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第19話 彼の真意を暴く夜会
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季節はすっかり春に変わっていた。
レイベルの大地に花が満ち、湖の表面には新しい緑が映り込んでいる。
それでも王国から届く報せは、穏やかな季節とは裏腹に不穏なものばかりだった。
王妃が主催する“和解の夜会”――その招待状が、公爵邸に届いたのはそんなころだった。
貴族たちの間では、「王国の新しい代表を決める場」と囁かれている。
つまりそれは、実質的な勢力の決定戦。
呼ばれた者は笑顔のまま剣を隠し、踊りながら命運を分ける。
招待状を見て、私は静かに息を飲んだ。
王妃の署名と共に、筆跡の異なる一行が添えられていた。
《ヴァルディール公爵の同伴者としての出席を期待する。王家はその名を認めている》
「……再び舞台に上げられようとしているのですね」
アレンは封書を受け取り、冷静に読み返した。
「王妃陛下は、前回の一件で関係を壊したままでは終わらせるつもりがない。
貴女を使って、再び王国とヴァルディール家の均衡を保とうとしている」
「でも同時に、私たちを監視する意図もある……」
「ええ。表面は“和解”でも、裏では権力争いです」
私は窓に目を向けた。外では子どもたちの笑い声が聞こえる。
平和な日々を失いたくなくて、胸の奥にほんの小さな恐怖が芽生えた。
だが、その花のような笑い声の後押しにより、私は覚悟を定めた。
「行きましょう。
もう逃げる場所などいらない。あの日逃げた城に、自分の足で戻る意味がある気がします」
アレンはしばらく黙り、やがて微笑んだ。
「……その決心を、尊重します」
夜会の日。
王都の大広間には光が満ちていた。
壁沿いのシャンデリアが無数の影を作り、鏡面の床には祭りのような色音が反射していた。
この異様な華やかさの下で、笑いの裏に恐れと策が混ざっていることを、かつてより敏感に感じ取れた。
私とアレンは白と黒の対照の衣装で会場へ入った。
王都の人々はささやき、目を向ける。
「“氷の令嬢”が戻った」
「いや、あれはもう別人だ」
そんな噂が渦を巻く。
会場の中央には、王妃が立っていた。
黄金の衣をまとい、微笑みの裏に鋭さを隠している。
「まぁ、公爵。ようこそ。我々が再びこうして顔を合わせられて嬉しいわ」
「陛下が我らを必要としてくださるなら、断る理由はありません」
アレンが一礼する。
その隣で、私はわずかに膝を折った。
王妃の視線がぴたりと私に重なる。
「随分とお綺麗になったわ、リディア嬢。
あの日“断罪”された女人が、これほどの光を帯びるとは、運命とは皮肉なものね」
「お褒めの言葉として受け取ります、陛下」
「そうね。――それでこそ、王国の民を導く器だわ」
その軽い言葉が、背筋を冷たく締めつけた。
まわりで笑う貴族たちの中に、いくつか知った顔が混じっている。
あの夜、王太子の断罪に加担した伯爵家の娘や、皮肉な賛辞を投げた老貴族たち。
彼らの視線が今、居心地の悪さと嫉妬の両方を含んで私に注がれている。
会場の奥には、王弟ジルベルトの姿もあった。
彼の瞳は静かで、何かを伝えたそうにこちらを見た。
だが、その瞬間、別の気配に気づく。
上階のバルコニー。黒衣の人物が一瞬こちらを見下ろし、姿を消した。
「アレン……!」
小声で呼ぶと、彼もすぐに察して顔を上げた。
「誰かが仕掛けています」
「ええ。ですが今は動かないで。求めているのは、私たちの動揺です」
彼の言葉に、私は小さくうなずいた。
そのとき、王妃が声を高めた。
「今宵は、王国と隣国との新たなる絆を讃える日。
ヴァルディール公爵――そしてその同伴者リディア嬢を、この宴の象徴として迎えようではありませんか!」
拍手が鳴り響いた。
光が私たち二人を照らす。
そして、王妃の視線がまっすぐに私へ向けられる。
「リディア嬢。貴女には、この国の未来を案じる忠義の証を見せてほしいの。
――ここで、改めて“忠誓”を」
会場が一斉にざわめいた。
忠誓。それは王家への従属を誓う儀式。断罪を受けた者が行えば、罪が赦免されると同時に、再び王家の支配下に置かれる。
つまり、この場で膝を折れば、私は再び王妃の庇護に入ることになる。
「どうなさるのかしら?」
王妃は微笑を崩さず尋ねた。
