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第12話 公爵令嬢の逆襲
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噂の嵐から数日。
王城での会見が王自らの言葉で締めくくられたことで、一時的に私への中傷は沈静化していた。
だが、静けさとは嵐の前触れにほかならない。
王が明言した「リリアナの擁護」は一見私を守る発言のようで、同時に私という一人の女が“王の恩寵を受けた特別な存在”にされてしまったことを意味していた。
それはすなわち、権力者たちの嫉妬と牽制を新たに買う、ということでもある。
アルヴェンはそのことを分かっていた。
だからこそ、あの日の会見の後、彼は私を呼び出して言ったのだ。
「君が敵を作らないようにするのは、もう無理だ」
「知ってます。この手で道を切り開くと決めた時点で、敵を恐れる資格なんて捨てました」
「ならば、戦う覚悟が必要だ」
「覚悟なら、とうに出来上がってるわ」
「……ああ。そうだったな」
その目には、確信にも似た光があった。
◆
そんなある夜。
宰相府の執務室に呼び出された私は、机の上に広げられた一枚の報告書を見つめていた。
“ヴェルディア国内の主要商会のうち三分の一がルクレイス側と取引契約を締結。
その裏にクロエ・ベルネストが関与している可能性あり。”
名前を見た瞬間、血の気が引くのを感じた。
クロエ……。
あの女は、公の場であの清楚な仮面をかぶりながら、裏では経済面からこの国に手を伸ばしてきている。
まるで、王政の確立を揺さぶるために用意された毒の花。
「彼女は商会との縁が深い。王太子妃となってから、王室寄付団体を通じて資金を動かしている。そこにルクレイスからの商人が紛れ込めば、あっという間に双方の結節点となる。……構造ができれば、王の統治を揺るがせる」
アルヴェンが報告書を閉じ、目を細めた。
「つまり、国を挟んだ“密約網”が出来上がりつつあるわけですね」
「その通り。しかも彼らの狙いは金だけじゃない。名目上は慈善活動だが、実際は貴族層の信頼を奪う行為だ。民の声を操るには、金よりも“美談”が効く」
「美談を装った支配……クロエらしいやり方です」
私は深く息を吐いた。
思い出す。
あの柔らかな笑みと、優しさを装った冷たい声。
「殿下を癒します」と言い放ったあの瞬間――彼女はすでに私を見下していた。
だが、その見下ろす視線の奥に、私を脅威と見なす怯えがあったことを、私は今なら分かる。
「リリアナ、彼女をどう見る?」
アルヴェンの問いに、私はまっすぐ顔を上げた。
「敵とは思いません。ただし“阻む者”です」
「違いをどう定義する?」
「敵は排除すれば終わります。でも阻む者は、押し返してもまた立ち上がる。だから、勝つべきではなく、超えるべきです」
「……なるほど」
彼が軽く笑う。その眼差しには珍しく柔らかい色が宿っていた。
「君の“冷たい炎”は、誰も真似できない」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ほんの一瞬、ふたりの間に漂った笑みが、夜の空気を変えた。
◆
翌日、宰相府では例外的な会議が開催された。
議題は、「民衆への新政策発表に伴う王室認可の件」。
内容だけ見れば平穏な手続きにすぎない。
だが、実際にはこの場で“誰が発表を行うか”が争点だった。
「従来の発表は宰相閣下が行うべきだ」
「しかし今回は地方再編の恩恵を謳う改革です。実務を行った宰相補佐が表に立った方が民は納得します」
議員たちの議論が交錯する中、ひとりの貴族が鼻で笑いながら私を見た。
「だが、問題の顧問が女性である、しかも元婚約破棄の令嬢、ときてはどうだ? 国民の信頼が……」
「信頼は結果で得るものです」
私は即座に切り返した。
