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29話|ズラかった女の噂話
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29話|ズラかった女の噂話
王都の午後は、今日も平和だった。
少なくとも、表向きは。
白いクロスのかかった円卓に、香り高い紅茶と菓子が並ぶ。
貴族令嬢たちの集う茶会は、いつだって優雅で、いつだって残酷だ。
「……そういえば」
ふと、一人の令嬢が首を傾げた。
「最近、ルーマー様をお見かけしませんわね?」
その一言で、空気がわずかに揺れた。
ざわり、と。
待っていた言葉が来た、と言わんばかりに。
「それ、わたくしも思っておりましたわ」
「確かに……最近まったく姿を見ませんわね」
「最後に見たのは、いつでしたかしら?」
誰かが扇子で口元を隠しながら、楽しげに目を細める。
「三ヶ月ほど前では?」
「いえ、もっと前ですわ」
「そもそも、あの方、急に現れて、急に消える方でしたもの」
くすり、と誰かが笑った。
「噂を運ぶのは早かったですけれど、ご本人がいなくなるのは、もっと早かったですわね」
その言葉に、数人が吹き出す。
「――聞きました?」
声を潜めた令嬢が、わざとらしく周囲を見回す。
「国外にズラかった、ですって」
「まあ!」
「ズラかった、ですって?」
「ええ、そう。
しかも、かなり慌ててトンズラしたらしいですわ」
途端に、笑いが広がった。
「トンズラ、ですって」
「言い方が、あまりにも的確ですわね」
「何があったのかしら?」
その問いに、別の令嬢が即座に答える。
「決まっているでしょう?」
声を落とし、意味ありげに。
「――婚約者にされそうになったから、逃げ出したのですわ」
「まあ!!」
一斉に、感嘆と笑いが混じった声が上がる。
「プロフィット様に?」
「ええ、そのプロフィット様に」
「それは……ズラかりますわね」
誰かが紅茶を吹きそうになり、慌てて口元を押さえる。
「聞いた話では、
正式に婚約の話を進めたい、と言われた途端――」
「その場では笑顔で頷いたそうですわ」
「ですが、その日の夜には荷造りを始めていたとか」
「翌朝には、もう王都にいなかった、と」
「まあ、用意周到ですこと」
「危機察知能力だけは、立派でしたわね」
皮肉たっぷりの言葉に、また笑いが起こる。
「無能ぶりに呆れて愛想を尽かした、という話もありますわ」
「ええ、
『これ以上関わったら巻き込まれる』と判断したそうです」
「自分が巻き込まれる噂は嫌だったのでしょうね」
「噂を流すのは好きでも、
自分が噂の中心になるのは御免、ですもの」
誰かが肩をすくめる。
「結局、
プロフィット様の婚約者になる未来が見えた瞬間――
これは無理、と判断して、トンズラ」
「国外にズラかった」
「消息不明」
「行き先も不明」
一つ一つ、噂が積み重なっていくが、どれも致命的ではない。
ただ、軽い。
驚くほど、軽い。
「でも、考えてみれば……」
少し年上の令嬢が、穏やかに言った。
「正しい判断だったのかもしれませんわね」
「ええ」
「少なくとも、
あの状況でプロフィット様の婚約者になるのは……」
言葉を濁しながら、全員が同じ結論に辿り着く。
「……ご愁傷様、ですわ」
誰かがそう呟き、再び笑いが広がった。
そして、その笑いは、長く続かなかった。
次の話題。
次の噂。
次の“面白い人”。
ルーマー・イグザジェレイション伯爵令嬢の名前は、
その日を境に、急速に話題から消えていった。
噂を面白可笑しく拡散していた女は、
最後には――
「ズラかった女」
「トンズラした女」
「婚約者にされそうになって逃げた女」
その程度の呼び名しか残さなかった。
そして、誰も気にしなくなった。
噂とは、そういうものだ。
