鋼の音が消え、夜の静寂が戻るころ、ノエルはクロエを腕に抱えて控室へ戻っていた。
侍医が手当をする間、彼はその手を離さなかった。
「傷は深くありません。少し安静にされれば。」
そう医師が言うと、ノエルは深く頷き、クロエに視線を戻す。
「君は本当に……どうしていつも危険を顧みない。」
「陛下を失う恐れに比べたら、怖くありません。」
「恐れを知らぬ人だ。」
「違います。貴方がいるから……恐れが消えるのです。」
その言葉に、ノエルは静かに苦笑した。
「私は王国のために戦っているつもりだったが、今は君のために戦っている気がするよ。」
「それが王のあるべき姿です。」
「では君が、この国に王を教えたのだな。」
「光は、影を知らなければ照らせません。私はあなたの影でありたい。」
ノエルは彼女の頬に手を伸ばし、指先でそっと涙を拭った。
「違う。君は影ではない。私の空だ。」
「空……?」
「どんな嵐が来ても、私の進む道を上から見守ってくれる。」
クロエの喉が詰まり、言葉にならない。
頬を伝う涙の一滴が、ノエルの手の甲に落ちる。
「……陛下。貴方こそ、私を恐れから解き放ってくれた光です。」
ノエルはその手を取り、自分の胸の上に導いた。
「この鼓動が絶えるまで、私は君を守る。それが王としてではなく、一人の男としての誓いだ。」
クロエは微笑み、重なった手をきつく握った。
「貴方がいれば、恐れはない。」
「君こそ、私の勇気だ。」
二人の間に、言葉はいらなかった。
心臓の鼓動がすべてを語り、静かな夜風がそれを祝福するように吹き抜けていく。
その翌日、城下の空には虹が架かった。
民たちは口々に、「あの虹は新王と王妃の奇跡だ」と語った。
そして王都の人々の胸に、愛と希望の象徴である二人の名が刻まれた――
ノエル・アルドリック、そしてクロエ・ラングレー。
彼らが共に歩む限り、この国の春は決して終わらない。
続く
城郭を包む風が柔らかく、遠くの鐘の音が昼下がりの空気を震わせる。
穏やかな日々がようやく戻った――誰もがそう信じていた。
しかしその幸せの陰で、わずかな異変が忍び寄っていた。
北の辺境に残る旧宰相派の一団が、王家への復讐を企てているという報せが届いたのだ。
ノエルの執務室には、その報告書が積み重ねられている。
紙の上には無数の名前と数字、そして緊迫した筆致で書かれた「刺殺計画」という言葉。
そのすべてが、彼一人を標的にしていた。
「……またか。」
ノエルは息を吐いた。
国を整えようとすればするほど、古き支配者たちの反発を買う。
彼らの目的は反乱ではない。憎しみの象徴として“王を殺す”ことだった。
そこへ、扉を叩く音。
「ノックなんて、珍しいね。」
柔らかな声。クロエだった。
ノエルは顔を上げ、微笑みながら言った。
「君には、鍵など要らない。」
「それでもお仕事を邪魔するわけにはいきませんから。」
淡く凛とした微笑み。だが彼女の目の奥には少しの不安が見えた。
クロエは机に積まれた書類を見て、小さく眉を寄せた。
「また危険な報せですか?」
「察しがいいな。」
「怖い読み方をされると、心が落ち着きません。」
「安心してほしい。私はもう逃げない。何度でも立ち向かう。」
「……それは、貴方一人の戦いではありません。」
ノエルが目を細めた。
「クロエ、君は自分を危険に晒すことを恐れないのか。」
「恐れています。でも、恐れても離れたくないのです。貴方の隣を、誰かに渡したくありませんから。」
その声は静かだが、強い決意を秘めていた。
ノエルはその瞳をしばし見つめ、椅子を立った。
「私も同じだ。君を守るためなら、王位さえ惜しくない。」
「それ以上はいけません。陛下がこの国の希望なのです。」
「希望とは、互いを支える者が作るものだ。」
彼は歩み寄り、クロエの手を取る。
温かい掌の感触が、優しく彼女の不安をほどいていく。
「もし私に何かあっても、君は――」
「そんなことは仰らないで。」
クロエの声が鋭く遮った。
「“もし”などいりません。貴方は生きて、この国を導く方です。」
「君がいる限り、私もそう信じられる。」
その瞬間、突如として外が慌ただしくなった。
扉の外から走る足音、金属の音、そして叫び声。
「陛下! 賊が! 北塔を突破しました!」
クロエが振り返るより早く、ノエルは剣を手に取った。
「私が出る。」
「危険です!」
「危険を避けては王でいられない。」
クロエも立ち上がる。
「なら、私もご一緒します!」
「だめだ!」
「……いいえ。私も、誓いを果たすために戦います。」
激しくぶつかる視線。
ノエルは息を止め、そして何かを悟ったように目を細めた。
「分かった。だが、必ず私のそばを離れるな。」
「はい、陛下。」
二人は並んで廊下を走る。
北塔の方角から煙が上がっていた。
駆けつけると、そこには黒衣の集団が押し寄せ、兵たちを押し倒していた。
「陛下を捕らえろ!」
皮肉にも、その叫びがノエルの位置を知らせる。
彼は剣を構えた。
「クロエ、下がれ!」
「殿下こそ!」
刃と刃がぶつかり合う音。
細く鋭い金属の火花が、夜風に散る。
クロエの視界の端に、影が動いた。
咄嗟に振り向いた瞬間、背後から矢が放たれる。
「陛下!」
クロエは身を投げ出し、その矢を防いだ。
矢先が肩をかすめ、鮮やかな赤が広がる。
「クロエ!」
ノエルが抱きとめ、怒りのように叫んだ。
「どうして私の前に出る!」
「私が……貴方の盾になるって、決めていたから。」
「そんな誓いはいらない!」
「私は侍女として、貴方に誠を捧げたでしょう。それだけは変わりません。」
ノエルは彼女を抱きしめたまま立ち上がる。
怒号が飛び交う中、声が響く。
「退け、愚か者たち! この国の未来は愛によって築かれる。血ではない!」
その叫びが反乱者たちの動きを止めた。
誰もが、その声に宿る確信を感じた。
一歩、また一歩、ノエルが前に踏み出す。
背後でクロエが力なく微笑んだ。
「陛下……。貴方がそう信じられるなら……私はまだ、生きていたい。」
「君は生きる。誰よりも強く。」
戦いは短く終息した。
賊の多くは捕まり、残りは逃げ散った。
鋼の音が消え、夜の静寂が戻るころ、ノエルはクロエを腕に抱えて控室へ戻っていた。
侍医が手当をする間、彼はその手を離さなかった。
「傷は深くありません。少し安静にされれば。」
そう医師が言うと、ノエルは深く頷き、クロエに視線を戻す。
「君は本当に……どうしていつも危険を顧みない。」
「陛下を失う恐れに比べたら、怖くありません。」
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「違います。貴方がいるから……恐れが消えるのです。」
その言葉に、ノエルは静かに苦笑した。
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「光は、影を知らなければ照らせません。私はあなたの影でありたい。」
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「違う。君は影ではない。私の空だ。」
「空……?」
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「……陛下。貴方こそ、私を恐れから解き放ってくれた光です。」
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クロエは微笑み、重なった手をきつく握った。
「貴方がいれば、恐れはない。」
「君こそ、私の勇気だ。」
二人の間に、言葉はいらなかった。
心臓の鼓動がすべてを語り、静かな夜風がそれを祝福するように吹き抜けていく。
その翌日、城下の空には虹が架かった。
民たちは口々に、「あの虹は新王と王妃の奇跡だ」と語った。
そして王都の人々の胸に、愛と希望の象徴である二人の名が刻まれた――
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彼らが共に歩む限り、この国の春は決して終わらない。
続く
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