「私の過去は変えられません。でも未来をどう動かすかは、私次第です」
ざわ、という音が広間を走る。
その瞬間、宰相レオニードがゆっくりと立ち上がった。
「ここまでだ。リリアナ・フォン・エルディンの発言、すべて記録に残せ」
その一言で議場が静まる。
「発表は彼女が行う。文句がある者は、彼女以上の実績を示せ」
反論する声はなかった。
人々は凍るような沈黙の中、彼女――つまり私を見た。
昨日まで噂で嘲笑していた彼らの目が、今は恐れさえ帯びている。
私は立ち上がり、深く一礼した。
「この場にいるすべての方の善意を信じます。
願わくば――この国が、見栄ではなく理で繁栄するように」
たったそれだけの言葉でも、その瞬間の空気が変わったのを感じた。
胸を張る感覚。
“私はもう、彼らに見下される令嬢ではない。”
◆
その日の夜。
帰路に立つと、黒衣の影がまた現れた。
薄暗い街灯の下、壁際に寄り掛かるようにひとりの男がいる。
顔にかかる布の下で、淡く笑う口元が見えた。
「見事だな、公爵令嬢」
「……貴方は誰?」
「見くびらないでくれ。ずっと傍で見ていた。お前の炎を」
「まさか、ルクレイスの密偵?」
男は笑いを深くした。
「密偵、とも呼べるだろう。だが、俺の主はアレクシスではない。……お前が知らぬ影の陣営だ」
「言葉遊びはやめて。目的を訊いているの」
「その強さが好きだ、リリアナ。……お前を手に入れる日を楽しみにしている」
次の瞬間、微かな風音と共にその姿は闇に溶けた。
残されたのは、わずかな香のような残気だけ。
胸の奥に、冷たい振動が広がる。
私はそっと唇を噛みしめた。
誰が敵で、誰が味方か。
それすら曖昧なこの国で、私の存在そのものが揺らぎ始めている。
だが、恐れはなかった。
向けられる矢が多いほど、私は正しい場所に立っている。
そして何より――隣にはアルヴェンがいる。
理で結ばれたこの関係が、いつしかもっと深い絆に変わろうとしていることを、まだ私は認めたくなかった。
月明かりの中、私は静かに誓った。
“次に笑うのは、私だ。”
続く
王城での会見が王自らの言葉で締めくくられたことで、一時的に私への中傷は沈静化していた。
だが、静けさとは嵐の前触れにほかならない。
王が明言した「リリアナの擁護」は一見私を守る発言のようで、同時に私という一人の女が“王の恩寵を受けた特別な存在”にされてしまったことを意味していた。
それはすなわち、権力者たちの嫉妬と牽制を新たに買う、ということでもある。
アルヴェンはそのことを分かっていた。
だからこそ、あの日の会見の後、彼は私を呼び出して言ったのだ。
「君が敵を作らないようにするのは、もう無理だ」
「知ってます。この手で道を切り開くと決めた時点で、敵を恐れる資格なんて捨てました」
「ならば、戦う覚悟が必要だ」
「覚悟なら、とうに出来上がってるわ」
「……ああ。そうだったな」
その目には、確信にも似た光があった。
◆
そんなある夜。
宰相府の執務室に呼び出された私は、机の上に広げられた一枚の報告書を見つめていた。
“ヴェルディア国内の主要商会のうち三分の一がルクレイス側と取引契約を締結。
その裏にクロエ・ベルネストが関与している可能性あり。”
名前を見た瞬間、血の気が引くのを感じた。
クロエ……。
あの女は、公の場であの清楚な仮面をかぶりながら、裏では経済面からこの国に手を伸ばしてきている。
まるで、王政の確立を揺さぶるために用意された毒の花。
「彼女は商会との縁が深い。王太子妃となってから、王室寄付団体を通じて資金を動かしている。そこにルクレイスからの商人が紛れ込めば、あっという間に双方の結節点となる。……構造ができれば、王の統治を揺るがせる」
アルヴェンが報告書を閉じ、目を細めた。
「つまり、国を挟んだ“密約網”が出来上がりつつあるわけですね」
「その通り。しかも彼らの狙いは金だけじゃない。名目上は慈善活動だが、実際は貴族層の信頼を奪う行為だ。民の声を操るには、金よりも“美談”が効く」
「美談を装った支配……クロエらしいやり方です」
私は深く息を吐いた。
思い出す。
あの柔らかな笑みと、優しさを装った冷たい声。
「殿下を癒します」と言い放ったあの瞬間――彼女はすでに私を見下していた。
だが、その見下ろす視線の奥に、私を脅威と見なす怯えがあったことを、私は今なら分かる。
「リリアナ、彼女をどう見る?」
アルヴェンの問いに、私はまっすぐ顔を上げた。
「敵とは思いません。ただし“阻む者”です」
「違いをどう定義する?」
「敵は排除すれば終わります。でも阻む者は、押し返してもまた立ち上がる。だから、勝つべきではなく、超えるべきです」
「……なるほど」
彼が軽く笑う。その眼差しには珍しく柔らかい色が宿っていた。
「君の“冷たい炎”は、誰も真似できない」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ほんの一瞬、ふたりの間に漂った笑みが、夜の空気を変えた。
◆
翌日、宰相府では例外的な会議が開催された。
議題は、「民衆への新政策発表に伴う王室認可の件」。
内容だけ見れば平穏な手続きにすぎない。
だが、実際にはこの場で“誰が発表を行うか”が争点だった。
「従来の発表は宰相閣下が行うべきだ」
「しかし今回は地方再編の恩恵を謳う改革です。実務を行った宰相補佐が表に立った方が民は納得します」
議員たちの議論が交錯する中、ひとりの貴族が鼻で笑いながら私を見た。
「だが、問題の顧問が女性である、しかも元婚約破棄の令嬢、ときてはどうだ? 国民の信頼が……」
「信頼は結果で得るものです」
私は即座に切り返した。
「私の過去は変えられません。でも未来をどう動かすかは、私次第です」
ざわ、という音が広間を走る。
その瞬間、宰相レオニードがゆっくりと立ち上がった。
「ここまでだ。リリアナ・フォン・エルディンの発言、すべて記録に残せ」
その一言で議場が静まる。
「発表は彼女が行う。文句がある者は、彼女以上の実績を示せ」
反論する声はなかった。
人々は凍るような沈黙の中、彼女――つまり私を見た。
昨日まで噂で嘲笑していた彼らの目が、今は恐れさえ帯びている。
私は立ち上がり、深く一礼した。
「この場にいるすべての方の善意を信じます。
願わくば――この国が、見栄ではなく理で繁栄するように」
たったそれだけの言葉でも、その瞬間の空気が変わったのを感じた。
胸を張る感覚。
“私はもう、彼らに見下される令嬢ではない。”
◆
その日の夜。
帰路に立つと、黒衣の影がまた現れた。
薄暗い街灯の下、壁際に寄り掛かるようにひとりの男がいる。
顔にかかる布の下で、淡く笑う口元が見えた。
「見事だな、公爵令嬢」
「……貴方は誰?」
「見くびらないでくれ。ずっと傍で見ていた。お前の炎を」
「まさか、ルクレイスの密偵?」
男は笑いを深くした。
「密偵、とも呼べるだろう。だが、俺の主はアレクシスではない。……お前が知らぬ影の陣営だ」
「言葉遊びはやめて。目的を訊いているの」
「その強さが好きだ、リリアナ。……お前を手に入れる日を楽しみにしている」
次の瞬間、微かな風音と共にその姿は闇に溶けた。
残されたのは、わずかな香のような残気だけ。
胸の奥に、冷たい振動が広がる。
私はそっと唇を噛みしめた。
誰が敵で、誰が味方か。
それすら曖昧なこの国で、私の存在そのものが揺らぎ始めている。
だが、恐れはなかった。
向けられる矢が多いほど、私は正しい場所に立っている。
そして何より――隣にはアルヴェンがいる。
理で結ばれたこの関係が、いつしかもっと深い絆に変わろうとしていることを、まだ私は認めたくなかった。
月明かりの中、私は静かに誓った。
“次に笑うのは、私だ。”
続く
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