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第6話 役割が決まるということ
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第6話 役割が決まるということ
朝の空気は、前日よりも落ち着いていた。
孤児院の敷地に集まった子供たちは、誰に言われるでもなく、それぞれ昨日の作業場所を確認している。
畑。
調理棟。
道具置き場。
まだ正式な区分はない。
だが、自然と「自分が立つ場所」を探すようになっていた。
ノエリアは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
(早いわね)
教えたのは、最低限だ。
それでも人は、自分の得意と不得意に気づき始める。
「今日は、役割を整理します」
その一言で、子供たちの動きが止まった。
「昨日までの作業を振り返って、
自分がやりやすかったこと、
やりにくかったことを考えなさい」
ざわめきが起きる。
「正解はありません」
ノエリアは続ける。
「向いていないことを無理に続けるのは、
努力ではなく、浪費です」
その言葉に、何人かがはっとした顔をした。
---
最初に手を挙げたのは、背の高い少年だった。
「……畑は、嫌いじゃないです」
言葉を探すように、続ける。
「力仕事は平気で、
昨日もそんなに疲れなかった」
「名前は?」
「カイルです」
ノエリアは頷く。
「では、
畑の作業を中心に」
それだけだった。
次に声を出したのは、小柄な少女。
「私……火を見るのが、怖くないです」
「火?」
「調理棟の、
窯のところ」
ノエリアは一瞬だけ彼女を見る。
「名前は?」
「ミナ……です」
「では、
火の管理を担当しなさい」
ミナの目が、驚きで見開かれた。
「……いいんですか?」
「出来ると言ったでしょう」
それが理由だった。
---
リリィは、少し遅れて口を開いた。
「……私は、
量るのは好きです」
小さな声だったが、逃げはない。
「昨日、
ちゃんと量ったら、
うまくいきました」
ノエリアは短く頷く。
「では、計量と記録を」
「帳簿の見方も、
後で教えます」
リリィは、言葉を失った。
「……帳簿?」
「ええ」
ノエリアは淡々と言う。
「数字は、
嘘をつきません」
「覚えれば、
誰にも騙されません」
その言葉に、リリィの背筋が伸びた。
---
一方で、戸惑っている子もいた。
「……僕、
何も得意じゃないです」
声を上げたのは、年長の少年だった。
「畑も、料理も、
うまく出来なくて……」
場の空気が、少しだけ重くなる。
ノエリアは、すぐに答えなかった。
「昨日、
誰が道具を片付けていましたか?」
沈黙。
「誰が、
他の人の邪魔にならないように、
動いていましたか?」
少年が、はっとした顔をする。
「……僕、
でした」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「それは、
立派な役割です」
「全員が前に出る必要はありません」
「回す人がいなければ、
何も動きません」
少年の表情が、ゆっくり変わる。
---
午前の作業は、昨日よりも静かだった。
無駄な動きが減り、声を掛け合う回数も少ない。
だが、それは停滞ではない。
迷いが減った結果だった。
ノエリアは、一切手を出さない。
間違っても、代わりにやらない。
だが、
見ている。
それだけで、十分だった。
---
昼食は、前日より少しだけ良くなっていた。
パンの出来が安定し、スープも濃くなっている。
「……昨日より、
美味しい」
誰かがそう言った。
「理由は?」
ノエリアが問いかける。
「……役割が、
決まったから」
即答ではない。
だが、正しい。
「ええ」
ノエリアは頷いた。
「役割は、
上下ではありません」
「向きと、
責任です」
---
午後、帳簿を広げる時間が設けられた。
簡単な記録だけだが、リリィは真剣に目を通している。
「……これ、
昨日の粉の量ですね」
「ええ」
「数字が合わないと……」
「必ず、
どこかで歪みます」
ノエリアは淡々と答えた。
「歪みは、
放置すると大きくなります」
リリィは、強く頷いた。
---
夕方、全員を集めてノエリアは言った。
「今日、
出来なかったことを、
恥じる必要はありません」
「ただし」
一拍。
「向いていないことを、
向いていないと認める勇気は、
必要です」
子供たちは、真剣な顔で聞いている。
「ここでは、
出来ないことを理由に、
切り捨てません」
「代わりに」
「出来ることを、
必ず探します」
---
屋敷へ戻る途中、
例の猫が中庭の石の上で伸びをしていた。
今日も、
何もしない。
「……あなたは、
役割がはっきりしていて楽ね」
猫は答えず、
ただ喉を鳴らす。
ノエリアは歩きながら考える。
人は、
居場所を与えられると弱くなる。
だが、
役割を得ると強くなる。
今日、孤児院は一段階進んだ。
「集まり」から、
「組織」へ。
それを、
