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第11話 責任の所在
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第11話 責任の所在
王宮の朝は、かつての規則正しさを失っていた。
鐘の音は鳴っても、人の動きが揃わない。文官たちはそれぞれの机に向かってはいるが、視線は落ち着かず、廊下では小声の相談が絶えなかった。
王太子アルベルトは、執務室の中央に立ち、集まった高官たちを見渡していた。
誰もが控えめに頭を下げているが、その態度には微妙な距離がある。
「……状況を、整理しよう」
アルベルトの声は低く、落ち着いていた。
それでも、場の緊張は解けない。
「まず、商会連合の投資凍結についてだ」
財務官が一歩前に出る。
「はい。現時点では、凍結は全面的なものではありません。ただし、王宮の意思決定体制が明確になるまで、新規案件はすべて保留とのことです」
「保留、か」
アルベルトは短く息を吐く。
「外交は?」
外務官が答える。
「隣国との交渉は停滞しております。先方は、我が国の返答を“慎重すぎる”と受け取っており……実質的には、不信感を示しています」
アルベルトは、目を閉じた。
(慎重すぎる、ではない。判断できていないのだ)
だが、それを口に出すことはできなかった。
「貴族院は?」
「次回会合にて、王太子殿下ご自身から、体制について説明を求める動きがございます」
その言葉に、室内の空気が一段と重くなる。
「……説明、か」
アルベルトは、机に手を置いた。
これまで、彼は“決断者”として振る舞ってきた。
だが今、問われているのは決断ではない。
――誰が、何を、どこまで担っているのか。
「一つ、はっきりさせねばならない」
アルベルトは、ゆっくりと顔を上げた。
「これまでの混乱について、責任の所在を曖昧にしたままでは、何も立て直せない」
側近たちが、息を呑む。
「……殿下」
年長の高官が、恐る恐る口を開いた。
「それは、つまり……」
「私だ」
アルベルトは、はっきりと言った。
「最終的な責任は、私にある」
その瞬間、室内が静まり返った。
誰もが、どこかで予想していた言葉。
しかし、実際に口にされると、その重みは違った。
「私は、決断だけをしていればよいと思っていた。だが、それは誤りだった」
アルベルトは、言葉を選びながら続ける。
「決断に至るまでの整理、調整、配慮……それらを誰かが担っていることを、当然だと思っていた」
誰も口を挟まない。
「その役目を、長く一人に任せていた」
名は出さない。
だが、誰もが理解している。
「そして、その役目がなくなった今、王宮は混乱している」
アルベルトは、深く一礼した。
「私の認識不足だ」
その姿に、文官の一人が思わず目を伏せた。
「殿下……」
「だから、体制を見直す」
アルベルトは、姿勢を正す。
「役割を明確にし、責任を分担する。誰か一人に頼る形は、もう終わりにする」
その宣言は、遅すぎたかもしれない。
だが、逃げるよりは、遥かに重い選択だった。
会議が終わった後、側近の一人が控えめに声をかける。
「殿下……エレノア様に、この件を……」
「伝える必要はない」
アルベルトは、即座に答えた。
「彼女は、もう関係ない」
その言葉には、悔しさと覚悟が混じっていた。
午後、アルベルトは貴族院へ向かう準備を進めていた。
説明責任を果たすためだ。
一方その頃、公爵家の屋敷では、エレノア・フォン・ヴァイスが静かに庭を歩いていた。
春の風が、花の香りを運んでくる。
(責任、ですか)
王宮から届いた報告の断片を思い出す。
アルベルトが、責任を認めたという話。
体制を見直すという話。
(……やっと、そこまで来ましたのね)
だが、胸に浮かぶのは安堵ではなかった。
(それでも、遅い)
彼女は、足を止める。
責任の所在を明らかにすることは、大切だ。
だが、それは“失ってから”行うものではない。
エレノアは、静かに空を見上げた。
自分が去ったことで、王宮はようやく、自分たちの足で立とうとしている。
それは、悪いことではない。
(私は……もう、役目を終えた)
彼女は、ゆっくりと歩き出す。
王宮では今、責任という言葉が、ようやく現実の意味を持ち始めていた。
だがそれは同時に、取り戻せないものが、確かに存在するという事実を示してもいた。
アルベルトは、初めて“責任を負う立場”として前に立つ。
エレノアは、責任から解放された立場として、前を向く。
