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第七話 小さな遅延
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第七話 小さな遅延
異変は、いつも小さなところから始まる。
王城の事務棟では、その朝もいつも通り書類が運び込まれていた。
山のように積まれた決裁待ちの案件。
だが、そこにわずかな違和感が混じっていた。
「……この書類、昨日提出されたものですよね?」
若い文官が、控えめに声を上げる。
「ええ、ですが確認が終わっていません。
担当が判断を保留したままで」
「理由は?」
「……分からない、と」
曖昧な答えに、文官は眉をひそめる。
以前なら、こんなことはなかった。
判断に迷う案件があれば、
どこを確認し、誰に相談し、いつまでに結論を出すか――
それが、自然と決まっていたからだ。
だが今は違う。
「仕方ないですね。次の会議まで待ちましょう」
そう言って、書類は棚に戻される。
それだけのこと。
ほんの一日の遅れ。
誰も、問題だとは思わなかった。
王城の別の場所でも、似たようなことが起きていた。
港湾管理局では、輸送許可の最終確認が遅れていた。
必要な印が、一つ足りない。
「以前は、先に仮承認が出ていたはずだが……」
「今回は、慎重に進めるように、と」
「誰の判断だ?」
「……会議で決まるまで待て、とのことです」
結果、船は出港できず、荷は港に留め置かれる。
商人は肩をすくめるだけだった。
「一日二日、遅れたところで大したことはない」
そう、誰もが思っていた。
だが、その「一日二日」が、
別の場所で、別の遅延を生む。
王太子の執務室では、報告書がまとめて提出されていた。
内容は、どれも些細なものばかりだ。
書類の提出が遅れた。
決裁が先送りになった。
連絡が一つ、行き違った。
「……小事ばかりだな」
王太子は、そう呟く。
だが、その眉間には、昨日よりも深い皺が刻まれていた。
以前なら、こうした小さな滞りは、
彼の目に届く前に解消されていた。
誰かが気づき、誰かが調整し、
誰かが「問題にならないうちに」処理していたのだ。
「気にするほどではない、か……」
自分に言い聞かせるように、王太子は書類を閉じる。
その瞬間、ふと、ある言葉が脳裏をよぎった。
――問題になる前に。
それを口にしていたのは、誰だったか。
思い出しかけて、彼は首を振る。
「今は関係ない」
そう言い切るように呟き、次の書類に手を伸ばした。
一方、城下町では。
商人たちが、ささやかな違和感を覚え始めていた。
「最近、許可が下りるのが遅くないか?」 「書類の往復が増えた気がするな」 「前は、もっと話が早かったはずだが……」
だが、誰も声を荒げない。
まだ、生活に直結する問題ではないからだ。
ネフェリアがいた頃なら、
こうした声は、どこかで拾われ、
静かに修正されていた。
だが今、その声は、
行き場を失って、空気の中に滞留する。
遅延は、連鎖する。
小さな判断の先送りが、
別の判断を鈍らせる。
それは、目に見えないほど緩やかで、
だからこそ、誰も本気で止めようとしなかった。
王国は、まだ平穏だった。
表向きには、何一つ変わっていない。
ただ一つだけ。
ネフェリアがいなくなったことで、
「問題にならないうちに処理される世界」は、
すでに失われていた。
それに気づくのは、
もう少し先の話になる。
この小さな遅延が、
やがて取り返しのつかない「遅れ」へと変わることを、
今はまだ、誰も知らなかった。
異変は、いつも小さなところから始まる。
王城の事務棟では、その朝もいつも通り書類が運び込まれていた。
山のように積まれた決裁待ちの案件。
だが、そこにわずかな違和感が混じっていた。
「……この書類、昨日提出されたものですよね?」
若い文官が、控えめに声を上げる。
「ええ、ですが確認が終わっていません。
担当が判断を保留したままで」
「理由は?」
「……分からない、と」
曖昧な答えに、文官は眉をひそめる。
以前なら、こんなことはなかった。
判断に迷う案件があれば、
どこを確認し、誰に相談し、いつまでに結論を出すか――
それが、自然と決まっていたからだ。
だが今は違う。
「仕方ないですね。次の会議まで待ちましょう」
そう言って、書類は棚に戻される。
それだけのこと。
ほんの一日の遅れ。
誰も、問題だとは思わなかった。
王城の別の場所でも、似たようなことが起きていた。
港湾管理局では、輸送許可の最終確認が遅れていた。
必要な印が、一つ足りない。
「以前は、先に仮承認が出ていたはずだが……」
「今回は、慎重に進めるように、と」
「誰の判断だ?」
「……会議で決まるまで待て、とのことです」
結果、船は出港できず、荷は港に留め置かれる。
商人は肩をすくめるだけだった。
「一日二日、遅れたところで大したことはない」
そう、誰もが思っていた。
だが、その「一日二日」が、
別の場所で、別の遅延を生む。
王太子の執務室では、報告書がまとめて提出されていた。
内容は、どれも些細なものばかりだ。
書類の提出が遅れた。
決裁が先送りになった。
連絡が一つ、行き違った。
「……小事ばかりだな」
王太子は、そう呟く。
だが、その眉間には、昨日よりも深い皺が刻まれていた。
以前なら、こうした小さな滞りは、
彼の目に届く前に解消されていた。
誰かが気づき、誰かが調整し、
誰かが「問題にならないうちに」処理していたのだ。
「気にするほどではない、か……」
自分に言い聞かせるように、王太子は書類を閉じる。
その瞬間、ふと、ある言葉が脳裏をよぎった。
――問題になる前に。
それを口にしていたのは、誰だったか。
思い出しかけて、彼は首を振る。
「今は関係ない」
そう言い切るように呟き、次の書類に手を伸ばした。
一方、城下町では。
商人たちが、ささやかな違和感を覚え始めていた。
「最近、許可が下りるのが遅くないか?」 「書類の往復が増えた気がするな」 「前は、もっと話が早かったはずだが……」
だが、誰も声を荒げない。
まだ、生活に直結する問題ではないからだ。
ネフェリアがいた頃なら、
こうした声は、どこかで拾われ、
静かに修正されていた。
だが今、その声は、
行き場を失って、空気の中に滞留する。
遅延は、連鎖する。
小さな判断の先送りが、
別の判断を鈍らせる。
それは、目に見えないほど緩やかで、
だからこそ、誰も本気で止めようとしなかった。
王国は、まだ平穏だった。
表向きには、何一つ変わっていない。
ただ一つだけ。
ネフェリアがいなくなったことで、
「問題にならないうちに処理される世界」は、
すでに失われていた。
それに気づくのは、
もう少し先の話になる。
この小さな遅延が、
やがて取り返しのつかない「遅れ」へと変わることを、
今はまだ、誰も知らなかった。
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