氷の令嬢は断罪を笑う 〜婚約破棄した元婚約者が泣いて縋ってももう遅い、私は本物の愛を知ったから〜

sika

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第21話 断罪の舞踏会

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王城の大広間は、かつて見たどの夜会よりも異様だった。  
その装飾は豪奢で、音楽も優雅に流れているのに、華やかさはどこか薄氷の上の宴のよう。  
一歩踏み違えれば、光の床が砕け落ち、全員が奈落に沈む――そんな危うさが漂っていた。  

「これが……王妃が自ら主催する最期の夜会、ですか」  
私は震える声で言った。  
アレンの隣で、私は白銀のドレスに身を包んでいる。氷の令嬢と呼ばれた頃の象徴のような色だったが、それは自嘲ではなく、今の私を示す証のように思えた。  
氷は溶けても、水はどこかに流れて残る。私の中の誇りも、痛みも、もう消えはしない。  

「陛下は退位を公表するつもりはないようです」  
アレンの低い声に、私は小さく頷く。  
「あの夜会は、玉座を守るための最後の舞台……そう言っておられましたね」  
「ええ。だが今夜、誰がその舞台の“主役”となるかは分からない」  

王都の貴族達は、表向きは王妃の呼びかけに従い、微笑を貼り付けていた。  
だがその目に宿る光は、忠誠ではなく恐れと打算。  
あの夜私を断罪した者たちが、今は誰を笑えば生き残れるのか測っている。  

王妃が壇上に現れた。  
金のドレスが光を反射し、その姿はまるで暁の太陽のようだった。  
けれど私は見逃さなかった。  
その肩に陰りがあること。  
彼女の歩みは堂々としていながら、確かに迷いを含んでいた。  

「貴族の皆々方、本日は集まってくださり感謝申し上げます。  
王家と民とが正しく在るため、この場にて国の理を正しましょう」  
優雅な声が響いた瞬間、会場は総立ちとなった。  
それは拍手ではなく、“命令に応じる合図”だった。  

「始めましょうか、断罪の舞踏会を」  
王妃の言葉が冷たく落ちた。  

音楽が止まる。  
代わりに重臣が一人進み出て、白い羊皮紙を掲げた。  
「王弟ジルベルト殿下より通達。――リディア・エリンおよびヴァルディール公爵アレン・ヴァルディール、王国反逆の罪により正式に断罪の審問の対象とする」  

ざわめきが広がった。  
客人たちの間に恐怖と興奮が混じる。私は一歩だけ前へ出た。  
「再び……私を裁こうというのですね」  
「いいえ」  
王妃は微笑した。  
「これは“国民の前で正義を証明する儀式”です。貴女が真に潔白であるなら、ここでその言葉を示しなさい」  

アレンが私の隣に立つ。  
「王妃陛下。この場は貴女が設けた見世物です。我々を裁くふりをして、その実、権力を奪われた民に“恐怖”を見せるだけでしょう」  
「口を慎みなさい、公爵。貴方ほどの男が、王家に背くなど見損ないましたわ」  
「では聞かせてください。あなたが王太子を追い詰め、この国を混乱に陥れた理由を」  
王妃の扇子が止まる。広間が静寂に包まれた。  

「……すべて、国のため」  
彼女の声は震えなかったが、わずかに低く沈んでいた。  
「貴方たちが知らぬと思って? 民の一部は王都に反乱を企てている。  
私は王が無能で、王太子が騒乱を呼ぶと知っていた。だからこそ、手を打ったのよ。  
国が乱れるより先に、毒を切り捨てる。それが王の務めでしょう!」  

会場がどよめく。  
「ならば、断罪された者たちの命はどうなるのです!?」  
思わず叫んでいた。  
「その毒の中に罪なき者がどれほどいたか、貴方は数えましたか!」  
「犠牲は必要なの」  
「いいえ!」  
私の声が重なった瞬間、会場の灯がざわついたように揺れた。  
「犠牲を語る者は、必ず自分を正義だと思い込む。でも、他人を踏み台にした正義は最初から腐っているのです!」  

沈黙の後、王妃が何かを言い返そうと口を開く。  
だが、その前に別の声が響いた。  
「……それが答えなら、貴女はすでに王ではない」  
声の主はジルベルト王子だった。  
列席者がざわつき、王妃の瞳が鋭く揺れる。  

「王弟殿下……今さら私を諌めに?」  
「いいえ、真実を告げにまいりました。王妃陛下、貴女の指示で隣国へ密輸された武器と金、すべての記録がここにあります」  
ジルベルトが持ち出した封筒には、王妃の署名が刻まれていた。  
「それはでたらめよ!」  
「違います。王家直属の商会“ナイアス公社”の記録です。  
彼らは陛下の命で、民の税を横流ししていた。――“王国は不滅”というその言葉のために」  

王妃の表情が崩れる。  
「これは……国家のための策略ッ!」  
「違います。貴女個人の保身です!」  
アレンが声を上げた瞬間、衛兵が王妃の指示で動いた。  
剣が抜かれ、私たちを囲む。  

だが同時に、扉の奥から別の兵が駆け込んできた。  
「陛下! 外で民衆が暴動を!」  
「なにですって!?」  
場内が混乱に包まれる。  
アレンが私の手を取る。  
「今です、リディア!」  
私たちは壇上へ駆け上がり、会場全体を見渡した。  
「王妃陛下、これが“真実”です!」  
王城の窓を突き破るように、外の光が一気に射し込む。  
開いた扉の向こうには、王都の民が集まっていた。  
「もう、あなたの言葉には従わない!」  
「罪なき者たちを返せ!」  
叫びが響いた。  

王妃は蒼白な顔をして、玉座にすがる。  
その手に光る宝石が、まるで過去の栄華そのもののように沈んで見えた。  
「どうして……私が守ってきたのに」  
彼女の声は、もはや王のそれではなく、一人の女のものだった。  
アレンが静かに剣を腰に戻す。  
「国は人が作り、人が守る。王であろうと従者であろうと、罪を繰り返せば終わる」  

私は彼の言葉を引き継ぐように言った。  
「陛下。かつて私は貴方に断罪されました。けれど今日、それを返します。  
――私が氷の令嬢だったのは、貴方が王として冷たくあったからです。  
もう誰も、その冷たさで傷つくことは許されません」  

王妃の瞳から、大粒の涙がこぼれた。  
偽りか、真実か、それを見分けることはできなかった。  
けれど彼女は、震える唇でかすかに告げた。  
「……終わりにしましょう。すべて、氷が砕けたのね」  

その言葉とともに、玉座にかけられていた王家の旗がゆっくりと落ちた。  
その瞬間、長く続いた舞踏の調べが静かに止む。  
音のない広間で、私はアレンと視線を交わす。  

「終わりましたね」  
「ええ。しかしこれは、始まりでもある」  
「また、歩き出せるでしょうか」  
「貴女なら大丈夫。今度は、王でもなく民でもなく、貴女自身のために」  

王妃の涙――あれが偽りであれ真実であれ。  
それでも私は、確かに見たのだ。  
権力という仮面の下にあった、人間の弱さを。  

外では光が射し、民の歓声が遠くに響いていた。  
アレンが私の手を握る。  
「リディア、誓わせてください。貴女の名の下に、もう誰も不当な断罪を受けぬ国を作ると」  
「……信じています。貴方の誓いも、この国も」  

その瞬間、窓の外で白い鳥が一羽飛び立った。  
氷のように冷たかった空は青く澄み、春の風が新しい息吹を運んでいた。  

断罪の舞踏会は終わった。  
けれど、この国の物語はまだ続いていく――。  

続く
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