その距離は、もう埋まらない。
王宮の朝は、かつての規則正しさを失っていた。
鐘の音は鳴っても、人の動きが揃わない。文官たちはそれぞれの机に向かってはいるが、視線は落ち着かず、廊下では小声の相談が絶えなかった。
王太子アルベルトは、執務室の中央に立ち、集まった高官たちを見渡していた。
誰もが控えめに頭を下げているが、その態度には微妙な距離がある。
「……状況を、整理しよう」
アルベルトの声は低く、落ち着いていた。
それでも、場の緊張は解けない。
「まず、商会連合の投資凍結についてだ」
財務官が一歩前に出る。
「はい。現時点では、凍結は全面的なものではありません。ただし、王宮の意思決定体制が明確になるまで、新規案件はすべて保留とのことです」
「保留、か」
アルベルトは短く息を吐く。
「外交は?」
外務官が答える。
「隣国との交渉は停滞しております。先方は、我が国の返答を“慎重すぎる”と受け取っており……実質的には、不信感を示しています」
アルベルトは、目を閉じた。
(慎重すぎる、ではない。判断できていないのだ)
だが、それを口に出すことはできなかった。
「貴族院は?」
「次回会合にて、王太子殿下ご自身から、体制について説明を求める動きがございます」
その言葉に、室内の空気が一段と重くなる。
「……説明、か」
アルベルトは、机に手を置いた。
これまで、彼は“決断者”として振る舞ってきた。
だが今、問われているのは決断ではない。
――誰が、何を、どこまで担っているのか。
「一つ、はっきりさせねばならない」
アルベルトは、ゆっくりと顔を上げた。
「これまでの混乱について、責任の所在を曖昧にしたままでは、何も立て直せない」
側近たちが、息を呑む。
「……殿下」
年長の高官が、恐る恐る口を開いた。
「それは、つまり……」
「私だ」
アルベルトは、はっきりと言った。
「最終的な責任は、私にある」
その瞬間、室内が静まり返った。
誰もが、どこかで予想していた言葉。
しかし、実際に口にされると、その重みは違った。
「私は、決断だけをしていればよいと思っていた。だが、それは誤りだった」
アルベルトは、言葉を選びながら続ける。
「決断に至るまでの整理、調整、配慮……それらを誰かが担っていることを、当然だと思っていた」
誰も口を挟まない。
「その役目を、長く一人に任せていた」
名は出さない。
だが、誰もが理解している。
「そして、その役目がなくなった今、王宮は混乱している」
アルベルトは、深く一礼した。
「私の認識不足だ」
その姿に、文官の一人が思わず目を伏せた。
「殿下……」
「だから、体制を見直す」
アルベルトは、姿勢を正す。
「役割を明確にし、責任を分担する。誰か一人に頼る形は、もう終わりにする」
その宣言は、遅すぎたかもしれない。
だが、逃げるよりは、遥かに重い選択だった。
会議が終わった後、側近の一人が控えめに声をかける。
「殿下……エレノア様に、この件を……」
「伝える必要はない」
アルベルトは、即座に答えた。
「彼女は、もう関係ない」
その言葉には、悔しさと覚悟が混じっていた。
午後、アルベルトは貴族院へ向かう準備を進めていた。
説明責任を果たすためだ。
一方その頃、公爵家の屋敷では、エレノア・フォン・ヴァイスが静かに庭を歩いていた。
春の風が、花の香りを運んでくる。
(責任、ですか)
王宮から届いた報告の断片を思い出す。
アルベルトが、責任を認めたという話。
体制を見直すという話。
(……やっと、そこまで来ましたのね)
だが、胸に浮かぶのは安堵ではなかった。
(それでも、遅い)
彼女は、足を止める。
責任の所在を明らかにすることは、大切だ。
だが、それは“失ってから”行うものではない。
エレノアは、静かに空を見上げた。
自分が去ったことで、王宮はようやく、自分たちの足で立とうとしている。
それは、悪いことではない。
(私は……もう、役目を終えた)
彼女は、ゆっくりと歩き出す。
王宮では今、責任という言葉が、ようやく現実の意味を持ち始めていた。
だがそれは同時に、取り戻せないものが、確かに存在するという事実を示してもいた。
アルベルトは、初めて“責任を負う立場”として前に立つ。
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その距離は、もう埋まらない。
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