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30話|悪役令嬢は今日も高笑い
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30話|悪役令嬢は今日も高笑い
執務室の窓から差し込む午後の光は、柔らかくもあり、同時に王都特有の乾いた埃を含んでいた。
シグネア・ヴァレンティス侯爵は、机に向かったまま書類に目を通し、最後の一枚を置くと静かに息を吐いた。
「……以上ですわね」
声に感慨はない。ただ一つの仕事を終えた、というだけの調子だった。
テイクアが一歩前に出る。
「本日分の報告は以上でございます。なお――」
一瞬、言葉を区切り、事務的な声音のまま続けた。
「アンドロス公爵より、書状が届いております」
「そう」
それだけ返すと、シグネアは書状を受け取った。
封を切り、流れるように読み進める。
愚息が引き起こした混乱への謝罪。
領民や使用人への救済に手を尽くしたことへの礼。
監督不届きであったことへの自身の非。
次期公爵としての適性欠如を知る機会となったことへの感謝と謝罪。
一方的な婚約破棄、ならびに婚約者にしてしまったことへの謝罪。
今後、愚息が外部に迷惑をかけぬよう行動を制限するという報告。
どれも、形式としては完璧だった。
シグネアは書状を折りたたみ、机の端へと置いた。
「過去の一場面の後始末にすぎませんわね」
それ以上、何の評価も加えない。
テイクアは当然のように次の報告へ移った。
「補足として。プロフィット様は現在、公爵様より厳しく叱責され、身分を問わず一使用人と同様の扱いで修行を課されているとのことです」
「……」
一拍。
「他家の家族事情に、興味はありませんわ」
それで終わりだった。
その名が再び話題に上ることはなかった。
執務室には、静寂が戻る。
だが、それも束の間だった。
「そういえば――」
テイクアが思い出したように言う。
「先日、ドレスを発注した新規の商人より、贈り物が届いております」
「贈り物?」
「こちらのドレスでございます」
差し出された箱を開けた瞬間、空気が変わった。
上質な布地。完璧な裁断。色味も装飾も、シグネアの好みを正確に突いている。
「これは……素晴らしいドレスですわ」
一瞬、純粋な感嘆が漏れた。
だが、次の瞬間には表情が変わる。
「ですが……賄賂ですわね」
断定だった。
「自由競争を推奨していると、あれほど明言しましたのに」
静かに、しかし冷たく。
「贈り物で優位を取ろうとする行為は、自由競争の障害でしかありませんわ。賄賂合戦になれば、それは過当競争。もはや健全な市場ではありません」
ドレスから視線を離し、命じる。
「このドレスの対価を算定して送りなさい。そして――」
一瞬の間。
「その商人は、今後、我が家への出入りを禁止します」
「承知いたしました」
テイクアは一切の感情を交えず、淡々と受けた。
再び、机の上に書類が積まれる。
「各関係団体より、今月の収益が計上されております」
分厚い書類の束を差し出され、シグネアはそれを受け取った。
一枚一枚を精査することはしない。
必要な数字だけを拾い、全体像を即座に把握する。
「……こちらの施設と、こちらの団体に寄付を」
迷いのない指示。
「そちらは、先週すでに寄付を送っておりますが」
「……そうでしたわね」
ほんの一瞬、考える素振りを見せてから、肩をすくめる。
「困りましたわ……」
そして、ぽつりと。
「お金がありすぎて……」
次の瞬間。
「オーッホッホッホッホッホ!」
抑制も品位も保ったまま、しかし疑いようもなく“悪役令嬢”の高笑いが、執務室に響き渡る。
テイクアは表情一つ変えず、確認する。
「調整先を再検討いたしますか」
「ええ。使い道を考えるのも、統治の一部ですもの」
シグネアは笑みを浮かべたまま、新たな書類へと手を伸ばした。
噂は風化した。
無能は排除された。
市場は整理され、秩序は再設計された。
残ったのは、結果だけ。
