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第12話 代替の不在
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第12話 代替の不在
貴族院の会合が開かれたのは、重たい雲が王都を覆う朝だった。
議場に集う貴族たちの視線は、中央の演壇に立つ王太子アルベルトへと向けられている。だがその眼差しには、かつての無条件の信任はなかった。
「――以上が、現状の説明です」
アルベルトは簡潔に締めくくり、深く一礼した。
体制の見直し、責任の分担、決裁過程の透明化。言葉としては正しい。だが、拍手は起きない。
最初に沈黙を破ったのは、老練な侯爵だった。
「殿下。理想は理解いたします。しかし――」
侯爵は、言葉を慎重に選ぶ。
「それらは“機能する代替”があって初めて成り立つ。今の王宮に、その代替はありますかな」
議場がざわめく。
アルベルトは、喉の奥が乾くのを感じた。
「代替……とは?」
「これまで、調整・整理・根回しを一手に担っていた存在の代替です」
名は出されない。だが、誰もが同じ人物を思い浮かべている。
「複数名で分担する、とのご提案でしたな。しかし、その分担は“今すぐ”機能しますかな」
別の伯爵が続ける。
「決裁は滞り、外交は鈍り、商会は様子見を続けている。代替の不在は、すでに損失として表に出ております」
アルベルトは、否定できなかった。
「……準備期間が必要です」
「殿下。国に、準備期間はございません」
冷静な言葉が、胸を刺す。
議場の空気は、次第に現実へと傾いていく。
理想論ではない。今、何ができるのか――それだけが問われていた。
「そこで、提案がございます」
若いが切れ者として知られる伯爵が、手を挙げた。
「暫定的な諮問会を設置しては如何でしょう。各分野の責任者を集め、合議で判断する」
賛同の声が上がる。
だが、すぐに反論も続いた。
「合議は遅い」
「責任の所在が曖昧になる」
「緊急時に機能しない」
議論は平行線を辿る。
アルベルトは、机に置いた両手を強く握った。
頭の中で、ある結論がはっきりと形を取っていく。
(……代替は、ない)
それを認めることは、敗北に等しい。
だが、否定しても現実は変わらない。
会合の終盤、アルベルトは口を開いた。
「……暫定案として、諮問会を設置する」
完全な解ではない。
それでも、動かねばならなかった。
会合が終わり、廊下に出た貴族たちは、低い声で言葉を交わす。
「諮問会で、どこまで持つか……」
「代替がないのは、誰の目にも明らかだ」
「いずれ、別の力が入ってくる」
その囁きは、確かな予兆だった。
一方その頃、公爵家の屋敷では、エレノア・フォン・ヴァイスが書斎で書類を整理していた。
王宮から届く報告は、日を追うごとに具体性を増している。
「……諮問会、ですか」
彼女は、小さく息を吐いた。
(それでは、遅いでしょうね)
分担は、準備が整っていなければ機能しない。
ましてや、互いの利害が絡む貴族たちの合議では、なおさらだ。
控えめなノックが響く。
「お嬢様。商会連合より、書簡が届いております」
封を切り、目を通す。
内容は、慎重ながらも明確だった。
――王宮の体制が安定するまで、独自判断での事業調整を進めたい。
――必要であれば、ご助言を賜りたい。
エレノアは、ペンを置いた。
(……代替の不在は、外からも見えている)
王宮の判断が遅れれば、商人は自ら動く。
それは自然な流れだ。
彼女は、短く返書を書く。
――現在、私は公式な立場にありません。
――一般論としての意見ならば、お答えできます。
線は、守る。
だが、現実から目を背けることもしない。
夜。
王宮の執務室で、アルベルトは一人、地図を見つめていた。
交易路、同盟国、影響圏。そこに、新たな矢印が引かれ始めている。
(……このままでは)
代替がないという事実は、弱点だ。
そして弱点は、必ず誰かに狙われる。
彼は、初めて「外圧」という言葉を現実のものとして感じていた。
同じ夜、エレノアは窓辺に立ち、遠くの灯りを眺める。
(代替の不在は、痛みを伴います)
だが、痛みは学びでもある。
彼女は、静かにカーテンを閉じた。
王宮は今、暫定で持ちこたえている。
だが“代替の不在”という空白は、確実に広がっていた。
そしてその空白に、
