お金がありすぎて困っておりますの(悪役令嬢ver.) ~悪役令嬢は噂も相場も支配しますわ~

ふわふわ

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第4話 無駄なものを切り落とす権利

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第4話 無駄なものを切り落とす権利

 朝の光が、ヴァレンティス侯爵邸の長い廊下を斜めに照らしていた。

「今日の予定を」

 シグネア・ヴァレンティスは、歩きながら言った。
 歩調は早いが、姿勢は崩れない。

 背後を半歩下がって追従するのは、侍女テイクアである。

「午前は領地から届いた報告の確認、午後は新規商人との面談が一件。その後、王都南区の視察予定です」

「南区……」

 シグネアは、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。

「例の、無秩序に膨らんだ区域ね」

「はい。いわゆる――」

「言わなくて結構よ」

 即座に遮る。

「“いわゆる”などという曖昧な言葉で片づけるから、
 問題が問題として扱われなくなるのですもの」

 執務室に入ると、机の上にはすでに書類が整然と並べられていた。
 無駄な装飾は一切ない。

 シグネアは椅子に腰を下ろすと、最上段の報告書を手に取った。

「……また、勝手に建て増し?」

「はい。昨月だけで二十七件確認されています」

「違法建築ね」

 即断だった。

「住民がいる、いないは関係ありません。
 法を無視して存在するものは、存在してはいけない」

「……お嬢様」

 テイクアは、ほんのわずかに躊躇った。

「住んでいるのは、低所得層の者たちで……」

「だから?」

 シグネアは顔を上げる。

「貧しければ、法を破っていいの?」

 その声は、静かだった。
 だが、冷たい。

「無秩序を放置した結果が、あの街でしょう。
 臭い、汚い、危険。
 あれを“人が住んでいる”という理由で容認するほうが、よほど残酷ですわ」

 書類を閉じる。

「壊しなさい」

「……収容は?」

「当然、用意します。
 食事も、医療も、寝床も」

 そして、淡々と付け加える。

「代わりに、労働を」

 テイクアは小さく息を呑んだ。

「施しではありませんのよ」

 シグネアは椅子から立ち上がる。

「これは、秩序の再構築です」

 ◇

 午後、南区。

 馬車の窓を開けた瞬間、シグネアは顔をしかめた。

「……臭い」

「排水設備がなく、廃棄物も放置されておりますので」

「街ではありませんわね。
 ただの不法集積地です」

 馬車が止まる。

 外に広がるのは、歪んだ家屋、崩れかけの小屋、泥と廃棄物。
 人の生活の痕跡はあるが、生活と呼ぶにはあまりにも無秩序だった。

「ここが……私の領地?」

 シグネアの声は低い。

「許せませんわ」

「お嬢様……」

「叩き壊しなさい」

 即断だった。

「今すぐ、です」

「人が住んでいます!」

「不法滞在者でしょう」

「ですが――」

「合法です」

 はっきりと言い切る。

「無許可建築物は、保護対象ではありません」

 ◇

 三日後。

 スラム街は、地図から消えた。

 代わりに、整地された土地と、仮設の収容施設が設けられている。
 十分な食事、清潔な水、医療。

 そして――仕事。

 瓦礫の撤去、測量、建材の運搬。

「……働けば、住居を?」

「ええ」

 監督官が告げる。

「この土地は、正式な都市計画に基づき再開発されます。
 建設に携わった者には、完成後の住宅を無償で提供します」

 人々は、呆然としながらも、手を動かし始めた。

 ◇

 その様子を、高台から見下ろしながら。

「……冷酷、と言われるでしょうね」

 テイクアが呟く。

「構いません」

 シグネアは即答した。

「甘やかして放置するより、
 よほど誠実ですわ」

 そして、どこか楽しげに微笑む。

「それに――」

「?」

「私は、悪役令嬢ですもの」

 その夜。

 別の屋敷では、別の会話が交わされていた。

「聞きました?
 ヴァレンティス侯爵様、スラム街を一掃したそうですわ」

「まあ……冷酷ですこと」

「やはり、お金に困っているから……?」

「秩序を守るため、という話もありますけれど」

 ルーマーは、扇子を口元に当てて微笑む。

「さあ……」

 意味深に、目を細める。

「真実は、いつも一つとは限りませんもの」

 その噂が、
 誰のために、どんな形で使われるのか。

 まだ、誰も知らない。
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