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25話|格は数字では測れませんわ
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25話|格は数字では測れませんわ
ヴァレンティス王都中央銀行の改称が正式に告示された翌朝、王都は静かなざわめきに包まれていた。
街路に貼り出された公告を、商人たちは立ち止まって読み、貴族の屋敷では使用人が主人に小声で報告する。新聞の見出しはどれも控えめだが、その行間に滲むのは同じ一文だった。
銀行が変わった。
否。
正確には、銀行を「使う側」の常識が変わったのだ。
シグネア・ヴァレンティス侯爵は、その朝もいつも通り、屋敷の書斎で紅茶を口にしていた。机の上に積まれた書類は、銀行内部の人事案、取引先の再整理、そして新たに設ける評価規定の草案である。
テイクアが一枚の報告書を差し出した。
「旧経営陣が接触してきました。数名は、再雇用を望んでいます」
シグネアは紅茶を置き、ちらりと視線を向ける。
「そうですの。で?」
「条件付きでの助言役、という名目でした」
シグネアは、わずかに唇の端を上げた。
「不要ですわ」
即答だった。
「助言が必要なほどの人格なら、最初から席を失っておりませんもの」
テイクアは何も言わず、報告書を下げる。
その沈黙が、この屋敷では最も雄弁だった。
同じ頃、銀行の窓口では、若い行員たちが緊張した面持ちで応対にあたっていた。
だが、混乱は起きていない。むしろ逆だ。
「融資条件が明確になった」 「判断が早い」 「理由を説明してくれる」
そうした声が、取引先から静かに広がっていた。
ある商会の主は、応接室で行員から告げられた一言に目を見張った。
「今回の融資は見送らせていただきます」
落胆しかけた彼に、行員は続ける。
「理由は三点です。第一に返済計画の根拠が弱い。第二に取引履歴の一貫性がない。第三に、説明の中で虚偽が見受けられました」
冷たい言葉ではない。
だが、逃げ場もない。
「改善案はこちらです。次回、条件を満たしていれば再検討いたします」
商会主は、黙って頭を下げた。
以前の銀行なら、袖の下か、貴族の名でねじ込めた話だ。
だが今は違う。
評価されているのは、信用だ。
その日の午後、王都の貴族たちの集まる茶会でも、話題は一つだった。
「銀行が妙に厳しくなったそうね」 「ええ、でも変に理不尽ではないとか」 「人格を見ている、なんて噂もあるわ」
誰かが苦笑する。
「冗談でしょう。銀行が人を選ぶなんて」
その言葉に、別の貴族が静かに返した。
「選ばれる側が、慣れていないだけよ」
その場にいた誰もが、シグネアの名を口にしなかった。
だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。
夕刻。
シグネアは再び書斎に戻り、若い行員たちからの初日の報告に目を通していた。
数字は、派手ではない。
だが、どれも無理がない。
「短期的な利益は、抑えられています」
テイクアが言う。
「ええ。構いませんわ」
シグネアは淡々と答えた。
「格は、短期では育ちませんもの」
そして、ふと視線を上げる。
「それに」
わずかな間を置き、言葉を継いだ。
「選ばれない者が去るのは、損失ではありません。整理ですわ」
窓の外では、夕陽が王都を赤く染めていた。
その光は、古い価値観を照らし出し、同時に影を落とす。
シグネアは椅子にもたれ、静かに目を細めた。
「数字は、嘘をつきます。でも」
紅茶を一口。
「人格は、必ず行動に出ますの」
その言葉には、確信があった。
この銀行は、もう噂や格式に振り回されない。
そして、ここから先、振り回されるのは周囲のほうだ。
王都の金融は、まだ大きくは動いていない。
だが、確実に歯車は噛み合い始めていた。
シグネア・ヴァレンティス侯爵は、その中心で、何も急がず、何も誤らず、ただ次の案件に目を向ける。