誰が、どのように踏み込んでくるのか――
運命は、次の一手を選ぼうとしていた。
貴族院の会合が開かれたのは、重たい雲が王都を覆う朝だった。
議場に集う貴族たちの視線は、中央の演壇に立つ王太子アルベルトへと向けられている。だがその眼差しには、かつての無条件の信任はなかった。
「――以上が、現状の説明です」
アルベルトは簡潔に締めくくり、深く一礼した。
体制の見直し、責任の分担、決裁過程の透明化。言葉としては正しい。だが、拍手は起きない。
最初に沈黙を破ったのは、老練な侯爵だった。
「殿下。理想は理解いたします。しかし――」
侯爵は、言葉を慎重に選ぶ。
「それらは“機能する代替”があって初めて成り立つ。今の王宮に、その代替はありますかな」
議場がざわめく。
アルベルトは、喉の奥が乾くのを感じた。
「代替……とは?」
「これまで、調整・整理・根回しを一手に担っていた存在の代替です」
名は出されない。だが、誰もが同じ人物を思い浮かべている。
「複数名で分担する、とのご提案でしたな。しかし、その分担は“今すぐ”機能しますかな」
別の伯爵が続ける。
「決裁は滞り、外交は鈍り、商会は様子見を続けている。代替の不在は、すでに損失として表に出ております」
アルベルトは、否定できなかった。
「……準備期間が必要です」
「殿下。国に、準備期間はございません」
冷静な言葉が、胸を刺す。
議場の空気は、次第に現実へと傾いていく。
理想論ではない。今、何ができるのか――それだけが問われていた。
「そこで、提案がございます」
若いが切れ者として知られる伯爵が、手を挙げた。
「暫定的な諮問会を設置しては如何でしょう。各分野の責任者を集め、合議で判断する」
賛同の声が上がる。
だが、すぐに反論も続いた。
「合議は遅い」
「責任の所在が曖昧になる」
「緊急時に機能しない」
議論は平行線を辿る。
アルベルトは、机に置いた両手を強く握った。
頭の中で、ある結論がはっきりと形を取っていく。
(……代替は、ない)
それを認めることは、敗北に等しい。
だが、否定しても現実は変わらない。
会合の終盤、アルベルトは口を開いた。
「……暫定案として、諮問会を設置する」
完全な解ではない。
それでも、動かねばならなかった。
会合が終わり、廊下に出た貴族たちは、低い声で言葉を交わす。
「諮問会で、どこまで持つか……」
「代替がないのは、誰の目にも明らかだ」
「いずれ、別の力が入ってくる」
その囁きは、確かな予兆だった。
一方その頃、公爵家の屋敷では、エレノア・フォン・ヴァイスが書斎で書類を整理していた。
王宮から届く報告は、日を追うごとに具体性を増している。
「……諮問会、ですか」
彼女は、小さく息を吐いた。
(それでは、遅いでしょうね)
分担は、準備が整っていなければ機能しない。
ましてや、互いの利害が絡む貴族たちの合議では、なおさらだ。
控えめなノックが響く。
「お嬢様。商会連合より、書簡が届いております」
封を切り、目を通す。
内容は、慎重ながらも明確だった。
――王宮の体制が安定するまで、独自判断での事業調整を進めたい。
――必要であれば、ご助言を賜りたい。
エレノアは、ペンを置いた。
(……代替の不在は、外からも見えている)
王宮の判断が遅れれば、商人は自ら動く。
それは自然な流れだ。
彼女は、短く返書を書く。
――現在、私は公式な立場にありません。
――一般論としての意見ならば、お答えできます。
線は、守る。
だが、現実から目を背けることもしない。
夜。
王宮の執務室で、アルベルトは一人、地図を見つめていた。
交易路、同盟国、影響圏。そこに、新たな矢印が引かれ始めている。
(……このままでは)
代替がないという事実は、弱点だ。
そして弱点は、必ず誰かに狙われる。
彼は、初めて「外圧」という言葉を現実のものとして感じていた。
同じ夜、エレノアは窓辺に立ち、遠くの灯りを眺める。
(代替の不在は、痛みを伴います)
だが、痛みは学びでもある。
彼女は、静かにカーテンを閉じた。
王宮は今、暫定で持ちこたえている。
だが“代替の不在”という空白は、確実に広がっていた。
そしてその空白に、
誰が、どのように踏み込んでくるのか――
運命は、次の一手を選ぼうとしていた。
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