『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

文字の大きさ
2 / 41

第2話 拾ったのなら、放ってはおけません

しおりを挟む
第2話 拾ったのなら、放ってはおけません

その日、ノエリアは一人で街へ出ていた。
といっても、散策ではない。
商会との確認事項があり、最低限の護衛と共に王都の裏通りを通っていた。

王都の中心は華やかだが、少し道を外れれば様相は一変する。
舗装の荒れた道、古びた建物、流れる空気の匂いも違う。

(変わらないわね)

ノエリアは、感慨もなくそう思った。
王都は常にこうだ。
見える場所と、見えない場所が、最初から分けられている。

角を曲がったときだった。

「……っ」

護衛の一人が足を止める。

路地の脇に、何かが倒れていた。

近づくと、それが「人」であることが分かる。
小さな身体。
痩せ細った手足。
呼吸は、あるが浅い。

「子供、ですね……」

護衛が低く呟いた。

服は擦り切れ、汚れが目立つ。
髪も手入れされていない。
どう見ても、行き倒れの孤児だった。

「お嬢様、関わらぬ方が――」

その言葉を、ノエリアは手で制した。

「生きていますか?」

「……はい。かろうじて」

ノエリアは、少女の顔を見下ろした。
年は十前後だろう。
閉じた瞼の奥で、必死に生きようとしている気配だけが伝わってくる。

「運べますか?」

護衛が一瞬、言葉に詰まる。

「屋敷へ、ですか?」

「ええ」

迷いはなかった。

「拾ったのですから」

それだけだった。


---

屋敷に運び込まれた少女は、すぐに医師に診せられた。
栄養失調と脱水。
幸い、致命的な病はない。

「しばらく休ませ、食事を取らせれば助かるでしょう」

医師の言葉に、ノエリアは頷いた。

「分かりました」

それ以上の感想は述べない。

客間に用意された簡素な寝台で、少女は眠っていた。
汗と埃で汚れた姿に、メイドが顔をしかめる。

「……ずいぶん、薄汚い子ですね」

その言葉に、ノエリアは静かに視線を向けた。

「薄汚い?」

問い返され、メイドははっとする。

「お、お風呂に入れて、着替えさせれば済む話でしょう」

それだけ言って、ノエリアは視線を戻した。

「猫と違って、
この子は自分で洗えるでしょう?」

メイドは、何も言えなくなった。


---

夕刻。
少女は目を覚ました。

怯えたように身を起こし、周囲を見回す。

「……ここ、は……?」

「安心なさい」

ノエリアは椅子に座ったまま、静かに言った。

「ここは、私の屋敷です」

少女はびくりと肩を震わせる。

「……売られる?」

その問いに、ノエリアは首を横に振った。

「その予定はありません」

即答だった。

「あなたが倒れていたので、拾っただけです」

少女は呆然とした。

「……どうして?」

「理由が必要ですか?」

ノエリアは、少しだけ首を傾げる。

「目の前に、死にかけている人がいた。
それだけで、十分でしょう」

少女はしばらく黙り込み、やがて俯いた。

「……私、働きます」

その声は、必死だった。

「下働きでも、何でもします。
だから、ここに……」

ノエリアは、即座に答えなかった。
少女をじっと見つめる。

「下働き?」

「はい……。
何もしないで食べるのは……」

「物好きね」

ノエリアは、あっさりと言った。

「猫みたいに、
ごろごろしていてもいいのに」

少女は、きょとんとする。

「……私、猫じゃないです」

「そうね」

ノエリアは頷いた。

「猫は、働くなんて言わないわ」

一拍。

「下働きは、許可しません」

少女の顔が、みるみる青ざめる。

「で、でも……!」

「代わりに」

ノエリアは、淡々と告げた。

「あなたを、
私の担当メイドの見習いに任じます」

少女は、言葉を失った。

「拾った責任があります」

ノエリアは続ける。

「私の目の届かないところに
いられるのは困ります」

「ですから」

「しばらくは、
私のそばにいなさい」

少女の目に、涙が溜まる。

「……はい」

小さく、けれどはっきりと答えた。

その足元で、
いつの間にか居座っていた猫が「ニャア」と鳴いた。

ノエリアはそれを一瞥する。

「あなたまで、働くつもり?」

一瞬置いて。

「……なんてね」

猫は答えず、
床の上で丸くなった。

少女は、思わず小さく笑った。

その笑顔を見て、
ノエリアは内心で一つだけ判断する。

(生きられるわね)

それで十分だった。


---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

処理中です...