お金がありすぎて困っておりますの(悪役令嬢ver.) ~悪役令嬢は噂も相場も支配しますわ~

ふわふわ

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20話|すでに出荷され始まりました

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20話|すでに出荷され始まりました

 異変に気づいたのは、朝だった。

 プロフィットは自邸の書斎で、机に並べられた帳簿と睨み合っていた。数字は何も変わっていない。倉庫の在庫量も、小麦の質も、書類上は昨日と同じだ。だが胸の奥に、説明のつかない不安が渦巻いていた。

 理由は単純だった。

 誰も、連絡を寄越さない。

 普段なら、状況が悪化すればするほど、商人や仲介人は口を揃えて言い訳を並べ、条件の再交渉を求めてきた。だが今朝に限って、静かすぎた。まるで、こちらの存在そのものが忘れ去られたかのように。

「……倉庫を見に行く」

 衝動的に立ち上がり、外套も羽織らずに屋敷を出た。馬車を呼ぶ余裕もない。胸騒ぎが、それを許さなかった。

 王都外縁部にある倉庫街へ向かう道は、朝霧に包まれていた。だが、倉庫に近づくにつれ、その霧の向こうに、ありえない光景が浮かび上がってくる。

 荷馬車が並んでいる。

 人足が行き交っている。

 そして、積み上げられた袋が、次々と運び出されている。

「……なにを、している」

 プロフィットは、言葉を失った。

 自分の倉庫だ。自分が買い占めた小麦だ。売り先も決まらず、動かす許可も出していない。それなのに、現場は完全に稼働していた。

「待て! 誰の許可で――」

 叫びながら近づくと、作業を指揮していた男が振り向いた。見覚えのない顔だ。だが、戸惑いはなかった。

「こちらの作業責任者ですが」

「ここは私の倉庫だ。出荷の指示は出していない」

 男は一瞬だけ目を細め、それから淡々と答えた。

「失礼ですが、所有者からの正式な指示です」

「所有者……?」

 その言葉が、理解に届くまでに、わずかな時間を要した。

「私が所有者だ」

 男は首を横に振る。

「違います。現在の所有者は、シグネア・ヴァレンティス侯爵様です」

 耳鳴りがした。

 意味が、頭の中で噛み合わない。

「……何を言っている」

「書類はすべて整っています。引き取り契約、所有権移転、出荷指示。昨日付で」

 男はそう言って、革袋から書類を取り出した。封蝋。署名。押印。どれも本物だ。見慣れた形式で、見慣れた文言で、だがそこに記されている名前だけが、致命的に異なっていた。

 所有者欄にあるのは、確かにシグネア・ヴァレンティス侯爵の名。

「……私は、そんなものに同意した覚えはない」

「我々は契約に基づいて動いているだけです。止める権限をお持ちでない以上、作業は続行されます」

 淡々とした口調だった。敵意も、挑発もない。ただの事実確認。

 プロフィットは、その場に立ち尽くした。

 荷馬車が動く。袋が積まれる。帳簿の数字が、現実として目の前を通り過ぎていく。

「待て……待て……」

 誰に向けた言葉かも分からないまま、呟いた。

 この出荷は、自分の判断ではない。だが、誰かが勝手に奪ったわけでもない。書類は正当だ。形式は完璧だ。だからこそ、止められない。

 ここで初めて、理解が追いついた。

 自分は、もう決定権を持っていない。

 いや、正確には。

 持っていたつもりでいただけだった。

「……私は、売ったのか?」

 問いは、空気に溶けた。

 男は答えない。ただ作業を続ける。市場へ向かう荷は、領民優先で分配される予定だという。品質検査も済み、価格も安定しているらしい。

 それらすべてが、自分の関与しないところで決まっていた。

 プロフィットは、初めて理解した。

 結果は、当事者の理解を待たない。

 自分が考えている間に、世界は動いていた。

 そして、その動きを止められない場所に、自分は立たされている。

 震える指で、書類を見つめる。

 そこに記された名前は、冷たく、揺るがない。

 シグネア・ヴァレンティス侯爵。

 助けを求めるべき相手の名が、いつの間にか、支配者の名に変わっていたことを。

 この瞬間、プロフィットはようやく理解した。

 問題は、これから始まるのだと。
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