ノエリアは静かに確認していた。
朝の空気は、前日よりも落ち着いていた。
孤児院の敷地に集まった子供たちは、誰に言われるでもなく、それぞれ昨日の作業場所を確認している。
畑。
調理棟。
道具置き場。
まだ正式な区分はない。
だが、自然と「自分が立つ場所」を探すようになっていた。
ノエリアは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
(早いわね)
教えたのは、最低限だ。
それでも人は、自分の得意と不得意に気づき始める。
「今日は、役割を整理します」
その一言で、子供たちの動きが止まった。
「昨日までの作業を振り返って、
自分がやりやすかったこと、
やりにくかったことを考えなさい」
ざわめきが起きる。
「正解はありません」
ノエリアは続ける。
「向いていないことを無理に続けるのは、
努力ではなく、浪費です」
その言葉に、何人かがはっとした顔をした。
---
最初に手を挙げたのは、背の高い少年だった。
「……畑は、嫌いじゃないです」
言葉を探すように、続ける。
「力仕事は平気で、
昨日もそんなに疲れなかった」
「名前は?」
「カイルです」
ノエリアは頷く。
「では、
畑の作業を中心に」
それだけだった。
次に声を出したのは、小柄な少女。
「私……火を見るのが、怖くないです」
「火?」
「調理棟の、
窯のところ」
ノエリアは一瞬だけ彼女を見る。
「名前は?」
「ミナ……です」
「では、
火の管理を担当しなさい」
ミナの目が、驚きで見開かれた。
「……いいんですか?」
「出来ると言ったでしょう」
それが理由だった。
---
リリィは、少し遅れて口を開いた。
「……私は、
量るのは好きです」
小さな声だったが、逃げはない。
「昨日、
ちゃんと量ったら、
うまくいきました」
ノエリアは短く頷く。
「では、計量と記録を」
「帳簿の見方も、
後で教えます」
リリィは、言葉を失った。
「……帳簿?」
「ええ」
ノエリアは淡々と言う。
「数字は、
嘘をつきません」
「覚えれば、
誰にも騙されません」
その言葉に、リリィの背筋が伸びた。
---
一方で、戸惑っている子もいた。
「……僕、
何も得意じゃないです」
声を上げたのは、年長の少年だった。
「畑も、料理も、
うまく出来なくて……」
場の空気が、少しだけ重くなる。
ノエリアは、すぐに答えなかった。
「昨日、
誰が道具を片付けていましたか?」
沈黙。
「誰が、
他の人の邪魔にならないように、
動いていましたか?」
少年が、はっとした顔をする。
「……僕、
でした」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「それは、
立派な役割です」
「全員が前に出る必要はありません」
「回す人がいなければ、
何も動きません」
少年の表情が、ゆっくり変わる。
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午前の作業は、昨日よりも静かだった。
無駄な動きが減り、声を掛け合う回数も少ない。
だが、それは停滞ではない。
迷いが減った結果だった。
ノエリアは、一切手を出さない。
間違っても、代わりにやらない。
だが、
見ている。
それだけで、十分だった。
---
昼食は、前日より少しだけ良くなっていた。
パンの出来が安定し、スープも濃くなっている。
「……昨日より、
美味しい」
誰かがそう言った。
「理由は?」
ノエリアが問いかける。
「……役割が、
決まったから」
即答ではない。
だが、正しい。
「ええ」
ノエリアは頷いた。
「役割は、
上下ではありません」
「向きと、
責任です」
---
午後、帳簿を広げる時間が設けられた。
簡単な記録だけだが、リリィは真剣に目を通している。
「……これ、
昨日の粉の量ですね」
「ええ」
「数字が合わないと……」
「必ず、
どこかで歪みます」
ノエリアは淡々と答えた。
「歪みは、
放置すると大きくなります」
リリィは、強く頷いた。
---
夕方、全員を集めてノエリアは言った。
「今日、
出来なかったことを、
恥じる必要はありません」
「ただし」
一拍。
「向いていないことを、
向いていないと認める勇気は、
必要です」
子供たちは、真剣な顔で聞いている。
「ここでは、
出来ないことを理由に、
切り捨てません」
「代わりに」
「出来ることを、
必ず探します」
---
屋敷へ戻る途中、
例の猫が中庭の石の上で伸びをしていた。
今日も、
何もしない。
「……あなたは、
役割がはっきりしていて楽ね」
猫は答えず、
ただ喉を鳴らす。
ノエリアは歩きながら考える。
人は、
居場所を与えられると弱くなる。
だが、
役割を得ると強くなる。
今日、孤児院は一段階進んだ。
「集まり」から、
「組織」へ。
それを、
ノエリアは静かに確認していた。
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