お金がありすぎて困っておりますの(悪役令嬢ver.) ~悪役令嬢は噂も相場も支配しますわ~

ふわふわ

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第3話 噂を拡声器で流す女

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第3話 噂を拡声器で流す女

 王都の社交界には、情報が集まる場所がいくつもある。
 舞踏会、茶会、観劇の幕間――
 そして何より、人が集まり、言葉が交わされる“サロン”。

 その日の午後、王都屈指の格式を誇るサロンには、数名の令嬢が集まっていた。
 銀細工の卓に並ぶ菓子は甘く、香茶の香りが空気を満たしている。

「最近、話題の方がいらっしゃいますでしょう?」

 切り出したのは、ルーマー・イグザジェレイション伯爵令嬢だった。

 彼女は、噂を語るときに決して焦らない。
 思い出したように、さりげなく。
 まるで“ついで話”のように口にする。

「ほら……ヴァレンティス侯爵令嬢様」

 一瞬、空気が止まった。

 その場にいた令嬢の一人が、静かに口を挟む。

「……令嬢、ではありませんわ」

 ルーマーは、きょとんとした顔でそちらを見る。

「まあ?」

「ヴァレンティス侯爵“様”ですわ。
 若くして爵位を継がれた当主ですもの」

 一拍。

 ルーマーは、すぐに柔らかく微笑んだ。

「あら、失礼いたしました」

 素直に頭を下げる。

「そうでしたわね。
 つい、お若いので……」

 その言葉に、誰もが違和感を覚えたが、誰も指摘しなかった。
 “若いから間違えた”
 それ自体が、すでに印象操作になっているからだ。

「でも」

 ルーマーは、何事もなかったように話を続ける。

「若くして侯爵位を継がれるというのも、
 本当に大変なことですわよね」

「ええ……」

 別の令嬢が頷く。

「経営のことも、領地のことも、すべて一人で背負われて……」

 ルーマーは、同情するように目を伏せる。

「そうなのです。
 しかも最近は、お金のことでお悩みだとか」

「まあ……」

 小さなどよめき。

「でも、ヴァレンティス侯爵様、
 とても派手な暮らしをなさっていると聞きますけれど?」

「ええ、それが……」

 ルーマーは、困ったように微笑む。

「毎月のように新しいドレスを仕立て、
 寄付や投資も惜しまないそうですわ」

「それは……」

 言葉が濁る。

「少し、無理をなさっているのではないかしら、
 と、心配する声もございますの」

 断定はしない。
 ただ、“心配する声がある”と言うだけ。

 だが、その場にいる令嬢たちの脳裏には、すでに一つの図が浮かび始めていた。

 ――派手な支出
 ――若い当主
 ――経営経験不足
 ――お金の悩み

 そこへ、ルーマーはそっと別の要素を重ねる。

「爵位があっても、
 経営が得意とは限りませんでしょう?」

 それは、誰も否定できない事実だった。

「むしろ、そういう時こそ……」

 わずかに声を落とす。

「頼れる方の助言が、必要ですわよね」

「頼れる方?」

「ええ」

 ルーマーは、ここでようやく名前を出す。

「プロフィット・アンドロス様のような」

 空気が変わった。

「公爵家の令息で、
 将来を嘱望されているお方ですもの」

「確かに……」

「落ち着いていらして、
 経済の話にも明るいとか」

 褒め言葉は、具体性を欠いている。
 だが、それで十分だった。

 その場にいた令嬢の一人が、ふと首を傾げる。

「でも……
 侯爵様ご本人の判断を、
 そこまで疑うのは失礼では?」

 一瞬、沈黙。

 ルーマーは、すぐに微笑んだ。

「まあ、そうですわね」

 否定しない。

「ですが……」

 ほんの少し、声を落とす。

「プロフィット様が、
 ヴァレンティス侯爵様を案じていらっしゃる、
 という話を聞きまして」

「案じている……?」

「ええ。
 ご自身のことより、侯爵様の将来を思って」

 その構図が完成した瞬間だった。

 ――困っている侯爵
 ――それを支えようとする公爵令息

 真実かどうかは、もはや誰も気にしていない。

 その日の夕方。

 別のサロンでは、別の令嬢が囁いていた。

「ヴァレンティス侯爵令嬢……いえ、侯爵様、
 お金でお悩みらしいですわ」

「やはり……」

「派手に使いすぎているとか」

 言葉は少しずつ形を変えながら、広がっていく。

 ルーマー本人は、その場にいない。
 だが、彼女の投げた言葉は、すでに独り歩きを始めていた。

 一方、別室。

「プロフィット様、本日もお忙しそうですわね」

 ルーマーは、完璧な笑顔でそう言った。

「まあな」

 プロフィットは、満足げに頷く。

「最近、相談事が多くてね」

「それだけ、皆様が頼りにしていらっしゃる証ですわ」

 そして、さりげなく付け加える。

「特に……ヴァレンティス侯爵様の件では」

 プロフィットの眉が動いた。

「……君も聞いているのか」

「ええ。
 皆様、とても心配なさっておりますわ」

 心配。
 その言葉ほど、相手を“正義の側”に立たせるものはない。

「お若い方ですもの」

 ルーマーは、うっとりとした声で続ける。

「プロフィット様のような、
 しっかりした方が導いて差し上げなければ」

 プロフィットは、満足そうに腕を組んだ。

「そうだろう。
 俺も、そう思っている」

 ルーマーは、内心で冷静に評価する。

(ええ、価値は“次期公爵”という点だけ)

(それ以上は……今のところ、不要ですわね)

 噂は、今日も増殖する。

 正しい肩書きに訂正されながら、
 正しくない印象だけを残して。

 そして――
 その噂の中心に据えられたシグネア・ヴァレンティス侯爵は、
 まだ一度も、舞台に立っていなかった。

 それが、最も皮肉なことだと、
 気づいている者は、誰一人いなかった。
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