アレンの顔を見る。彼は一言も言わない。ただ私の選択を信じて見つめている。
私は歩を進め、大広間の中心に立った。
視線が突き刺さる。人々の息遣いが感じられるほど近い。
ゆっくりと一礼し、そのまま膝を折る――かに見えた、その瞬間。
私は片膝をわずかに浮かせ、顔を上げた。
「陛下。私は忠誓ではなく、“声明”を捧げに参りました」
王妃の笑みが止まる。
「声明?」
「私は、王家のいかなる支配にも属しません。
ですが、王国の民を愛し、その苦しみを共にする者として、毒をも甘んじて受ける覚悟があります」
「何を……」
「陛下、かつて私を断罪したとき、貴方はおっしゃいましたね。『冷たい正義は国を滅ぼす』と。
――では今、この国を冷たくしたのは誰でしょう?」
沈黙が走った。
人々の視線が王妃に集まる。
彼女の顔から、一瞬血の気が引いた。
「徒な挑発ね。しかし、言葉は力にならぬ」
「それでも言いましょう。
私はこの国の女として、もう一度、自らの誇りを示します」
私は胸元に忍ばせていたペンダントを取り出した。
王家の紋章を模した古い金細工。
だが裏には新しい刻印が刻まれている。
《自由と誇りに誓う》――レイベルとヴァルディールの印。
「これが、私の忠誓の形です。女も貴族も国も、命を束ねるものではなく、守り合うものだと信じています」
再び沈黙。そして、数秒遅れて拍手が起こった。
小さな波紋のように、最初は遠くから、やがて大広間を満たしていく。
王妃は無言で私を見つめ、やがて扇子を閉じた。
「良いでしょう。貴女の言葉、しかと聞き届けました」
その笑みには怒りも恐れもなかった。ただ何かを失った者の、静かな納得のような色があった。
夜会が終わる頃、アレンが私を迎えに来た。
「見事でしたね、リディア」
「震えましたけれど」
「震えていてもいい。貴女はもう、どんな光にも耐えられる」
外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。
夜空に星が瞬く。その光が、湖のように澄んでいる。
私は息を吐き、微笑む。
「もう怖くありません。どんな影が現れても」
「その声を聞いて、ようやく安心しました」
「でも、貴方の顔色の方が悪いですよ」
「心配されるほどでは」
彼が笑った瞬間、どこか離れた場所で光がきらりと瞬いた。
屋根の上に、またひとつ人影が。
嵐の気配は、まだ完全には去っていない。
王妃の沈黙の裏に、まだ知らぬ陰謀が息づいている。
だが私はもう怯えない。
氷の令嬢は終わったのだから。
夜の空を見上げ、私は小さく呟いた。
「次に戦うのは、私自身の心ですね」
アレンの手が、静かに私の指を握った。
その手の温もりが、未来を確かに照らしていた。
続く
レイベルの大地に花が満ち、湖の表面には新しい緑が映り込んでいる。
それでも王国から届く報せは、穏やかな季節とは裏腹に不穏なものばかりだった。
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貴族たちの間では、「王国の新しい代表を決める場」と囁かれている。
つまりそれは、実質的な勢力の決定戦。
呼ばれた者は笑顔のまま剣を隠し、踊りながら命運を分ける。
招待状を見て、私は静かに息を飲んだ。
王妃の署名と共に、筆跡の異なる一行が添えられていた。
《ヴァルディール公爵の同伴者としての出席を期待する。王家はその名を認めている》
「……再び舞台に上げられようとしているのですね」
アレンは封書を受け取り、冷静に読み返した。
「王妃陛下は、前回の一件で関係を壊したままでは終わらせるつもりがない。
貴女を使って、再び王国とヴァルディール家の均衡を保とうとしている」
「でも同時に、私たちを監視する意図もある……」
「ええ。表面は“和解”でも、裏では権力争いです」
私は窓に目を向けた。外では子どもたちの笑い声が聞こえる。
平和な日々を失いたくなくて、胸の奥にほんの小さな恐怖が芽生えた。
だが、その花のような笑い声の後押しにより、私は覚悟を定めた。
「行きましょう。
もう逃げる場所などいらない。あの日逃げた城に、自分の足で戻る意味がある気がします」
アレンはしばらく黙り、やがて微笑んだ。
「……その決心を、尊重します」
夜会の日。
王都の大広間には光が満ちていた。
壁沿いのシャンデリアが無数の影を作り、鏡面の床には祭りのような色音が反射していた。
