氷の令嬢は断罪を笑う 〜婚約破棄した元婚約者が泣いて縋ってももう遅い、私は本物の愛を知ったから〜

sika

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第22話 王太子の崩壊

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王妃の退位と同時に、王国は一夜にして混乱へと沈んだ。  
王座を守る者を失った城は、かつての威光を失い、ただの石の館と化している。  
騎士たちは次々と指名のない命令を恐れ、貴族たちは安全な隣国への亡命を計画していた。  

そして、誰もが忘れていた――いや、忘れたがっていた男が、静かに再び王都に姿を現した。  
金髪は乱れ、眼の光は荒れている。  
王太子アーヴィン。かつてこの国の未来と称えられた男は、いまや亡霊のような顔で門を越えた。  

「殿下、どちらへお向かいです?」  
侍従が恐る恐る声を掛けたが、返事はなかった。  
彼は泥のついた靴のまま城へと歩を進め、倒れかけた門番の前に止まる。  
「王妃はどこだ」  
「……すでに玉座を退かれております。現在は幽閉の身です」  
アーヴィンは鼻で笑った。  
「母上の終幕がこんな形とは。皮肉なものだ。私が放り出した王座が、こうして戻るとはな」  

城内は静まり返っていた。  
一歩進むごとに、紅い絨毯が足音を吸い込み、重い空気が背を押す。  
そして、広間の扉の前に、彼は立ち尽くす。  
扉の奥には、玉座から降ろされた王冠、それを覆う白の布が見える。  
彼はふらりとそれへ近寄り、震える手で布を取った。  
「……これが、俺の代償か」  

背後の扉が静かに開いた。その向こうから現れたのは――アレン・ヴァルディール。  
金ではなく銀の光を纏ったような姿が、血の気を失った広間に凜として立っていた。  
「殿下。お帰りなさい」  
「皮肉な言葉だな、アレン」  
アーヴィンは王冠を握りつぶすように掴み、低く笑った。  
「貴様らの正義が、母上を倒した。だが、この国の中心は俺だ。お前の冷たい理屈などで動く国ではない」  
「それでも、貴方が作った国ではなかった。誰よりも民を遠ざけ、力ばかりを求めた結果が今です」  
「口を慎め! 私はこの国で、最も正しき者だと……そう信じていたのだ!!」  

彼の叫びが城の壁を震わせた。  
だが同時に、その声には疲労と焦燥、そして弱さが滲んでいた。  

「リディアを……奴を連れてこい」  
その名を口にした瞬間、アレンの瞳が鋭く動く。  
「貴方が彼女を呼ぶ資格は無い」  
「資格? 彼女は私の婚約者だった! 私を見捨てたのは彼女だ!」  
「違う。見捨てたのは貴方の方だ。彼女は誇りを失わなかっただけです」  

沈黙のあと、アーヴィンは力なく笑った。  
「そうか……誇り、か。あの夜から、俺はずっとそれを持てなかった」  
ふと、彼の手が震え、王冠を落とす。  
「母上があんなにも正義を信じていたのに、俺は何ひとつ守れなかった。  
気づけば、取るべき唯一の道が“破壊”しか残っていなかったのだ……」  

アレンは一歩前に進む。  
「手遅れではありません。貴方が自分で選び直すことはできる」  
「出来ない。俺は多くを殺めた。許されようとも思わぬ。だから――」  
アーヴィンがゆっくりと剣に手を伸ばした。  
「貴様が俺を斬って終わらせろ」  
「……贖罪は、死では果たせません」  
「ならば、どうすればいい! 俺に残されたものなど、もはや何もない!」  

扉の奥から小さな声がした。  
「あります。貴方にしか出来ないことが」  
その場に現れたのは、白い衣を纏ったリディアだった。  
彼女はまっすぐに歩き、アレンの隣に立つ。  
「リディア……!」  
「殿下。私は、貴方を完全に憎んだことはありません」  
「嘘だ! 俺を地に落としたくせに!」  
「いいえ、私は貴方を自らの手で裁いたとは思っていません。  
私はただ……あの夜、私を見ようとしなかった人を終わりにしただけ。貴方は、あの夜の王太子ではないのでしょう?」  

アーヴィンの目がゆっくりと曇り、涙がこぼれた。  
「リディア、お前は……」  
「もういいのです。私に償う必要も、死ぬ必要もありません」  
「……本当に、それでいいのか?」  
「ええ。誰かが終わりを告げないと、国も人も前を向けないから」  

アレンが彼女の肩に手を置いた。  
アーヴィンは剣を落とし、膝をついた。  
「俺は……何を守りたかったのだろう」  
涙が石畳に落ち、静かな音を立てた。  

王弟ジルベルトが背後の扉から入ってきた。  
「兄上、どうかこのまま罪を背負い、生きてください。国は私が治めます。しかし、貴方には償いの時間が必要だ」  
アーヴィンはうなだれたまま、小さく頷いた。  
「……あぁ、そうだな。ようやく分かった。王になる資格とは、民の痛みを知ることだったのだな」  

リディアはそっと膝を折り、その手を取った。  
「この世界で、悲しみを背負う者は貴方だけではありません。だから、少しずつでいい。生きてください」  

彼はその言葉に答えるように、弱く笑った。  
「お前は……本当に強くなったな。氷ではなく、陽の光だ。  
俺が壊そうとしたものを、守ってくれ」  

「もう一度、生きて償います」と彼は静かに告げた。  
そして、ゆっくりと立ち上がった王太子の背に、屋根の上から光が差し込んだ。  
広間の窓から吹き込む風が布を揺らし、王冠の残骸を包んで遠くへ運び去る。  

アーヴィンはその光を見上げたまま、立ち去っていった。  
玉座は空のまま。だが、そこにかつての偽りの輝きはもうなかった。  

リディアは深く息を吐き、微笑んだ。  
「ようやく、終わりましたね」  
「ええ」アレンが優しく頷く。  
「これからは、誰も罪に怯えずに笑える国を作りましょう」  

外に出ると、春の雨がやわらかく降り始めていた。  
その雨は、まるですべてを洗い流すように静かだった。  
リディアは空を見上げた。  
「氷が溶けました……」  
「ようやく春が来ましたね」  
アレンがそう言って微笑み、彼女の肩に毛布をかける。  
「貴方と共にあると、どんな季節も恐ろしくない」  
「では、この雨も祝福だと思いましょう」  

二人の足元に光が滲む。  
雨の雫が跳ねて、石畳の上で虹を描いた。  
それは、長い冬の終わりを告げる小さな約束のようだった。  

続く
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