お金がありすぎて困っておりますの(悪役令嬢ver.) ~悪役令嬢は噂も相場も支配しますわ~

ふわふわ

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第23話|値踏みされたのは、銀行の方ですわ

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第23話|値踏みされたのは、銀行の方ですわ

 王都中央銀行の大理石の階段を下りながら、シグネア・ヴァレンティス侯爵は一度も振り返らなかった。

 背後で扉が閉まる音が、やけに軽く響く。

「……お嬢様」

 馬車に乗り込んだあと、テイクア・ブレイクが控えめに声をかけた。

「ご気分を害されてはいませんか?」

「いいえ?」

 即答だった。

 シグネアは扇子を閉じ、何事もなかったかのように微笑む。

「なぜ、そう思いましたの?」

「王都中央銀行の対応が……その……」

「失礼でしたか?」

 問い返しながらも、シグネアの声は穏やかだった。

「彼らは、彼らの流儀で“選別”しただけですわ」

「身分と家名で、ですね」

「ええ。取引実績ではなく、格式で」

 その言葉に、テイクアは小さく息を呑む。

「それは……」

「致命的ですわ」

 きっぱりと言い切った。

「銀行が顧客を測るのは当然です。でも“何を基準に測るか”で、その銀行の格が決まります」

 馬車が動き出す。

「今回、測られたのは私ではありません」

 窓の外を見ながら、シグネアは淡々と告げた。

「王都中央銀行自身ですわ」

 数日後。

 王都中央銀行の役員会では、ひとつの報告が軽く扱われていた。

「ヴァレンティス侯爵が、他行に口座を開いたそうです」

「ふん、どうせ見栄でしょう」

「いくら入れたところで、たかが知れています」

 そう言って笑った役員の手元には、詳細な数字がなかった。

 だが、その後に届いた追報が、空気を一変させる。

「……三百億ゴールド、です」

 一瞬、沈黙。

「……今、何と?」

「新規口座への入金額が、三百億ゴールドです」

 室内が、凍りついた。

 三百億。

 それは「大口顧客」という言葉では、到底足りない数字だった。

「い、一顧客で……?」

「年間取引額ではありません。“初回入金”です」

 役員の一人が、唇を噛む。

「……逃した、のか?」

 誰も、否定できなかった。

 三百億ゴールドというのは、銀行にとって――
運用できる資金であり、信用であり、他の顧客を呼び込む“看板”でもある。

 それを、一顧客として逃した。

 しかも理由は「格式」。

「……まずいな」

 誰かが、ようやくそう呟いた。

 一方その頃。

 別の銀行の応接室で、シグネアはあっさりと署名を終えていた。

「これで、手続きは完了ですわね」

「はい。三百億ゴールド、確かにお預かりいたしました」

 行員は深々と頭を下げる。

「当行としても、これほどのご信任をいただけるとは……」

「信任、ですか?」

 シグネアは首を傾げる。

「私は、数字と姿勢を見ただけですわ」

 それだけ言って立ち上がる。

 馬車に戻ると、テイクアが小声で尋ねた。

「……王都中央銀行の件は?」

「判断は、もう終わっています」

 シグネアは、迷いなく言った。

「“顧客を格で選ぶ銀行”は、“成長の天井が決まっている銀行”です」

「では……」

「買い取りましょう」

 あまりにも軽い一言だった。

「真の意味で、格の高い銀行にして差し上げますわ」

 数週間後。

 王都中央銀行に届いた、正式な買収提案。

 提示された金額を見て、役員たちは言葉を失った。

「……十兆ゴールド?」

「ば、馬鹿な……!」

「三百億程度の資金力のはずでは……!」

 混乱の中、買収主体の名を見て、全員が理解する。

「ヴァレンティス……侯爵……」

 その日の夕刻。

 ヴァレンティス侯爵邸。

「十兆ゴールド」

 シグネアは、書類に目を落としたまま言った。

「案外、安い買い物でしたわ」

 テイクアが恐る恐る口を挟む。

「お嬢様……三百億は……」

「ああ」

 顔を上げ、楽しげに微笑む。

「新規口座に入れただけの金額ですわ」

 そして、扇子を口元に当てる。

「私、お金に困ってますの……」

 一拍。

「――使い道に!」

 高らかな笑い声が、執務室に響いた。

「おーっほっほっほっほ!」

 こうして。

 王都中央銀行は理解することになる。

 値踏みしたつもりでいた相手に、
 いつの間にか“自分たちの価値”を測られていたという現実を。

 ――その名は、やがて改められる。

 ヴァレンティス王都中央銀行へと。
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