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第一話 完璧な王太子妃候補
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第一話 完璧な王太子妃候補
ネフェリアは、自分が「完璧」であることを、誇りにも負担にも思っていなかった。
それは、息をするように身につけてきたものだったからだ。
王城の朝は早い。
まだ太陽が高く昇りきらないうちから、回廊には足音が行き交い、書類の束が運ばれ、使用人たちが静かに忙しなく動き始める。その中心に、いつの頃からか当たり前のように存在していたのが、王太子妃候補――ネフェリアだった。
政務補佐としての仕事は多岐にわたる。
外交文書の下読み、各貴族家からの請願の整理、財政報告の確認、会議日程の調整。どれも「王太子の仕事」とされる分野だが、実際に手を動かしていたのはネフェリアだった。
王太子が決断を下すために必要な情報を、過不足なく整える。
感情が入り込む余地を削ぎ落とし、選択肢と結果を明確に提示する。
それが、彼女に与えられた役割だった。
――そして、その役割を、彼女は一度も疎かにしたことがない。
「こちらが、次回の外交会談に関する想定問答です」
穏やかな声で差し出された書類を、王太子は流し読みする。
その横顔に浮かぶのは、どこか退屈そうな表情だった。
「相変わらず、隙がないな」
「必要なことを、必要な分だけまとめておりますので」
ネフェリアはそう答え、微笑む。
その笑みは完璧に整えられていた。柔らかく、品があり、距離を保った王太子妃候補のそれだ。
本当は、その一言の裏にある意味を、彼女は理解していた。
――完璧すぎて、つまらない。
そう思われていることを。
だが、それでいいとネフェリアは思っていた。
王太子妃に求められるのは、感情ではない。国を安定させる能力と、余計な波風を立てない冷静さだ。愛情や親しみなど、二の次でいい。
彼女は幼い頃からそう教えられてきた。
公爵家の令嬢として生まれ、将来は王太子妃になる――その道筋は、最初から用意されていたのだから。
だからこそ、努力した。
礼儀作法、語学、歴史、政治、経済。どれも中途半端では許されなかった。
「できて当たり前」という評価の中で、ネフェリアは静かに、自分を磨き続けてきた。
それが報われるかどうかなど、考えたことはない。
報われることを期待するのは、役割を持つ者として不適切だと理解していたからだ。
「では、この件は以上で」
書類をまとめ、ネフェリアは一礼する。
王太子は軽く頷き、すでに次の話題へと思考を移している様子だった。
会議室を出たあと、回廊を歩きながら、彼女は今日の予定を頭の中で確認する。
昼には貴族会議、午後は財務官との折衝、夜には舞踏会の準備確認。
休む時間など、最初から組み込まれていない。
それでも、不満はなかった。
忙しさは、余計なことを考えずに済む免罪符だったから。
――もし、立ち止まってしまえば。
この婚約が、本当に「必要とされているものなのか」を考えてしまう気がした。
王城の中庭に差し込む光を一瞬だけ眺め、ネフェリアは視線を前に戻す。
彼女は今日も、完璧な王太子妃候補として振る舞う。それ以外の選択肢は、存在しないかのように。
その完璧さが、やがて誰かにとって「重たいもの」になることを、
このときのネフェリアは、まだ知らなかった。
ただ一つ確かなのは――
彼女が支えているこの王国は、彼女が思っている以上に、彼女に依存しているということだけだった。
ネフェリアは、自分が「完璧」であることを、誇りにも負担にも思っていなかった。
それは、息をするように身につけてきたものだったからだ。
王城の朝は早い。
まだ太陽が高く昇りきらないうちから、回廊には足音が行き交い、書類の束が運ばれ、使用人たちが静かに忙しなく動き始める。その中心に、いつの頃からか当たり前のように存在していたのが、王太子妃候補――ネフェリアだった。
政務補佐としての仕事は多岐にわたる。
外交文書の下読み、各貴族家からの請願の整理、財政報告の確認、会議日程の調整。どれも「王太子の仕事」とされる分野だが、実際に手を動かしていたのはネフェリアだった。
王太子が決断を下すために必要な情報を、過不足なく整える。
感情が入り込む余地を削ぎ落とし、選択肢と結果を明確に提示する。
それが、彼女に与えられた役割だった。
――そして、その役割を、彼女は一度も疎かにしたことがない。
「こちらが、次回の外交会談に関する想定問答です」
穏やかな声で差し出された書類を、王太子は流し読みする。
その横顔に浮かぶのは、どこか退屈そうな表情だった。
「相変わらず、隙がないな」
「必要なことを、必要な分だけまとめておりますので」
ネフェリアはそう答え、微笑む。
その笑みは完璧に整えられていた。柔らかく、品があり、距離を保った王太子妃候補のそれだ。
本当は、その一言の裏にある意味を、彼女は理解していた。
――完璧すぎて、つまらない。
そう思われていることを。
だが、それでいいとネフェリアは思っていた。
王太子妃に求められるのは、感情ではない。国を安定させる能力と、余計な波風を立てない冷静さだ。愛情や親しみなど、二の次でいい。
彼女は幼い頃からそう教えられてきた。
公爵家の令嬢として生まれ、将来は王太子妃になる――その道筋は、最初から用意されていたのだから。
だからこそ、努力した。
礼儀作法、語学、歴史、政治、経済。どれも中途半端では許されなかった。
「できて当たり前」という評価の中で、ネフェリアは静かに、自分を磨き続けてきた。
それが報われるかどうかなど、考えたことはない。
報われることを期待するのは、役割を持つ者として不適切だと理解していたからだ。
「では、この件は以上で」
書類をまとめ、ネフェリアは一礼する。
王太子は軽く頷き、すでに次の話題へと思考を移している様子だった。
会議室を出たあと、回廊を歩きながら、彼女は今日の予定を頭の中で確認する。
昼には貴族会議、午後は財務官との折衝、夜には舞踏会の準備確認。
休む時間など、最初から組み込まれていない。
それでも、不満はなかった。
忙しさは、余計なことを考えずに済む免罪符だったから。
――もし、立ち止まってしまえば。
この婚約が、本当に「必要とされているものなのか」を考えてしまう気がした。
王城の中庭に差し込む光を一瞬だけ眺め、ネフェリアは視線を前に戻す。
彼女は今日も、完璧な王太子妃候補として振る舞う。それ以外の選択肢は、存在しないかのように。
その完璧さが、やがて誰かにとって「重たいもの」になることを、
このときのネフェリアは、まだ知らなかった。
ただ一つ確かなのは――
彼女が支えているこの王国は、彼女が思っている以上に、彼女に依存しているということだけだった。
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