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27話|そのための役職ですわ
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27話|そのための役職ですわ
王都の中心にそびえる重厚な建物は、外観こそ以前と変わらぬ威容を保っていたが、内側の空気はまるで別物になっていた。
ヴァレンティス王都中央銀行――その名が示す通り、もはや「格式」だけを売りにする古びた箱ではない。人が動き、判断が流れ、責任がはっきりと所在する、機能する組織へと変貌していた。
執務室の一角で、テイクアは書類を整えながら周囲を見回した。
若い行員たちが、以前のように上役の顔色をうかがうことなく、それぞれの持ち場で忙しなく動いている。声は低く、だが無駄がない。指示は端的で、判断は速い。
「……随分と、変わりましたね」
ぽつりと漏れたその言葉に、隣にいた新頭取が小さくうなずいた。
彼はまだ若い。だが、その眼差しには怯えも驕りもない。自分の職責を正確に理解している者の目だった。
「変わらなければ、意味がありませんから」
その言葉を聞き、テイクアは一瞬だけ微笑む。
だが、すぐに疑問が浮かんだ。
「それにしても……」
彼女は声を落とし、周囲に聞こえないように言った。
「お嬢様が、最近まったく銀行に姿を見せられません。買収直後はともかく、これほど距離を置かれるとは……」
新頭取は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに首を横に振った。
「いいえ。それで正しいのです」
「……正しい、ですか?」
「はい。シグネア様は、銀行を“動かす人”ではありません。動く仕組みを作った人です」
テイクアは、その言葉の意味を噛みしめるように沈黙した。
数日後。
形式的な報告の場として設けられた応接室に、シグネア・ヴァレンティス侯爵は静かに姿を現した。
豪奢な調度品に囲まれながらも、彼女の立ち姿は過度に飾らない。視線は鋭く、だが感情は一切乗せていない。
頭取が簡潔に業務報告を終えると、シグネアは一度だけうなずいた。
「よろしいですわ」
それだけだった。
追加の指示も、細かな注文もない。
思わず、年配の役員の一人が恐る恐る口を挟む。
「……あの、侯爵様。今後の運営方針について、さらにご指示をいただければ――」
その瞬間、室内の空気がぴんと張り詰めた。
シグネアは、ゆっくりとその役員に視線を向ける。
「私が毎日、細々と口を出すのであれば」
淡々とした声が響く。
「頭取など、最初から不要ですわ」
役員は息を詰まらせた。
「判断は現場がなさること」
「責任は、その判断を下した役職が負うこと」
「私は――方向を決めるだけです」
それは冷たい宣言ではなかった。
むしろ、極めて合理的で、そして残酷なまでに公平な線引きだった。
シグネアは、わずかに顎を上げる。
「任せるために、指名したのですもの」
そして、はっきりと告げる。
「これは、飾りの地位ではありませんわ。
そのための役職です」
その言葉は、頭取だけでなく、その場にいる全員に突き刺さった。
期待でも、信頼でもない。
責任そのものを、与えられたのだと。
沈黙の中、シグネアは立ち上がる。
「以上ですわ。後は、あなた方のお仕事です」
それだけを残し、彼女は振り返らずに部屋を後にした。
扉が閉まった後、しばらく誰も動けなかった。
やがて、頭取が小さく息を吐く。
「……背負わされましたね」
テイクアは静かに答えた。
「いいえ。背負わせていただいた、です」
銀行は、誰かの威光に縋る場所ではなくなった。
シグネアの名を掲げながらも、彼女に寄りかかることは許されない。
それが、この銀行の“格”だった。
その頃、当の本人はというと、馬車の中でゆったりと背もたれに身を預けていた。
「ずいぶん、あっさりなさっていましたね」
テイクアの言葉に、シグネアは小さく口角を上げる。
「当然ですわ。いつまでも私が前に出ていては、育つものも育ちませんもの」
そして、どこか楽しげに言い放つ。
「支配とは、手を動かすことではありませんのよ」
窓の外を流れる王都の街並みを眺めながら、彼女は続けた。
「動くべき者が、正しく動ける場所を用意することですわ」
