『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第4話 最初の鍬を入れる日

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第4話 最初の鍬を入れる日

朝霧が、まだ領地の外れに残っていた。
古い建物の前に集まった人影は、決して多くない。

ノエリア・アルヴェインは、その光景を少し離れた場所から眺めていた。

集まっているのは、
行き場を失った子供たち。
あるいは、保護されたばかりの孤児たち。

年齢も、背丈も、表情もばらばらだ。
共通しているのは、どこか落ち着かない視線だけ。

(当然ね)

ここは、まだ「居場所」ではない。
ただの場所だ。

「お嬢様」

執事が静かに声をかける。

「予定していた人数は、これで全員です。
今日集まったのは、八名」

「多すぎず、少なすぎず」

ノエリアは頷いた。

「最初としては、ちょうどいいわ」

彼女は一歩前に出た。
声を張り上げることはしない。

だが、不思議と全員の視線が集まる。

「今日から、ここがあなたたちの生活の場になります」

誰も言葉を挟まない。

「ここは、守られるだけの場所ではありません」

静かに、しかしはっきりと告げる。

「学びます。
働きます。
失敗もします」

ざわり、と小さな動揺が走った。

「でも」

ノエリアは続ける。

「何もしないで、
明日を待つ場所にはしません」

その言葉に、何人かの子供が顔を上げた。

「まずは、今日の仕事を決めます」

彼女は、地面に立てかけてあった道具に視線を向ける。
鍬、スコップ、古い籠。

「畑を耕します」

一瞬、沈黙。

「……畑?」

誰かが小さく呟いた。

「ええ」

ノエリアは即答する。

「食べるものを、
自分たちで作るためです」

不安と戸惑いが混じる中、
リリィが一歩前に出た。

「……やります」

声はまだ小さいが、逃げはない。

ノエリアは一度だけ、彼女を見る。

「無理はしなくていいわ」

「でも、
何もしないことは許しません」

それだけで、十分だった。


---

最初の鍬が土に入った瞬間、
思った以上に硬い感触が返ってきた。

「……っ!」

子供の一人が、思わず声を上げる。

「思ったより、固い……」

「放置されていた土地ですもの」

ノエリアは傍で見ながら言う。

「最初は、誰がやっても同じです」

彼女は鍬を手に取らない。
だが、目を離さない。

力の入れ方。
無理な姿勢。
疲れ始めるタイミング。

「交代しなさい」

指示は短い。

「今度は、
少し浅く」

子供たちは、言われた通りに動く。
怒鳴られない。
急かされない。

だが、誤魔化しも許されない。

汗をかきながら、
少しずつ土が返っていく。

「……これ、全部やるの?」

誰かが弱音を吐いた。

「今日は、半分でいいわ」

ノエリアは即座に答える。

「最初から全部やろうとするのは、
判断ミスです」

子供たちは顔を見合わせる。

「出来る範囲を見極めるのも、
仕事のうちです」

その言葉に、何人かが小さく頷いた。


---

昼。
簡素な食事が配られた。

パンは固く、
スープも薄い。

「……これだけ?」

不満が混じった声が上がる。

「今日は、これだけです」

ノエリアは淡々と言う。

「理由が分かりますか?」

沈黙。

「畑が、まだ出来ていないからです」

誰かが、はっとした表情を浮かべた。

「明日、
もっと食べたいなら」

一拍。

「今日の続きを、
きちんとやりなさい」

それだけだった。


---

午後、再び作業が始まる。
午前中よりも、動きが良くなっていた。

道具の使い回し。
休憩の取り方。
声の掛け合い。

少しずつ、
「一緒にやる」形が出来ていく。

夕方、
ノエリアは一度だけ全体を見渡した。

「今日は、ここまで」

誰も文句を言わない。
むしろ、安堵の息が漏れる。

「明日も、続きます」

それを聞いて、
何人かが顔をしかめ、
何人かは静かに頷いた。


---

帰り際、リリィがノエリアのもとへ来た。

「……あの」

「何かしら」

「ここ、
ちゃんと……続くんですよね」

ノエリアは一瞬、考える素振りを見せてから答えた。

「続けます」

即答だった。

「ただし」

「あなたたち次第です」

リリィは、強く頷いた。


---

屋敷に戻ると、
例の猫が中庭の石の上で丸くなっていた。

相変わらず、
何もしない。

「……あなたは、本当に気楽ね」

猫は、喉を鳴らすだけだ。

ノエリアは足を止め、
振り返って、遠くの畑を見る。

今日、入れた鍬は一本だけ。
だが、それで十分だった。

仕組みは、
最初の一歩がなければ始まらない。

収容ではない。
同情でもない。

未来を作るための、
最初の一日。

その日、
孤児院は「場所」から「場」へと変わった。


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