15 / 32
第15話 銀行が価値を決める?
しおりを挟む
第15話 銀行が価値を決める?
王都の中心区。
石造りの建物が並ぶ通りの中でも、ひときわ重厚な外観を誇る銀行があった。
王都中央銀行。
王宮とも取引があり、古くから「格式」を売りにしてきた大銀行である。
その正面玄関に、ヴァレンティス侯爵家の馬車が止まった。
扉が開き、降り立ったのは一人の若い女性。
艶やかなドレス、無駄のない所作、そして迷いのない視線。
シグネア・ヴァレンティス侯爵である。
「……ここですわね」
彼女の背後には、側仕えのテイクアが控えていた。
「王都での取引が増えますもの。
いつまでも自領の銀行だけでは、不便ですわ」
「王都中央銀行は、王宮とも取引のある大銀行です。
問題は……」
テイクアは言葉を濁した。
「問題?」
「格式を、重んじると聞いております」
シグネアは、ふっと笑った。
「格式、ですか。
便利な言葉ですわね」
二人は、そのまま銀行の中へ入った。
内部は、外観に違わず豪奢だった。
大理石の床、天井まで届く柱、整然と並ぶ窓口。
しかし、窓口に立つ若い行員の視線は、どこか測るようだった。
「いらっしゃいませ。
本日は、どのようなご用件でしょうか」
「新規口座の開設を」
「失礼ながら……家名をお伺いしても?」
シグネアは、ほんの一瞬、視線を細めた。
「この銀行は、客を選ぶというのかしら?」
行員は、にこやかな笑みを崩さない。
「当行は、王宮とも取引のある格式銀行でございます。
それなりの格式あるお客様に、ご利用いただいておりますので」
「なるほど」
シグネアは、頷いた。
「つまり、こちらの銀行が、
私の価値を決めてくださる、と」
「価値、というより……
当行と取引があること自体が、
一流貴族の証明となりますので」
その言葉に、背後のテイクアがわずかに身を固くした。
シグネアは、静かに息を吐いた。
「腐った貴族社会が生んだ弊害、ですわね」
「……失礼でしょうか」
「いいえ。理解しましたわ」
シグネアは、一歩前に出る。
「では、他の銀行をご紹介ください」
行員は、一瞬、言葉を失った。
「……当行が、他行を紹介する、と?」
「ええ。
格式を重んじる銀行様であれば、
それぐらいの便宜は図れますでしょう?」
行員は、慌てて首を振った。
「い、いえ、その……」
その様子を見て、奥から年配の男が歩み寄ってきた。
「どうされましたか」
「店長でございます」
行員が、ほっとしたように言った。
店長は、シグネアを一瞥し、丁寧に頭を下げる。
「当行の行員に、多少失礼があったかもしれません。
ですが、当行が顧客の格式を重んじるのは、当然のことでして」
「理解しておりますわ」
シグネアは、遮るように言った。
「だからこそ、他行をご紹介くださいと申し上げました」
「……それは、いささか——」
「私は、シグネア・ヴァレンティス」
その名を告げた瞬間、店長の表情が凍りついた。
「一応、侯爵ですの」
「ヴ、ヴァレンティス侯爵様……!」
店長は、慌てて姿勢を正す。
「それならば、他行に行かれる必要はございません。
ぜひ、当行に口座を——」
「お断りしますわ」
即答だった。
店長は、言葉を失う。
「貴方方が顧客の格式を重んじるように、
私も、取引する銀行の格を重んじます」
シグネアは、微笑んだ。
「それは、身分の意味する格式ではありません」
静かな声で、はっきりと言う。
「さあ、早く他行をご紹介なさい。
私が三百億ゴールドの口座を設けるのに、
ふさわしい銀行を」
空気が、凍りついた。
「……三百、億……?」
行員が、思わず呟く。
店長は、額に汗を浮かべながら、深く頭を下げた。
「……失礼いたしました。
すぐに、他行をご案内いたします」
シグネアは、満足そうに頷いた。
「結構ですわ」
そのまま踵を返す。
「銀行は、信用を預かる場所。
人を選ぶ前に、自分たちが選ばれる立場だと、
理解なさるべきですわね」
外へ出ると、テイクアが小さく息を吐いた。
「……お見事です、お嬢様」
「当然ですわ」
シグネアは、肩をすくめる。
「価値を決めるのは、銀行ではありませんもの」
その夜。
王都の社交界では、すでに噂が飛び交っていた。
「ヴァレンティス侯爵様が、王都中央銀行に口座を作ろうとしたのに、
他行を紹介されたらしいですわ」
扇を揺らしながら、ルーマーが囁く。
「やはり、借金のある方は、
王都中央銀行に口座を作れないということですわね」
真実は、歪められ、
噂は、また一つ、独り歩きを始めていた。
王都の中心区。
石造りの建物が並ぶ通りの中でも、ひときわ重厚な外観を誇る銀行があった。
王都中央銀行。
王宮とも取引があり、古くから「格式」を売りにしてきた大銀行である。
その正面玄関に、ヴァレンティス侯爵家の馬車が止まった。
扉が開き、降り立ったのは一人の若い女性。
艶やかなドレス、無駄のない所作、そして迷いのない視線。