それこそが、彼女のやり方。
だからこそ――彼女は忙しい。
馬車がゆっくりと走り去る中、
ヴァレンティス王都中央銀行は、今日も自律的に回り続けていた。
王都の中心にそびえる重厚な建物は、外観こそ以前と変わらぬ威容を保っていたが、内側の空気はまるで別物になっていた。
ヴァレンティス王都中央銀行――その名が示す通り、もはや「格式」だけを売りにする古びた箱ではない。人が動き、判断が流れ、責任がはっきりと所在する、機能する組織へと変貌していた。
執務室の一角で、テイクアは書類を整えながら周囲を見回した。
若い行員たちが、以前のように上役の顔色をうかがうことなく、それぞれの持ち場で忙しなく動いている。声は低く、だが無駄がない。指示は端的で、判断は速い。
「……随分と、変わりましたね」
ぽつりと漏れたその言葉に、隣にいた新頭取が小さくうなずいた。
彼はまだ若い。だが、その眼差しには怯えも驕りもない。自分の職責を正確に理解している者の目だった。
「変わらなければ、意味がありませんから」
その言葉を聞き、テイクアは一瞬だけ微笑む。
だが、すぐに疑問が浮かんだ。
「それにしても……」
彼女は声を落とし、周囲に聞こえないように言った。
「お嬢様が、最近まったく銀行に姿を見せられません。買収直後はともかく、これほど距離を置かれるとは……」
新頭取は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに首を横に振った。
「いいえ。それで正しいのです」
「……正しい、ですか?」
「はい。シグネア様は、銀行を“動かす人”ではありません。動く仕組みを作った人です」
テイクアは、その言葉の意味を噛みしめるように沈黙した。
数日後。
形式的な報告の場として設けられた応接室に、シグネア・ヴァレンティス侯爵は静かに姿を現した。
豪奢な調度品に囲まれながらも、彼女の立ち姿は過度に飾らない。視線は鋭く、だが感情は一切乗せていない。
頭取が簡潔に業務報告を終えると、シグネアは一度だけうなずいた。
「よろしいですわ」
それだけだった。
追加の指示も、細かな注文もない。
思わず、年配の役員の一人が恐る恐る口を挟む。
「……あの、侯爵様。今後の運営方針について、さらにご指示をいただければ――」
その瞬間、室内の空気がぴんと張り詰めた。
シグネアは、ゆっくりとその役員に視線を向ける。
「私が毎日、細々と口を出すのであれば」
淡々とした声が響く。
「頭取など、最初から不要ですわ」
役員は息を詰まらせた。
「判断は現場がなさること」
「責任は、その判断を下した役職が負うこと」
「私は――方向を決めるだけです」
それは冷たい宣言ではなかった。
むしろ、極めて合理的で、そして残酷なまでに公平な線引きだった。
シグネアは、わずかに顎を上げる。
「任せるために、指名したのですもの」
そして、はっきりと告げる。
「これは、飾りの地位ではありませんわ。
そのための役職です」
その言葉は、頭取だけでなく、その場にいる全員に突き刺さった。
期待でも、信頼でもない。
責任そのものを、与えられたのだと。
沈黙の中、シグネアは立ち上がる。
「以上ですわ。後は、あなた方のお仕事です」
それだけを残し、彼女は振り返らずに部屋を後にした。
扉が閉まった後、しばらく誰も動けなかった。
やがて、頭取が小さく息を吐く。
「……背負わされましたね」
テイクアは静かに答えた。
「いいえ。背負わせていただいた、です」
銀行は、誰かの威光に縋る場所ではなくなった。
シグネアの名を掲げながらも、彼女に寄りかかることは許されない。
それが、この銀行の“格”だった。
その頃、当の本人はというと、馬車の中でゆったりと背もたれに身を預けていた。
「ずいぶん、あっさりなさっていましたね」
テイクアの言葉に、シグネアは小さく口角を上げる。
「当然ですわ。いつまでも私が前に出ていては、育つものも育ちませんもの」
そして、どこか楽しげに言い放つ。
「支配とは、手を動かすことではありませんのよ」
窓の外を流れる王都の街並みを眺めながら、彼女は続けた。
「動くべき者が、正しく動ける場所を用意することですわ」
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