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39話 引き継がれた朝
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39話 引き継がれた朝
王都の朝は、いつもと変わらず始まった。
鐘が鳴り、役所が開き、人々が動き出す。
特別な式典も、発表もない。
だが、この日は――
確かに一つの節目だった。
午前。
私は王宮ではなく、執務棟の小会議室にいた。
集まっているのは、
これまで実務の中心を担ってきた官僚たちと、
新たに主担当となる数名。
「今日から、一部の案件については、
私を通さず処理してください」
室内が、わずかにざわめく。
「判断基準は、すでに共有済みです」
「迷った場合のみ、相談を受けます」
それは、撤退ではない。
一段、後ろに下がるという宣言だった。
「……ロザリー様」
年配の官僚が、慎重に言葉を選ぶ。
「それは、
ご自身の負担を減らすためでしょうか」
「いいえ」
私は、首を振る。
「皆さんの負担を、
将来も減らし続けるためです」
誰か一人が前に立つ体制は、
短期的には安定する。
だが、長くはもたない。
「今日、私が不在でも」
「明日、誰かが欠けても」
視線を巡らせ、告げる。
「この部屋にいる全員が、
“いつも通り”仕事を終えられるように」
沈黙のあと、
小さく頷きが広がっていく。
午後。
実際に、私を通さない決裁がいくつも回り始めた。
「この案件、主担当判断で進めます」
「承知しました。記録はこちらに」
私は、報告を受けるだけ。
口出しはしない。
不安がなかったわけではない。
だが、混乱は起きなかった。
判断は適切で、
手順も守られている。
「……問題なし、ですわね」
それは確認であり、
安堵でもあった。
同じ頃。
旧離宮。
エドワードは、執務机に置かれた報告書を眺めていた。
そこには、
ロザリーの署名がない案件が増えている。
「……もう、
彼女が前に立たなくてもいい段階か」
かつての自分は、
前に立ち続けることでしか、
存在価値を見いだせなかった。
だが、彼女は違う。
「……引き継ぐ、というのは」
力を渡すことではない。
不要になる準備を、完成させることだ。
その事実を、
彼は今さらながら理解する。
夜。
私は屋敷の書斎で、
今日の進捗を静かに振り返っていた。
大きな問題は、ない。
修正が必要な点も、軽微。
ペンを置き、深く息を吐く。
「……大丈夫そうですわ」
誰かに頼られなくなることは、
少しだけ、寂しい。
だがそれ以上に、
誇らしい。
この国は、
もう私の判断を必要としない。
それでも、私はここにいる。
必要なときに、
必要な距離で。
それでいい。
引き継がれたのは、地位ではない。
判断の仕方と、責任の取り方だ。
窓の外。
王都の灯りが、一つ、また一つと消えていく。
誰も気づかないまま、
確実に時代は進んでいる。
そして私は、静かに確信する。
――もう、この国は、
誰かの失敗を“個人のせい”にしなくていい。
その朝は、
確かに引き継がれた。
音もなく、
だが、決して戻らない形で。
王都の朝は、いつもと変わらず始まった。
鐘が鳴り、役所が開き、人々が動き出す。
特別な式典も、発表もない。
だが、この日は――
確かに一つの節目だった。
午前。
私は王宮ではなく、執務棟の小会議室にいた。
集まっているのは、
これまで実務の中心を担ってきた官僚たちと、
新たに主担当となる数名。
「今日から、一部の案件については、
私を通さず処理してください」
室内が、わずかにざわめく。
「判断基準は、すでに共有済みです」
「迷った場合のみ、相談を受けます」
それは、撤退ではない。
一段、後ろに下がるという宣言だった。
「……ロザリー様」
年配の官僚が、慎重に言葉を選ぶ。
「それは、
ご自身の負担を減らすためでしょうか」
「いいえ」
私は、首を振る。
「皆さんの負担を、
将来も減らし続けるためです」
誰か一人が前に立つ体制は、
短期的には安定する。
だが、長くはもたない。
「今日、私が不在でも」
「明日、誰かが欠けても」
視線を巡らせ、告げる。
「この部屋にいる全員が、
“いつも通り”仕事を終えられるように」
沈黙のあと、
小さく頷きが広がっていく。
午後。
実際に、私を通さない決裁がいくつも回り始めた。
「この案件、主担当判断で進めます」
「承知しました。記録はこちらに」
私は、報告を受けるだけ。
口出しはしない。
不安がなかったわけではない。
だが、混乱は起きなかった。
判断は適切で、
手順も守られている。
「……問題なし、ですわね」
それは確認であり、
安堵でもあった。
同じ頃。
旧離宮。
エドワードは、執務机に置かれた報告書を眺めていた。
そこには、
ロザリーの署名がない案件が増えている。
「……もう、
彼女が前に立たなくてもいい段階か」
かつての自分は、
前に立ち続けることでしか、
存在価値を見いだせなかった。
だが、彼女は違う。
「……引き継ぐ、というのは」
力を渡すことではない。
不要になる準備を、完成させることだ。
その事実を、
彼は今さらながら理解する。
夜。
私は屋敷の書斎で、
今日の進捗を静かに振り返っていた。
大きな問題は、ない。
修正が必要な点も、軽微。
ペンを置き、深く息を吐く。
「……大丈夫そうですわ」
誰かに頼られなくなることは、
少しだけ、寂しい。
だがそれ以上に、
誇らしい。
この国は、
もう私の判断を必要としない。
それでも、私はここにいる。
必要なときに、
必要な距離で。
それでいい。
引き継がれたのは、地位ではない。
判断の仕方と、責任の取り方だ。
窓の外。
王都の灯りが、一つ、また一つと消えていく。
誰も気づかないまま、
確実に時代は進んでいる。
そして私は、静かに確信する。
――もう、この国は、
誰かの失敗を“個人のせい”にしなくていい。
その朝は、
確かに引き継がれた。
音もなく、
だが、決して戻らない形で。
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