氷の令嬢は断罪を笑う 〜婚約破棄した元婚約者が泣いて縋ってももう遅い、私は本物の愛を知ったから〜

sika

文字の大きさ
28 / 30

第28話 二度目の断罪

しおりを挟む
王国再建の祝祭が終わって数日、空を覆っていた冬雲のような重さが、ふたたびゆっくりと王都に降りてきた。  
表面では穏やかに見える国の中で、それでもなお息を潜める影が動き続けている。  
権力と欲望、そしてかつての支配を取り戻そうとする者たち。その低い声が、宮廷の奥で静かに囁かれていた。  

一通の密書がアレンのもとに届いたのは、夜半だった。  
封蝋には、崩れかけた王家の印章。  
手紙の内容を読んだ瞬間、彼の瞳が鋭く光る。  
「……“断罪の再審”だと?」  

リディアは横たわる長衣を整えながら、彼の背中を見つめた。  
王国の新しい政に不満を持つ旧貴族派が、密かに評議院の一部を動かし、  
“リディア=グランベルの断罪を取り消す正式な裁定を行う”と騒ぎ始めたという。  
一見それは赦しのように見えたが、その裏にはもう一つの意図が隠されている。  

再審の場で、過去の「婚約破棄事件」を再び暴露し、彼女を政治的に利用するつもりなのだ。  
覇権を失った派閥は、彼女の名を使って民心を揺らがせ、現政権の信用を削ごうとしている――。  

「彼らは学ばないのですね」リディアは苦笑を漏らした。  
「氷は、もう融けてしまったのに。何度砕いても、それで沈むのは自分たちなのに」  
「それでも、民衆の耳に響く言葉には力がある。虚偽であっても一度拡がれば、正義に聞こえてしまう」  
アレンが深く息をついた。  
「行きましょう」  
「……君は怖くないのか? また“断罪”という名の檻に戻ることを」  
「怖いです。でも、逃げたらきっと寒さが戻る。だから、今度は自分の手で終わらせます」  

翌日、評議院の大理石の階段を登るリディアの背中は、かつて王都を追われた令嬢とは違って見えた。  
広間に響く靴音は高く、揺るぎがない。  
壁沿いには廷臣や貴族たちが並び、その目には懐かしい嘲りと、不安が混ざり合っている。  
王弟ジルベルトが議長席に立ち、杖を鳴らした。  

「これより、“リディア=グランベル事件”の再審を行う」  
ざわめきが静まる。  
中央に進み出たリディアが一礼すると、その動作だけで場が凍ったように沈黙に包まれた。  

「……私は、この場に来ることをためらいませんでした。なぜなら、私は過去を憎んでいないからです」  
声は澄みきっていた。どんな剣よりも重く、まっすぐ響く。  
「断罪は、私を壊さず、形を変えて生かしてくれた。  
もしあの日がなければ、私は人々の涙を理解することもなく、ただ“正しい令嬢”として凍りついていたでしょう」  

臣下の一部がささやく。  
「感傷を述べに来たのか……」と。  
リディアは、その囁きを正面から見据えた。  
「もし罪を問いたいのなら、どうぞお聞きください。  
私が王国に背いたか? 民を騙したか? あるいは、愛を誤ったから罪だと言うのですか?」  
少しの間をおいて、最後の言葉を放つ。  
「ならば――もう一度、同じ愛を選びます。何度でも」  

会場に沈黙が落ちた。  
誰もが唇を閉ざす。狂気と理性の境界を突き抜けたその言葉は、同時に完璧な宣言だった。  
ジルベルトが深く頷く。  
「この国には、罪を語るよりも先に、誇りを学ぶ者が多くいるべきだ」  

議長台の隣にいた一人の元貴族が立ち上がった。  
「だが王太子殿下に対し、彼女は冷酷だった! あの婚約破棄は、王家の信用を著しく損なった!」  
アレンが一歩前に出た。  
「王太子は今、自らの足で贖罪を果たしている。彼女を悪女と呼ぶ者こそ、この国の進歩を拒む裏切り者だ」  

その言葉に、場が軋んだ。  
元貴族たちは顔を見合わせ、声を失う。  
ジルベルトが杖を鳴らし、最終宣告を下した。  
「評議会の決定をもって告げる。旧婚約破棄に関する全ての罪状を無効とし、王国に対する彼女の献身を正式に記録する」  
拍手が沸き起こる。まばらな音がやがて一つの波となり、広間を包んだ。  

リディアはゆっくりと深く頭を下げた。  
その瞬間、頬を一筋の涙が伝った。  
「ようやく、本当に終わりましたね」  
「ええ。誰のためでもなく、貴女自身のために終わらせた」  
アレンが彼女の側に立ち、静かに呟く。  

再審の閉廷後、二人は議事堂の外階段に並んで座った。  
夕暮れが王都を金色に染め、鳶色の空がゆっくりと夜の色に溶けていく。  
遠くの塔では、鐘が一度鳴った。  

「……泣いていますね」アレンが微笑む。  
「泣きたいときに泣くのは罪でしょうか」  
「いいえ。あなたほど泣く資格を持つ者はいません」  
リディアは小さく笑い、空を仰いだ。  
「私は氷の令嬢として裁かれた。そして今日、同じ場で赦された。  
でも本当に欲しかったのは“赦し”ではなく、“自分を認める力”だったのかもしれません」  
「それを得たから、もう誰も貴女を裁けない」  

アレンが手を差し出す。  
リディアはその指を取った。  
冷たくも、温かかった。  
何も言わず手を握っただけで、全てが伝わった。  

夕闇の中、二人の影が長く重なる。  
王都の街に灯がともり、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえた。  
あの夜の戦いも、怒りも、失望も、傷のように刻まれながら、それでも光に変わっていく。  

「アレン」  
「なんですか」  
「私が氷だった頃に、貴方は光を注いでくれました。  
だから、これからは貴方が闇に沈みそうなとき、私が光になります」  
その言葉に、アレンは静かに目を伏せた。  
「それは、もう誓いになってしまいましたね」  

風が吹き抜け、花の香りが運ばれた。  
辺りに春とは違う柔らかな温度が降りる。  
リディアはその香を胸いっぱいに吸い込み、微笑した。  
「今度こそ、氷は永遠に溶けました」  

アレンが頷き、少し口元に笑みを浮かべる。  
「溶けた氷の跡に何が残ったと思いますか?」  
「……絆です」  
「その通り。  
だからこそ忘れないでほしい。断罪も、赦しも、貴女の選んだ道も、すべては絆を繋ぐ糸のひとつだったということを」  

夜の鐘が再び鳴り、低く長い音が街を包む。  
その音は、過去を閉じる鐘であり、未来を開く始まりでもあった。  

遠くから見守っていた民が静かに言葉を交わす。  
「もう王の裁きはいらない。彼女が“人の道”を示した」  
「氷の令嬢は、春に還ったんだな」  

リディアはその声を聞きながら、涙を拭い、まっすぐ前を向いた。  
空の彼方で、一番星が初めての光を放っていた。  

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~

sika
恋愛
社交界で名高い公爵令嬢・アイリスは、婚約者である王太子に冤罪をでっち上げられ、婚約破棄と同時にすべてを失った。 誰も信じられず国外に逃れた彼女は、名を偽り辺境の地で静かに生きるはずだった――が、そこで出会った青年将軍が、彼女に異常なまでの執着と愛を向け始める。 やがて明らかになる陰謀の真相、そして王都から彼女を探す“元婚約者”の焦燥。 過去を乗り越え、愛を選ぶ彼女の物語は、痛快な逆転劇と甘く濃密な溺愛とともに幕を開ける。

枯渇聖女は婚約破棄され結婚絶対無理ランキング1位の辺境伯に言い寄られる

はなまる
恋愛
 らすじ  フレイシアは10歳の頃母と一緒に魔物に遭遇。その時母はかなりの傷を負い亡くなりショックで喋れなくなtったがその時月の精霊の加護を受けて微力ながらも魔法が使えるようになった。  このニルス国では魔力を持っている人間はほとんどいなくて魔物討伐でけがを負った第二王子のジェリク殿下の怪我をほんの少し治せた事からジェリク殿下から聖女として王都に来るように誘われる。  フレイシアは戸惑いながらも淡い恋心を抱きジェリク殿下の申し出を受ける。  そして王都の聖教会で聖女として働くことになりジェリク殿下からも頼られ婚約者にもなってこの6年フレイシアはジェリク殿下の期待に応えようと必死だった。  だが、最近になってジェリクは治癒魔法が使えるカトリーナ公爵令嬢に気持ちを移してしまう。  その前からジェリク殿下の態度に不信感を抱いていたフレイシアは魔力をだんだん失くしていて、ついにジェリクから枯渇聖女と言われ婚約を破棄されおまけに群れ衣を着せられて王都から辺境に追放される事になった。  追放が決まり牢に入れられている間に月の精霊が現れフレイシアの魔力は回復し、翌日、辺境に向かう騎士3名と一緒に荷馬車に乗ってその途中で魔物に遭遇。フレイシアは想像を超える魔力を発揮する。  そんな力を持って辺境に‥    明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。少し間が開いてしまいましたがよろしくです。  まったくの空想の異世界のお話。誤字脱字などご不快な点は平にご容赦お願いします。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。他のサイトにも投稿しています。

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

婚約破棄された悪役令嬢ですが、私の”役目”に気づいたのは冷酷公爵だけでした

ria_alphapolis
恋愛
悪役令嬢と呼ばれ、 王太子から公衆の面前で婚約破棄された令嬢―― 彼女は、何も語らぬまま王都を去った。 誰も知らない。 彼女が国を守るため、 あえて嫌われ役を演じ続けていたことを。 すべてを失ったはずの彼女の前に現れたのは、 冷酷無比と噂される公爵。 彼だけが、彼女の行動に違和感を覚え、 やがて“役目”の真実にたどり着く。 これは、 国のために悪役を演じた令嬢が、 役目を終え、 一人の女性として愛されるまでの物語。

追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~

水上
恋愛
【全11話完結】 「君は泥臭くて可愛くない」と婚約破棄されたセレナ。 そんな王太子に見切りをつけ、彼女は辺境へ。 そこで待っていたのは、強面だけど実は過保護な辺境伯だった。 セレナは持ち前の知識と技術で不毛の大地を大改革。 荒野は豊作、領民は大歓喜。 一方、彼女を追放した王都は、特産品のワインが作れなくなったり、土壌が腐って悪臭を放ったり、他国との同盟に亀裂が入り始めたりと大惨事に。 戻ってきてと縋られても、もう手遅れですよ?

老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ
恋愛
ノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。さらに、まだ少しも磨かれていないサファイアの原石を彷彿とさせる、深い美しさを秘めていた。 婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家。それも長男である。さらに加えて、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。 そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。 新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。 しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。 全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。 信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。 ******** 展開遅めですが、最後までお付き合いいただければ、びっくりしてもらえるはず!

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

処理中です...