悪役令嬢は今日も忙しい。
そして――金は、今日も増え続けている。
オーッホッホッホッホッホ。
執務室の窓から差し込む午後の光は、柔らかくもあり、同時に王都特有の乾いた埃を含んでいた。
シグネア・ヴァレンティス侯爵は、机に向かったまま書類に目を通し、最後の一枚を置くと静かに息を吐いた。
「……以上ですわね」
声に感慨はない。ただ一つの仕事を終えた、というだけの調子だった。
テイクアが一歩前に出る。
「本日分の報告は以上でございます。なお――」
一瞬、言葉を区切り、事務的な声音のまま続けた。
「アンドロス公爵より、書状が届いております」
「そう」
それだけ返すと、シグネアは書状を受け取った。
封を切り、流れるように読み進める。
愚息が引き起こした混乱への謝罪。
領民や使用人への救済に手を尽くしたことへの礼。
監督不届きであったことへの自身の非。
次期公爵としての適性欠如を知る機会となったことへの感謝と謝罪。
一方的な婚約破棄、ならびに婚約者にしてしまったことへの謝罪。
今後、愚息が外部に迷惑をかけぬよう行動を制限するという報告。
どれも、形式としては完璧だった。
シグネアは書状を折りたたみ、机の端へと置いた。
「過去の一場面の後始末にすぎませんわね」
それ以上、何の評価も加えない。
テイクアは当然のように次の報告へ移った。
「補足として。プロフィット様は現在、公爵様より厳しく叱責され、身分を問わず一使用人と同様の扱いで修行を課されているとのことです」
「……」
一拍。
「他家の家族事情に、興味はありませんわ」
それで終わりだった。
その名が再び話題に上ることはなかった。
執務室には、静寂が戻る。
だが、それも束の間だった。
「そういえば――」
テイクアが思い出したように言う。
「先日、ドレスを発注した新規の商人より、贈り物が届いております」
「贈り物?」
「こちらのドレスでございます」
差し出された箱を開けた瞬間、空気が変わった。
上質な布地。完璧な裁断。色味も装飾も、シグネアの好みを正確に突いている。
「これは……素晴らしいドレスですわ」
一瞬、純粋な感嘆が漏れた。
だが、次の瞬間には表情が変わる。
「ですが……賄賂ですわね」
断定だった。
「自由競争を推奨していると、あれほど明言しましたのに」
静かに、しかし冷たく。
「贈り物で優位を取ろうとする行為は、自由競争の障害でしかありませんわ。賄賂合戦になれば、それは過当競争。もはや健全な市場ではありません」
ドレスから視線を離し、命じる。
「このドレスの対価を算定して送りなさい。そして――」
一瞬の間。
「その商人は、今後、我が家への出入りを禁止します」
「承知いたしました」
テイクアは一切の感情を交えず、淡々と受けた。
再び、机の上に書類が積まれる。
「各関係団体より、今月の収益が計上されております」
分厚い書類の束を差し出され、シグネアはそれを受け取った。
一枚一枚を精査することはしない。
必要な数字だけを拾い、全体像を即座に把握する。
「……こちらの施設と、こちらの団体に寄付を」
迷いのない指示。
「そちらは、先週すでに寄付を送っておりますが」
「……そうでしたわね」
ほんの一瞬、考える素振りを見せてから、肩をすくめる。
「困りましたわ……」
そして、ぽつりと。
「お金がありすぎて……」
次の瞬間。
「オーッホッホッホッホッホ!」
抑制も品位も保ったまま、しかし疑いようもなく“悪役令嬢”の高笑いが、執務室に響き渡る。
テイクアは表情一つ変えず、確認する。
「調整先を再検討いたしますか」
「ええ。使い道を考えるのも、統治の一部ですもの」
シグネアは笑みを浮かべたまま、新たな書類へと手を伸ばした。
噂は風化した。
無能は排除された。
市場は整理され、秩序は再設計された。
残ったのは、結果だけ。
悪役令嬢は今日も忙しい。
そして――金は、今日も増え続けている。
オーッホッホッホッホッホ。
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