消費され、飽きられ、忘れ去られる。
王都の茶会は、今日も優雅に続いている。
王都の午後は、今日も平和だった。
少なくとも、表向きは。
白いクロスのかかった円卓に、香り高い紅茶と菓子が並ぶ。
貴族令嬢たちの集う茶会は、いつだって優雅で、いつだって残酷だ。
「……そういえば」
ふと、一人の令嬢が首を傾げた。
「最近、ルーマー様をお見かけしませんわね?」
その一言で、空気がわずかに揺れた。
ざわり、と。
待っていた言葉が来た、と言わんばかりに。
「それ、わたくしも思っておりましたわ」
「確かに……最近まったく姿を見ませんわね」
「最後に見たのは、いつでしたかしら?」
誰かが扇子で口元を隠しながら、楽しげに目を細める。
「三ヶ月ほど前では?」
「いえ、もっと前ですわ」
「そもそも、あの方、急に現れて、急に消える方でしたもの」
くすり、と誰かが笑った。
「噂を運ぶのは早かったですけれど、ご本人がいなくなるのは、もっと早かったですわね」
その言葉に、数人が吹き出す。
「――聞きました?」
声を潜めた令嬢が、わざとらしく周囲を見回す。
「国外にズラかった、ですって」
「まあ!」
「ズラかった、ですって?」
「ええ、そう。
しかも、かなり慌ててトンズラしたらしいですわ」
途端に、笑いが広がった。
「トンズラ、ですって」
「言い方が、あまりにも的確ですわね」
「何があったのかしら?」
その問いに、別の令嬢が即座に答える。
「決まっているでしょう?」
声を落とし、意味ありげに。
「――婚約者にされそうになったから、逃げ出したのですわ」
「まあ!!」
一斉に、感嘆と笑いが混じった声が上がる。
「プロフィット様に?」
「ええ、そのプロフィット様に」
「それは……ズラかりますわね」
誰かが紅茶を吹きそうになり、慌てて口元を押さえる。
「聞いた話では、
正式に婚約の話を進めたい、と言われた途端――」
「その場では笑顔で頷いたそうですわ」
「ですが、その日の夜には荷造りを始めていたとか」
「翌朝には、もう王都にいなかった、と」
「まあ、用意周到ですこと」
「危機察知能力だけは、立派でしたわね」
皮肉たっぷりの言葉に、また笑いが起こる。
「無能ぶりに呆れて愛想を尽かした、という話もありますわ」
「ええ、
『これ以上関わったら巻き込まれる』と判断したそうです」
「自分が巻き込まれる噂は嫌だったのでしょうね」
「噂を流すのは好きでも、
自分が噂の中心になるのは御免、ですもの」
誰かが肩をすくめる。
「結局、
プロフィット様の婚約者になる未来が見えた瞬間――
これは無理、と判断して、トンズラ」
「国外にズラかった」
「消息不明」
「行き先も不明」
一つ一つ、噂が積み重なっていくが、どれも致命的ではない。
ただ、軽い。
驚くほど、軽い。
「でも、考えてみれば……」
少し年上の令嬢が、穏やかに言った。
「正しい判断だったのかもしれませんわね」
「ええ」
「少なくとも、
あの状況でプロフィット様の婚約者になるのは……」
言葉を濁しながら、全員が同じ結論に辿り着く。
「……ご愁傷様、ですわ」
誰かがそう呟き、再び笑いが広がった。
そして、その笑いは、長く続かなかった。
次の話題。
次の噂。
次の“面白い人”。
ルーマー・イグザジェレイション伯爵令嬢の名前は、
その日を境に、急速に話題から消えていった。
噂を面白可笑しく拡散していた女は、
最後には――
「ズラかった女」
「トンズラした女」
「婚約者にされそうになって逃げた女」
その程度の呼び名しか残さなかった。
そして、誰も気にしなくなった。
噂とは、そういうものだ。
消費され、飽きられ、忘れ去られる。
王都の茶会は、今日も優雅に続いている。
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