お金がありすぎて困っておりますの(悪役令嬢ver.) ~悪役令嬢は噂も相場も支配しますわ~

ふわふわ

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第12話 決断できない者たち

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第12話 決断できない者たち

 重たい空気が、倉庫街に漂っていた。

 積み上げられた麻袋は、どれも同じ刻印を持ち、同じように口を縛られている。
 だが、その量が常識を逸していることだけは、誰の目にも明らかだった。

「……まだ、売れないのか?」

 倉庫の中央で、プロフィット・アンドロスは腕を組み、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。

「は、はい……」

 答えたのは、倉庫を管理する商会の責任者だ。

「市場では、すでに小麦が余り始めています。
 価格も、下落傾向で……」

「そんなはずはない!」

 プロフィットは、声を荒らげる。

「国内産の小麦だぞ?
 品質も良く、量も押さえた。
 いずれ値は戻るはずだ!」

 責任者は、言葉を選びながら続ける。

「……すでに、外国産の小麦が港に入り始めております。
 価格も、かなり安価です」

 その瞬間、空気が凍った。

「……聞いていない」

 プロフィットの声は、かすれていた。

「そ、それは……」

「なぜ、先に報告しなかった!」

「値崩れは、まだ確定ではなく……
 ご判断を仰ぐべきか、迷っておりました」

 その言葉が、決定的だった。

 迷っていた。
 判断を仰ぐべきかどうかで、迷っていた。

 プロフィットは、ぎり、と歯を食いしばる。

「……売るべきか?」

 独り言のように呟く。

「今なら、まだ仕入れ値近くで……」

 だが、すぐに首を振る。

「いや、待て。
 ここで売れば、“見誤った”と認めることになる」

 その言葉を聞き、周囲の者たちは黙り込んだ。

 誰もが分かっている。
 これは、市場の問題ではない。
 判断の問題だ。

「……プロフィット様」

 責任者が、恐る恐る口を開く。

「このまま在庫を抱え続ければ、
 保管費用と管理費が、日々積み重なります」

「分かっている!」

 プロフィットは、声を荒らげる。

「だが、安売りするなど――」

 言葉が、途中で止まる。

 “安売り”。

 その二文字が、頭に引っかかった。

 ――それは、敗北を認めることだ。



 数日後。

 王都の商人たちの間では、別の話題が広がっていた。

「聞いたか?
 アンドロス家の倉庫、小麦で埋まっているらしい」

「売りに出ないのか?」

「出ない。
 どうやら、判断がつかないそうだ」

 誰かが、肩をすくめる。

「相場は待ってくれないのにな」

 その噂は、やがて貴族のサロンにも届く。

 ルーマー・イグザジェレイションは、静かに耳を傾けていた。

「……売らない、ですって?」

 紅茶を置き、考え込む。

「外国産が入ってきている、というのに?」

 隣の令嬢が、声を潜める。

「ええ。
 今さら売れない、という話ですわ」

 ルーマーは、内心で小さく舌打ちした。

(遅い)

 情報としては、すでに知っている。
 港の動き、商人の反応、価格の推移。

 すべてが、“撤退すべき時期”を示していた。

(判断が遅すぎる)

 彼女は、微笑みを崩さない。

「……ですが」

 わざとらしく首を傾げる。

「次期公爵様ですもの。
 何か、深いお考えがあるのでしょう」

 その言葉に、周囲は頷いた。

 だが、ルーマーの胸中は冷ややかだった。

(考えていない。
 決められないだけ)

 それは、致命的だった。


 一方。

 ヴァレンティス侯爵邸では、同じ小麦の話題が、まったく違う温度で扱われていた。

「……倉庫に、相当量が滞留していますね」

 テイクアが、整理された報告書を差し出す。

「ええ」

 シグネアは、さらりと目を通す。

「売り時を逃したようですわね」

「侯爵様として、何か動かれますか?」

「いいえ」

 即答だった。

「まだです」

 テイクアは、少しだけ驚いた。

「ですが、このままでは……」

「“困った”と口にするまでが、判断材料ですわ」

 淡々とした声。

「人は、余裕があるうちは、現実を見ません」

 書類を閉じる。

「まだ、彼は“選べる”と思っている」

 テイクアは、理解した。

(選べると思っているうちは、
 本当の問題ではない)

 その夜。

 プロフィットは、再び倉庫を訪れていた。

 灯りに照らされる小麦袋の山。

「……まだ、持てる」

 自分に言い聞かせる。

「値は戻る。
 俺は、間違っていない」

 だが、その言葉には、確信がなかった。

 市場は動き続けている。
 外国産は流れ込み、価格は下がる。

 それでも、彼は決断できない。

 決断とは、責任を引き受けることだからだ。

 そして――。

 決断できない者ほど、
 時間に裏切られる。

 小麦は、何も言わず、
 ただ倉庫に積み上がり続けていた。
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