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第9話 対等ではない再会
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第9話 対等ではない再会
王宮の迎賓用回廊は、久しぶりに使われることになった。
磨き上げられた床に映る天井画は相変わらず華やかだが、そこに立つ文官や侍従たちの表情は、どこか緊張に満ちている。
エレノア・フォン・ヴァイスが王宮の門をくぐったのは、約束の刻より少し早い時間だった。
派手な装いではない。けれど、無駄のないドレスと落ち着いた所作は、彼女が「呼び戻された存在」ではなく、「招かれた客」であることをはっきりと示していた。
(懐かしい……けれど、戻りたい場所ではありませんわね)
回廊を進むにつれ、かつて見慣れた顔ぶれが視界に入る。
文官たちは、彼女に気づくと一瞬動きを止め、慌てて頭を下げた。
「……お久しぶりでございます、エレノア様」
「ええ。お変わりありませんか」
その返答は穏やかだったが、距離は保たれている。
彼女は、もう王宮の一員ではないのだ。
案内されたのは、執務室ではなく、小さな応接室だった。
公式の会談ではない。その事実が、部屋の選択に表れている。
ほどなくして、扉が開いた。
「……来てくれて、ありがとう」
王太子アルベルトが入ってくる。
以前よりも、明らかに疲れた表情をしていた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
エレノアは、形式通りに一礼する。
かつての婚約者としてではなく、ただの公爵令嬢として。
向かい合って座ると、短い沈黙が落ちた。
先に口を開いたのは、アルベルトだった。
「……王宮は、混乱している」
それは、率直な言葉だった。
「承知しておりますわ」
エレノアは、淡々と答える。
「書類の整理も、裁定も、外交も……うまく回らない。皆、不安を抱えている」
「それは、大変ですわね」
同情はない。ただ、事実を受け取っただけの声。
アルベルトは、唇を噛みしめる。
「君がいなくなってから、初めて分かった」
「何が、でしょうか」
「……どれほど、多くのことを任せていたかだ」
ようやく出た言葉だった。
だが、エレノアの表情は変わらない。
「それは、評価のお言葉として受け取ってよろしいのかしら」
「もちろんだ。私は――」
言いかけて、アルベルトは言葉を探す。
「助言が欲しい。以前のように、支えてほしい」
その瞬間、エレノアはゆっくりと首を傾げた。
「殿下」
静かな声だった。
「以前のように、とは?」
アルベルトは、はっとする。
「私はもう、殿下の婚約者ではありません。王太子妃候補でもない。王宮の役目を担う立場でもありません」
「……分かっている」
「いいえ。分かっていらっしゃらないと思いますわ」
エレノアは、穏やかな微笑みを浮かべたまま続ける。
「殿下は、“以前の便利さ”を求めていらっしゃるだけです」
その言葉は、柔らかいが鋭かった。
「私は、役目として支えていたのです。善意でも、好意でもありません」
アルベルトは、何も言えずに俯いた。
「婚約を解消した時点で、その役目は終わりました」
「……それでも」
「それでも、ではありませんわ」
エレノアは、はっきりと言った。
「今の私は、助言する義務も、責任も負っておりません」
沈黙が、部屋を満たす。
アルベルトは、初めて“対等ではない”ことを実感していた。
かつては、彼が立場の上にいた。
今は違う。
「では……私は、どうすればいい」
弱々しい問いだった。
エレノアは、少しだけ考える素振りを見せてから答える。
「殿下が、ご自身で考えるしかありませんわ」
「冷たいな」
「いいえ。正直なだけです」
彼女は、静かに立ち上がった。
「お話は、以上ですか」
「……ああ」
アルベルトは、引き留める言葉を見つけられなかった。
エレノアは一礼し、扉へ向かう。
その背中に、アルベルトは声をかけた。
「……君は、戻らないのか」
エレノアは、足を止める。
「戻る理由が、ありませんもの」
振り返らずに、そう告げた。
応接室の扉が閉まり、アルベルトは一人残される。
(対等では、なかったのか)
彼は、ようやく理解し始めていた。
自分は、支えられていた側だったのだと。
一方、王宮を出たエレノアは、深く息を吸った。
(これで、はっきりしましたわね)
もう、迷いはない。
助言を乞う声は、これからさらに増えるだろう。
だが、それに応じるかどうかを決めるのは、彼女自身だ。
再会は果たされた。
だがそれは、復縁でも、復帰でもない。
