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第三十六話 取り返せない一手
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第三十六話 取り返せない一手
王国の執務機関に、かつてない種類の相談が持ち込まれるようになっていた。
「今からでも、
あの制度に参加できないか」
「条件を一部でも、
修正できないだろうか」
どれも、
決定が下された後の話だ。
外務局の官僚は、
丁寧に、だがはっきりと答える。
「現行制度は、
参加国による合意事項です」
「新規参加には、
再協議が必要になります」
「再協議には、
全参加国の同意が必要です」
つまり――
事実上、不可能だ。
相談に来た商人は、
しばらく黙り込んだ後、
小さく笑った。
「……最初に、
決める場にいなかったのが、
すべてか」
王太子のもとにも、
同じ内容の報告が上がっていた。
「今から動いても、
覆せる案件は、
ほとんどありません」
「……分かっている」
王太子の声は、
低く、疲れていた。
官僚の一人が、
わずかな希望を口にする。
「ですが、
次の案件で、
早く動けば――」
王太子は、
ゆっくりと首を振った。
「次、があるかどうかだ」
王国は、
「遅れた国」ではない。
「判断しなかった国」だ。
その違いは、
致命的だった。
一方、帝国。
新制度に関する、
微調整の会議が行われていた。
「一部地域で、
負担が集中しています」
「では、
例外条項を一時適用」
「期間は?」
「三ヶ月」
数分で、
結論が出る。
修正は、
制度の中で行われる。
外から、
口出しする余地はない。
宰相府で、
ネフェリアはその報告を聞いていた。
「王国から、
非公式な打診が来ています」
「内容は?」
「今からでも、
参加できないか、と」
ネフェリアは、
一瞬だけ目を伏せた。
「……返答は?」
「正式手続きを案内しています」
「それで構いません」
彼女は、
淡々と続ける。
「例外を作れば、
制度が崩れます」
「崩れた制度に、
価値はありません」
王国では、
取り返そうとする動きが、
逆に混乱を生んでいた。
「なぜ、
あの案件は駄目で、
こちらは通る?」
「基準が、
分からない」
答えは、
簡単だ。
基準は、
最初から決めていたかどうか。
夜。
王太子は、
過去の議事録を、
一つずつ読み返していた。
そこには、
何度も現れる言葉がある。
「次回に持ち越し」
「再検討」
「慎重に」
「……取り返せない一手、か」
小さく呟く。
何かを間違えた、
という感覚ではない。
何もしなかったことが、
一手になってしまった。
その事実が、
重くのしかかる。
同じ夜、帝国。
ネフェリアは、
明日の予定を確認していた。
新規案件。
調整。
期限。
すべてが、
前向きな項目だ。
「……決めなかった一手は」
彼女は、
ペンを止めて呟く。
「後から、
打ち直すことができません」
それは、
誰かを責める言葉ではない。
ただの、
現実の説明だ。
王国は、
今になって、
ようやく理解する。
失ったのは、
信頼でも、
席でもない。
**“次に手を打つ権利”**だ。
そしてその権利は、
もう、
簡単には戻らない。
取り返せない一手は、
音もなく、
確かに、
盤上に残っていた。
王国の執務機関に、かつてない種類の相談が持ち込まれるようになっていた。
「今からでも、
あの制度に参加できないか」
「条件を一部でも、
修正できないだろうか」
どれも、
決定が下された後の話だ。
外務局の官僚は、
丁寧に、だがはっきりと答える。
「現行制度は、
参加国による合意事項です」
「新規参加には、
再協議が必要になります」
「再協議には、
全参加国の同意が必要です」
つまり――
事実上、不可能だ。
相談に来た商人は、
しばらく黙り込んだ後、
小さく笑った。
「……最初に、
決める場にいなかったのが、
すべてか」
王太子のもとにも、
同じ内容の報告が上がっていた。
「今から動いても、
覆せる案件は、
ほとんどありません」
「……分かっている」
王太子の声は、
低く、疲れていた。
官僚の一人が、
わずかな希望を口にする。
「ですが、
次の案件で、
早く動けば――」
王太子は、
ゆっくりと首を振った。
「次、があるかどうかだ」
王国は、
「遅れた国」ではない。
「判断しなかった国」だ。
その違いは、
致命的だった。
一方、帝国。
新制度に関する、
微調整の会議が行われていた。
「一部地域で、
負担が集中しています」
「では、
例外条項を一時適用」
「期間は?」
「三ヶ月」
数分で、
結論が出る。
修正は、
制度の中で行われる。
外から、
口出しする余地はない。
宰相府で、
ネフェリアはその報告を聞いていた。
「王国から、
非公式な打診が来ています」
「内容は?」
「今からでも、
参加できないか、と」
ネフェリアは、
一瞬だけ目を伏せた。
「……返答は?」
「正式手続きを案内しています」
「それで構いません」
彼女は、
淡々と続ける。
「例外を作れば、
制度が崩れます」
「崩れた制度に、
価値はありません」
王国では、
取り返そうとする動きが、
逆に混乱を生んでいた。
「なぜ、
あの案件は駄目で、
こちらは通る?」
「基準が、
分からない」
答えは、
簡単だ。
基準は、
最初から決めていたかどうか。
夜。
王太子は、
過去の議事録を、
一つずつ読み返していた。
そこには、
何度も現れる言葉がある。
「次回に持ち越し」
「再検討」
「慎重に」
「……取り返せない一手、か」
小さく呟く。
何かを間違えた、
という感覚ではない。
何もしなかったことが、
一手になってしまった。
その事実が、
重くのしかかる。
同じ夜、帝国。
ネフェリアは、
明日の予定を確認していた。
新規案件。
調整。
期限。
すべてが、
前向きな項目だ。
「……決めなかった一手は」
彼女は、
ペンを止めて呟く。
「後から、
打ち直すことができません」
それは、
誰かを責める言葉ではない。
ただの、
現実の説明だ。
王国は、
今になって、
ようやく理解する。
失ったのは、
信頼でも、
席でもない。
**“次に手を打つ権利”**だ。
そしてその権利は、
もう、
簡単には戻らない。
取り返せない一手は、
音もなく、
確かに、
盤上に残っていた。
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