この異様な華やかさの下で、笑いの裏に恐れと策が混ざっていることを、かつてより敏感に感じ取れた。
私とアレンは白と黒の対照の衣装で会場へ入った。
王都の人々はささやき、目を向ける。
「“氷の令嬢”が戻った」
「いや、あれはもう別人だ」
そんな噂が渦を巻く。
会場の中央には、王妃が立っていた。
黄金の衣をまとい、微笑みの裏に鋭さを隠している。
「まぁ、公爵。ようこそ。我々が再びこうして顔を合わせられて嬉しいわ」
「陛下が我らを必要としてくださるなら、断る理由はありません」
アレンが一礼する。
その隣で、私はわずかに膝を折った。
王妃の視線がぴたりと私に重なる。
「随分とお綺麗になったわ、リディア嬢。
あの日“断罪”された女人が、これほどの光を帯びるとは、運命とは皮肉なものね」
「お褒めの言葉として受け取ります、陛下」
「そうね。――それでこそ、王国の民を導く器だわ」
その軽い言葉が、背筋を冷たく締めつけた。
まわりで笑う貴族たちの中に、いくつか知った顔が混じっている。
あの夜、王太子の断罪に加担した伯爵家の娘や、皮肉な賛辞を投げた老貴族たち。
彼らの視線が今、居心地の悪さと嫉妬の両方を含んで私に注がれている。
会場の奥には、王弟ジルベルトの姿もあった。
彼の瞳は静かで、何かを伝えたそうにこちらを見た。
だが、その瞬間、別の気配に気づく。
上階のバルコニー。黒衣の人物が一瞬こちらを見下ろし、姿を消した。
「アレン……!」
小声で呼ぶと、彼もすぐに察して顔を上げた。
「誰かが仕掛けています」
「ええ。ですが今は動かないで。求めているのは、私たちの動揺です」
彼の言葉に、私は小さくうなずいた。
そのとき、王妃が声を高めた。
「今宵は、王国と隣国との新たなる絆を讃える日。
ヴァルディール公爵――そしてその同伴者リディア嬢を、この宴の象徴として迎えようではありませんか!」
拍手が鳴り響いた。
光が私たち二人を照らす。
そして、王妃の視線がまっすぐに私へ向けられる。
「リディア嬢。貴女には、この国の未来を案じる忠義の証を見せてほしいの。
――ここで、改めて“忠誓”を」
会場が一斉にざわめいた。
忠誓。それは王家への従属を誓う儀式。断罪を受けた者が行えば、罪が赦免されると同時に、再び王家の支配下に置かれる。
つまり、この場で膝を折れば、私は再び王妃の庇護に入ることになる。
「どうなさるのかしら?」
王妃は微笑を崩さず尋ねた。
アレンの顔を見る。彼は一言も言わない。ただ私の選択を信じて見つめている。
私は歩を進め、大広間の中心に立った。
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ゆっくりと一礼し、そのまま膝を折る――かに見えた、その瞬間。
私は片膝をわずかに浮かせ、顔を上げた。
「陛下。私は忠誓ではなく、“声明”を捧げに参りました」
王妃の笑みが止まる。
「声明?」
「私は、王家のいかなる支配にも属しません。
ですが、王国の民を愛し、その苦しみを共にする者として、毒をも甘んじて受ける覚悟があります」
「何を……」
「陛下、かつて私を断罪したとき、貴方はおっしゃいましたね。『冷たい正義は国を滅ぼす』と。
――では今、この国を冷たくしたのは誰でしょう?」
沈黙が走った。
人々の視線が王妃に集まる。
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「それでも言いましょう。
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夜空に星が瞬く。その光が、湖のように澄んでいる。
私は息を吐き、微笑む。
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「でも、貴方の顔色の方が悪いですよ」
「心配されるほどでは」
彼が笑った瞬間、どこか離れた場所で光がきらりと瞬いた。
屋根の上に、またひとつ人影が。
嵐の気配は、まだ完全には去っていない。
王妃の沈黙の裏に、まだ知らぬ陰謀が息づいている。
だが私はもう怯えない。
氷の令嬢は終わったのだから。
夜の空を見上げ、私は小さく呟いた。
「次に戦うのは、私自身の心ですね」
アレンの手が、静かに私の指を握った。
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