役目を終えた者と、役目に縋る者の、決定的な距離を示す再会だった。
王宮の迎賓用回廊は、久しぶりに使われることになった。
磨き上げられた床に映る天井画は相変わらず華やかだが、そこに立つ文官や侍従たちの表情は、どこか緊張に満ちている。
エレノア・フォン・ヴァイスが王宮の門をくぐったのは、約束の刻より少し早い時間だった。
派手な装いではない。けれど、無駄のないドレスと落ち着いた所作は、彼女が「呼び戻された存在」ではなく、「招かれた客」であることをはっきりと示していた。
(懐かしい……けれど、戻りたい場所ではありませんわね)
回廊を進むにつれ、かつて見慣れた顔ぶれが視界に入る。
文官たちは、彼女に気づくと一瞬動きを止め、慌てて頭を下げた。
「……お久しぶりでございます、エレノア様」
「ええ。お変わりありませんか」
その返答は穏やかだったが、距離は保たれている。
彼女は、もう王宮の一員ではないのだ。
案内されたのは、執務室ではなく、小さな応接室だった。
公式の会談ではない。その事実が、部屋の選択に表れている。
ほどなくして、扉が開いた。
「……来てくれて、ありがとう」
王太子アルベルトが入ってくる。
以前よりも、明らかに疲れた表情をしていた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
エレノアは、形式通りに一礼する。
かつての婚約者としてではなく、ただの公爵令嬢として。
向かい合って座ると、短い沈黙が落ちた。
先に口を開いたのは、アルベルトだった。
「……王宮は、混乱している」
それは、率直な言葉だった。
「承知しておりますわ」
エレノアは、淡々と答える。
「書類の整理も、裁定も、外交も……うまく回らない。皆、不安を抱えている」
「それは、大変ですわね」
同情はない。ただ、事実を受け取っただけの声。
アルベルトは、唇を噛みしめる。
「君がいなくなってから、初めて分かった」
「何が、でしょうか」
「……どれほど、多くのことを任せていたかだ」
ようやく出た言葉だった。
だが、エレノアの表情は変わらない。
「それは、評価のお言葉として受け取ってよろしいのかしら」
「もちろんだ。私は――」
言いかけて、アルベルトは言葉を探す。
「助言が欲しい。以前のように、支えてほしい」
その瞬間、エレノアはゆっくりと首を傾げた。
「殿下」
静かな声だった。
「以前のように、とは?」
アルベルトは、はっとする。
「私はもう、殿下の婚約者ではありません。王太子妃候補でもない。王宮の役目を担う立場でもありません」
「……分かっている」
「いいえ。分かっていらっしゃらないと思いますわ」
エレノアは、穏やかな微笑みを浮かべたまま続ける。
「殿下は、“以前の便利さ”を求めていらっしゃるだけです」
その言葉は、柔らかいが鋭かった。
「私は、役目として支えていたのです。善意でも、好意でもありません」
アルベルトは、何も言えずに俯いた。
「婚約を解消した時点で、その役目は終わりました」
「……それでも」
「それでも、ではありませんわ」
エレノアは、はっきりと言った。
「今の私は、助言する義務も、責任も負っておりません」
沈黙が、部屋を満たす。
アルベルトは、初めて“対等ではない”ことを実感していた。
かつては、彼が立場の上にいた。
今は違う。
「では……私は、どうすればいい」
弱々しい問いだった。
エレノアは、少しだけ考える素振りを見せてから答える。
「殿下が、ご自身で考えるしかありませんわ」
「冷たいな」
「いいえ。正直なだけです」
彼女は、静かに立ち上がった。
「お話は、以上ですか」
「……ああ」
アルベルトは、引き留める言葉を見つけられなかった。
エレノアは一礼し、扉へ向かう。
その背中に、アルベルトは声をかけた。
「……君は、戻らないのか」
エレノアは、足を止める。
「戻る理由が、ありませんもの」
振り返らずに、そう告げた。
応接室の扉が閉まり、アルベルトは一人残される。
(対等では、なかったのか)
彼は、ようやく理解し始めていた。
自分は、支えられていた側だったのだと。
一方、王宮を出たエレノアは、深く息を吸った。
(これで、はっきりしましたわね)
もう、迷いはない。
助言を乞う声は、これからさらに増えるだろう。
だが、それに応じるかどうかを決めるのは、彼女自身だ。
再会は果たされた。
だがそれは、復縁でも、復帰でもない。
役目を終えた者と、役目に縋る者の、決定的な距離を示す再会だった。
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