何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

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第二十五話 決められない国

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第二十五話 決められない国

 

 王国の会議室では、今日も結論が出なかった。

 議題は単純だ。
 中立都市への追加支援を、王国として正式に行うか否か。

「条件付きで支援する、という案でどうでしょう」

 誰かが言う。

「その条件ですが、財務局の再確認が必要では?」

「軍務局としては、警備面の保証も入れるべきかと」

「それを入れるなら、条文の書き直しが……」

 言葉は重なり、
 議論は巡り、
 しかし、決定には至らない。

 王太子は、机の端に置かれた砂時計を見つめていた。
 半分ほど、砂が落ちている。

「……時間を意識してください」

 静かな声だったが、
 全員の動きが一瞬止まる。

「この件は、
 “完璧な案”を作るための会議ではない」

「今、決めるかどうかを、
 決める場です」

 沈黙。

 誰もが、理解している。
 理解しているからこそ、
 誰も口を開けない。

 決める、ということは、
 責任を引き受けるということだからだ。

 

 会議は結局、
 「次回に持ち越し」という結論で終わった。

 結論、という名の先送り。

 

 会議後、
 王太子は執務室に戻り、
 報告書をまとめていた官僚に問いかけた。

「帝国は、この件をどうしている?」

「……すでに、暫定合意を結んでいます」

「暫定?」

「はい。
 本合意ではありませんが、
 当面の取引と支援は開始されています」

 王太子は、
 深く息を吐いた。

「彼らは、
 “後から直す”ことを選んだか」

 

 一方、帝国。

 中立都市との窓口は、
 すでに動いていた。

「条件は三つです」

 帝国側の官僚は、淡々と告げる。

「期間は半年。
 相互撤退条項あり。
 問題が出た場合は、即時再協議」

「ずいぶん、割り切っていますね」

 中立都市の代表が、苦笑する。

「完璧な条件は、
 存在しませんから」

「問題が出たら?」

「直します」

 それだけだ。

 その簡潔さに、
 代表は一瞬、言葉を失った後、
 ゆっくりと頷いた。

 

 宰相府では、
 その報告をネフェリアが受けていた。

「王国側は、まだ決めきれていません」

「でしょうね」

 彼女は、特に驚いた様子も見せない。

「今の王国は、
 決めないことで、
 安全を保とうとしている」

「安全、ですか」

「責任を取らない安全。
 失敗しない安全」

 ネフェリアは、
 書類を一枚閉じる。

「ですが、その安全は、
 国を守りません」

 

 夕刻。

 王国の商人ギルドでは、
 別の動きが始まっていた。

「王国の決定を待っていられない」

「帝国経由で話を進めよう」

「王国には、後で報告すればいい」

 小さな判断。
 だが、確実な変化。

 国が決めないなら、
 人は、自分で決め始める。

 

 夜。

 王太子は、
 一人で灯りを落とした執務室に立っていた。

 机の上には、
 未決裁の書類。

 正しい案。
 慎重な案。
 誰もが否定できない案。

 だが、
 どれも、今を救わない。

「……決められない、か」

 呟きは、
 自嘲に近い。

 彼は知っている。
 かつてこの国には、
 決める役割を担う者がいた。

 だから、
 皆、考えなくて済んだ。

 だが、
 今は違う。

 仕組みは作った。
 正しさも揃えた。

 それでも、
 最後の一歩を踏み出す覚悟だけが、
 どこにもない。

 

 同じ夜、帝国。

 ネフェリアは、
 静かに紅茶を注いでいた。

 今日、彼女が下した判断は、
 二つだけ。

 どちらも、
 完璧ではない。

 だが、
 動いている。

「……国が止まるのは、
 失敗したときではありません」

 湯気の向こうで、
 彼女は小さく息をつく。

「決めることを、
 恐れ始めたときです」

 王国は、
 まだ崩れてはいない。

 だが、
 決められない国は、
 やがて、
 選ばれない国になる。

 

 静かに、
 だが確実に、
 その段階へと近づいていた。
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