シグネア・ヴァレンティス侯爵である。
「……ここですわね」
彼女の背後には、側仕えのテイクアが控えていた。
「王都での取引が増えますもの。
いつまでも自領の銀行だけでは、不便ですわ」
「王都中央銀行は、王宮とも取引のある大銀行です。
問題は……」
テイクアは言葉を濁した。
「問題?」
「格式を、重んじると聞いております」
シグネアは、ふっと笑った。
「格式、ですか。
便利な言葉ですわね」
二人は、そのまま銀行の中へ入った。
内部は、外観に違わず豪奢だった。
大理石の床、天井まで届く柱、整然と並ぶ窓口。
しかし、窓口に立つ若い行員の視線は、どこか測るようだった。
「いらっしゃいませ。
本日は、どのようなご用件でしょうか」
「新規口座の開設を」
「失礼ながら……家名をお伺いしても?」
シグネアは、ほんの一瞬、視線を細めた。
「この銀行は、客を選ぶというのかしら?」
行員は、にこやかな笑みを崩さない。
「当行は、王宮とも取引のある格式銀行でございます。
それなりの格式あるお客様に、ご利用いただいておりますので」
「なるほど」
シグネアは、頷いた。
「つまり、こちらの銀行が、
私の価値を決めてくださる、と」
「価値、というより……
当行と取引があること自体が、
一流貴族の証明となりますので」
その言葉に、背後のテイクアがわずかに身を固くした。
シグネアは、静かに息を吐いた。
「腐った貴族社会が生んだ弊害、ですわね」
「……失礼でしょうか」
「いいえ。理解しましたわ」
シグネアは、一歩前に出る。
「では、他の銀行をご紹介ください」
行員は、一瞬、言葉を失った。
「……当行が、他行を紹介する、と?」
「ええ。
格式を重んじる銀行様であれば、
それぐらいの便宜は図れますでしょう?」
行員は、慌てて首を振った。
「い、いえ、その……」
その様子を見て、奥から年配の男が歩み寄ってきた。
「どうされましたか」
「店長でございます」
行員が、ほっとしたように言った。
店長は、シグネアを一瞥し、丁寧に頭を下げる。
「当行の行員に、多少失礼があったかもしれません。
ですが、当行が顧客の格式を重んじるのは、当然のことでして」
「理解しておりますわ」
シグネアは、遮るように言った。
「だからこそ、他行をご紹介くださいと申し上げました」
「……それは、いささか——」
「私は、シグネア・ヴァレンティス」
その名を告げた瞬間、店長の表情が凍りついた。
「一応、侯爵ですの」
「ヴ、ヴァレンティス侯爵様……!」
店長は、慌てて姿勢を正す。
「それならば、他行に行かれる必要はございません。
ぜひ、当行に口座を——」
「お断りしますわ」
即答だった。
店長は、言葉を失う。
「貴方方が顧客の格式を重んじるように、
私も、取引する銀行の格を重んじます」
シグネアは、微笑んだ。
「それは、身分の意味する格式ではありません」
静かな声で、はっきりと言う。
「さあ、早く他行をご紹介なさい。
私が三百億ゴールドの口座を設けるのに、
ふさわしい銀行を」
空気が、凍りついた。
「……三百、億……?」
行員が、思わず呟く。
店長は、額に汗を浮かべながら、深く頭を下げた。
「……失礼いたしました。
すぐに、他行をご案内いたします」
シグネアは、満足そうに頷いた。
「結構ですわ」
そのまま踵を返す。
「銀行は、信用を預かる場所。
人を選ぶ前に、自分たちが選ばれる立場だと、
理解なさるべきですわね」
外へ出ると、テイクアが小さく息を吐いた。
「……お見事です、お嬢様」
「当然ですわ」
シグネアは、肩をすくめる。
「価値を決めるのは、銀行ではありませんもの」
その夜。
王都の社交界では、すでに噂が飛び交っていた。
「ヴァレンティス侯爵様が、王都中央銀行に口座を作ろうとしたのに、
他行を紹介されたらしいですわ」
扇を揺らしながら、ルーマーが囁く。
「やはり、借金のある方は、
王都中央銀行に口座を作れないということですわね」
真実は、歪められ、
噂は、また一つ、独り歩きを始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~
キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。
ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。
その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。
婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。
婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。
だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる