『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第13話 静かな介入者

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第13話 静かな介入者

 王都の東区にある、控えめな外観の館。
 そこでは、王宮とも貴族院とも異なる種類の会合が、密やかに開かれていた。

「……諮問会は、想定通り機能していないようだな」

 深い椅子に腰を下ろした男が、低く言った。
 年齢は壮年。衣装は質素だが、指に嵌められた印章だけが、その立場を雄弁に物語っている。

「合議は遅く、決裁は分散し、責任は曖昧です」

 向かいに座る商会の代表が答える。

「商人は待てません。王宮が止まれば、こちらが動く。それだけの話です」

「理解している」

 男は、指を組んだ。

「問題は、“誰の判断に基づいて動くか”だ」

 室内に、短い沈黙が落ちる。
 その空気を破ったのは、別の参加者だった。

「……公爵家です」

 その言葉に、全員の視線が集まる。

「エレノア・フォン・ヴァイス。公式な立場はないが、影響力は依然として強い。判断が速く、筋が通っている」

「だが、本人は関与を拒んでいると聞く」

「公式には、です」

 代表は、意味深に微笑んだ。

「“一般論としての助言”なら、応じると」

 男は、ゆっくりと頷いた。

「十分だ」

 その一言で、会合は終わった。
 だが、決定はなされていた。

 ――静かな介入が、始まる。

 一方、王宮。
 諮問会の会議室では、今日も議論が迷走していた。

「その案では、隣国を刺激します」
「しかし、動かねば投資は戻らない」
「責任は誰が負うのです?」

 最後の一言で、誰も口を開かなくなる。

 アルベルトは、演壇の脇でその様子を見つめていた。
 自分が決断しなければならない。
 だが、判断材料は揃わず、合意もない。

(……時間が、足りない)

 会議が散会した後、側近が小声で報告する。

「殿下。商会連合が、独自の事業調整を進めているとの情報が」

「……王宮を通さずに、か」

「はい。どうやら、公爵家方面と接触があるようです」

 アルベルトは、目を閉じた。

(やはり、彼女か)

 だが、怒りは湧かなかった。
 むしろ、理解が先に立つ。

(止まった王宮より、動く場所へ人は集まる)

 同じ頃、公爵家の書斎。
 エレノアは、数通の書簡を机に並べていた。

 内容は似通っている。
 投資判断、交易路の調整、契約文言の確認。

(……来ましたわね)

 彼女は、ため息をつく。

 公式な関与はしない。
 その線は守っている。

 だが、助言を完全に断てば、混乱は拡大する。
 その結果、困るのは民であり、領地であり、商人だ。

「一般論として、なら……」

 エレノアは、静かにペンを走らせる。

――契約は、責任の所在を明確に。
――決裁が遅れる場合は、条件付き合意で時間を稼ぐ。
――相手の“最悪の誤解”を先に潰す文言を入れること。

 それは、かつて王宮で行っていた仕事と、何ら変わらない。
 ただし、今は王宮の名は使われない。

 数日後。
 商会の動きは、目に見えて安定し始めた。

「不思議だな……」
「王宮は相変わらずなのに、商いは回り始めている」

 その噂は、貴族院にも届く。

「誰が舵を取っている?」
「公爵家だという話だ」

 そして、王宮にも。

 アルベルトは、報告書を読み終え、静かに机に置いた。

(静かな介入者……)

 彼女は戻らない。
 だが、影響は消えない。

「殿下……このままでは、王宮が置いていかれます」

 側近の言葉に、アルベルトは頷いた。

「分かっている」

 問題は、力を取り戻すことではない。
 ――どう、関係を再定義するか、だ。

 一方、エレノアは庭を歩いていた。
 風が、木々を揺らす。

(私がやっているのは、介入ではありません)

 彼女は、自分に言い聞かせる。

(“線の外”から、流れを整えているだけ)

 だが、世界はそれを、介入と呼ぶ。

 王宮が止まり、諮問会が迷い、
 その外側で、静かに歯車が噛み合い始めている。

 静かな介入者は、前に出ない。
 名を名乗らない。
 だが、結果だけは、確実に残す。

 そしてアルベルトは、ようやく悟り始めていた。

 失ったのは、人ではない。
 “流れを読む力”そのものだったのだと。

 王宮の選択は、迫っている。
 この静かな介入を、敵と見るか。
 それとも、新しい関係の兆しと捉えるか。

 答えを出せる者は、もう一人しかいなかった。
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