格は、数字では測れない。
それを理解できない者から、自然と退場していく。
それだけの話だった。
ヴァレンティス王都中央銀行の改称が正式に告示された翌朝、王都は静かなざわめきに包まれていた。
街路に貼り出された公告を、商人たちは立ち止まって読み、貴族の屋敷では使用人が主人に小声で報告する。新聞の見出しはどれも控えめだが、その行間に滲むのは同じ一文だった。
銀行が変わった。
否。
正確には、銀行を「使う側」の常識が変わったのだ。
シグネア・ヴァレンティス侯爵は、その朝もいつも通り、屋敷の書斎で紅茶を口にしていた。机の上に積まれた書類は、銀行内部の人事案、取引先の再整理、そして新たに設ける評価規定の草案である。
テイクアが一枚の報告書を差し出した。
「旧経営陣が接触してきました。数名は、再雇用を望んでいます」
シグネアは紅茶を置き、ちらりと視線を向ける。
「そうですの。で?」
「条件付きでの助言役、という名目でした」
シグネアは、わずかに唇の端を上げた。
「不要ですわ」
即答だった。
「助言が必要なほどの人格なら、最初から席を失っておりませんもの」
テイクアは何も言わず、報告書を下げる。
その沈黙が、この屋敷では最も雄弁だった。
同じ頃、銀行の窓口では、若い行員たちが緊張した面持ちで応対にあたっていた。
だが、混乱は起きていない。むしろ逆だ。
「融資条件が明確になった」 「判断が早い」 「理由を説明してくれる」
そうした声が、取引先から静かに広がっていた。
ある商会の主は、応接室で行員から告げられた一言に目を見張った。
「今回の融資は見送らせていただきます」
落胆しかけた彼に、行員は続ける。
「理由は三点です。第一に返済計画の根拠が弱い。第二に取引履歴の一貫性がない。第三に、説明の中で虚偽が見受けられました」
冷たい言葉ではない。
だが、逃げ場もない。
「改善案はこちらです。次回、条件を満たしていれば再検討いたします」
商会主は、黙って頭を下げた。
以前の銀行なら、袖の下か、貴族の名でねじ込めた話だ。
だが今は違う。
評価されているのは、信用だ。
その日の午後、王都の貴族たちの集まる茶会でも、話題は一つだった。
「銀行が妙に厳しくなったそうね」 「ええ、でも変に理不尽ではないとか」 「人格を見ている、なんて噂もあるわ」
誰かが苦笑する。
「冗談でしょう。銀行が人を選ぶなんて」
その言葉に、別の貴族が静かに返した。
「選ばれる側が、慣れていないだけよ」
その場にいた誰もが、シグネアの名を口にしなかった。
だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。
夕刻。
シグネアは再び書斎に戻り、若い行員たちからの初日の報告に目を通していた。
数字は、派手ではない。
だが、どれも無理がない。
「短期的な利益は、抑えられています」
テイクアが言う。
「ええ。構いませんわ」
シグネアは淡々と答えた。
「格は、短期では育ちませんもの」
そして、ふと視線を上げる。
「それに」
わずかな間を置き、言葉を継いだ。
「選ばれない者が去るのは、損失ではありません。整理ですわ」
窓の外では、夕陽が王都を赤く染めていた。
その光は、古い価値観を照らし出し、同時に影を落とす。
シグネアは椅子にもたれ、静かに目を細めた。
「数字は、嘘をつきます。でも」
紅茶を一口。
「人格は、必ず行動に出ますの」
その言葉には、確信があった。
この銀行は、もう噂や格式に振り回されない。
そして、ここから先、振り回されるのは周囲のほうだ。
王都の金融は、まだ大きくは動いていない。
だが、確実に歯車は噛み合い始めていた。
シグネア・ヴァレンティス侯爵は、その中心で、何も急がず、何も誤らず、ただ次の案件に目を向ける。
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