元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!

sika

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第30話 そして永遠に、彼の隣で(完)

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春が過ぎ、夏の風が王都の石畳を撫でていた。  
民の笑い声が通りに響き、市場では新しい作物が並ぶ。  
白鳥が王城の堀をゆったりと泳ぎ、穏やかな陽光が王国の平和を照らしている。  
あの長い戦乱の影は、もうどこにもなかった。  

ある日、王城の中庭から朗らかな笑い声が聞こえてきた。  
音の主は、王妃クロエ・ラングレー。  
彼女は使用人や侍女たちに囲まれ、庭の花々の剪定をしていた。  
白いドレスの裾を持ち上げ、しゃがみ込んで作業する彼女の姿は、王妃というよりも一人の少女のようだ。  

「陛下のために、少しでも綺麗な庭にしたいのです。」  
クロエがそう微笑むと、侍女たちは心から嬉しそうに頷いた。  
「本当に、お幸せそうで……。まるでおとぎ話そのものです。」  
「いいえ、私が幸せにしてもらっているだけですわ。」  
そう言う彼女の頬に触れる風は、柔らかく、温かかった。  

王ノエル・アルドリックは現在、政務を終え、書簡を置いて外を眺めていた。  
庭にはクロエの姿。その髪が陽に透けて輝く。  
「……あの人がいるだけで、この世界が呼吸をする。」  
思わずそんな独り言をこぼし、微笑した。  

ノエルは執務室を離れ、まるで光に導かれるように庭園へ歩き出した。  
足音に気づいたクロエが顔を上げる。  
「陛下、こんな時間にお休みになるなんて珍しいですね。」  
「今日は君に報せたいことがあった。」  
「報せ……?」  

ノエルは手にした封筒を差し出す。  
王家の紋章が押された文。クロエが開くと、そこには大陸南部との新同盟締結の知らせが書かれていた。  
「十年に及んだ確執が、ようやく終わった。これで国は真の平和に近づける。」  
「殿下……いえ、陛下……おめでとうございます。」  
クロエの声が震えるほど嬉しさで満ちていた。  
「この国は貴方が信じ続けた皆と貴方の勇気で守られてきたのですね。」  

ノエルは小さく首を振った。  
「違う。……君がいたから、この国を信じることができた。」  
「また、そんなことを仰る。」  
クロエは微笑みながらも、涙がにじんでいた。  

彼はそっと彼女の肩に手を置く。  
その接触が、かつての不安も孤独も溶かしていくようだった。  
「クロエ、君はかつて自分を『完璧でなければ愛されない』と思っていたな。」  
「……ええ。でも、今は違います。愛は、完璧であるための証ではなく、支え合うための力なのですね。」  
「君がそう思えるようになってくれて嬉しい。」  
「殿下に出会えなければ、気づけませんでした。」  

ノエルは言葉を紡ぐように彼女の手を取った。  
「王妃としてでなく、クロエ・ラングレーとして、私にひとつ頼みを聞いてもらえるか。」  
「何でしょうか?」  
「しばらく、遠出をしよう。」  
「……遠出?」  
「戦が続き、政務に追われるうちに、民の笑顔を近くで見なくなっていた。  
君と一緒に、この国の隅々を見て回りたい。」  

クロエは一瞬、驚き、それから柔らかく笑った。  
「まるで最初に橋で出会った頃みたいですね。」  
「そう言われると思っていた。」  
ノエルの笑顔に、クロエの胸が熱くなる。  

そして、翌週。王と王妃は少人数の従者を連れて王都の外へ旅に出た。  
道すがら、行く先々で人々が彼らを歓喜の声で迎える。  
子供たちが花を差し出し、老人たちは膝をつく。  
クロエは一人ひとりに手を取り、目を合わせて微笑んだ。  
「どうか、皆さまが笑顔で日々を過ごせますように。」  
その声には不思議な力があった。  
王妃の祈りは、確かに人の心を動かす。  

夜。馬車を降り、湖のほとりに焚き火を囲む。  
灯る炎に照らされたクロエの横顔を見て、ノエルは静かに口を開いた。  
「いつか、君とこうして夜を過ごしたいと思っていた。」  
「王都ではそんな余裕ありませんでしたね。」  
「君と二人きりでいられることが、こんなにも贅沢だとは。」  

クロエは火を見つめながら微笑む。  
「……陛下。この平和がずっと続くといいですね。」  
「続けよう。どんな嵐が来ても。」  
「約束、ですよ。」  
「約束だ。」  
二人は視線を交わし、静かに手を重ねた。  

炎がゆらぎ、星々が湖面にきらめく。  
その景色の中、ノエルは過去を思い出す。  
婚約破棄を告げられた令嬢が、努力と涙の果てに自分の前に立ってくれたこと。  
孤独な王子であった自分を、人として愛してくれたこと。  
そして今、傍にいるこの女性が、国を照らす光になったこと。  

「クロエ。」  
「はい。」  
「ありがとう。私を変えてくれて。」  
「変わったのは私もです。貴方に出会ってから、もう一度生きる意味を見つけました。」  

ノエルは彼女の頬を包み、そのままそっと唇を重ねた。  
柔らかな風が二人の間を通り抜け、夜空の星々が瞬く。  
長い年月を越えても、この一瞬は決して色あせない。  

唇が離れた後、クロエは小さく笑った。  
「殿下……あの日の橋の上で、貴方に出会えたこと。それが私の運命でした。」  
「運命は、変えられるものじゃない。けれど、君となら——超えられる。」  

彼女の瞳が涙で光り、ノエルも笑みを返す。  
「君の努力も、愛も、すべてがこの国の未来を創った。  
君がいる限り、この国はもう二度と迷わない。」  
クロエは首を振り、彼の胸に顔をうずめる。  
「迷ったら、また導いてください。その手で。」  
「そのために、この手はある。」  

夜が更け、月が高く昇るころ、湖面には二人の姿が寄り添う影となって映し出されていた。  
王と王妃ではなく、ただの男と女として、確かな約束を胸に抱いて。  

やがて時は流れ、彼らの物語は語り継がれる。  
王ノエルと王妃クロエ――民は二人を「光と誇りの王」と呼んだ。  
愛が国を救い、努力が未来を作る。  
それはこの世界が変わっても失われない“真実の証”だった。  

クロエは後年、この夜の星を思い出しながら言葉を残している。  
「努力は、愛されるためではなく、誰かを愛するためにあるのです。」  
その言葉は、次の世代へも受け継がれ、国の礎に刻まれた。  

そして今も、王城の塔の上で風が吹くたびに、  
かつてふたりが並んで見上げた夜空が変わらず輝いている。  

彼女は彼の隣で笑う。  
永遠に続く、愛と誇りの光のもとで――。  

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