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第7話 不満は、悪ではない
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第7話 不満は、悪ではない
異変は、小さなところから始まった。
畑の作業が終わったあと、
調理棟に向かう足取りが、どこか重い。
声を荒げる者はいない。
だが、視線が合わない。
返事が、半拍遅れる。
ノエリアは、それを見逃さなかった。
(来たわね)
組織が動き始めれば、必ず起きる。
役割が決まったあとに生まれる、不満と比較。
問題は、それを放置するか、処理するかだ。
---
昼前、リリィがノエリアのもとへ来た。
「……お嬢様」
「何かしら」
「カイルが……
畑の作業、ずっと一人で進めてしまって……」
言葉を選んでいるのが分かる。
「皆でやるはずなのに、
自分だけが働いてる、みたいな顔をしていて……」
ノエリアは頷いた。
「分かりました」
それ以上は聞かない。
---
少しして、今度はミナが来た。
「……私、
火の管理を任されてますけど……」
「ええ」
「ずっと同じ場所で、
動かないの、
ずるいって言われました」
声は小さいが、はっきりしている。
ノエリアは静かに答えた。
「事実ですか?」
「……分かりません」
「では、
確認しましょう」
それだけだった。
---
午後、ノエリアは全員を集めた。
畑でも、調理棟でもない。
倉庫の前の、何もない場所。
「作業を止めます」
その一言で、全員が動きを止める。
「今日は、
話をします」
ざわめきが起きる。
「不満がある人、
手を挙げなさい」
一瞬の沈黙。
誰も動かない。
「安心なさい」
ノエリアは淡々と続ける。
「不満は、
悪ではありません」
「言わないことの方が、
よほど危険です」
ゆっくりと、一人、手が上がった。
カイルだ。
「……畑、
僕が一人でやってるみたいで……」
言葉を探しながら続ける。
「他の人は、
楽な仕事してる気がして……」
場の空気が張りつめる。
ノエリアは頷いた。
「事実を確認します」
「畑の作業時間、
誰が一番長いですか?」
全員が、カイルを見る。
「理由は?」
カイルは一瞬、詰まる。
「……僕が、
進めた方が早いからです」
「ええ」
ノエリアは即答する。
「それは、
あなたの判断です」
カイルは、戸惑った顔をした。
「ですが」
一拍。
「判断の結果を、
不満に変えてはいけません」
ざわり、と空気が揺れる。
「一人で進めると決めたのは、
あなた自身です」
「役割は、
“出来るからやる”であって、
“我慢する”ではありません」
カイルは、俯いた。
---
次に、ミナが視線を向けられる。
「あなたは、
動かないと言われたそうですね」
「……はい」
「事実ですか?」
「……はい」
「それは、
役割です」
即答だった。
「火の管理は、
動き回らない仕事です」
「代わりに、
責任は重い」
ミナは、ぎゅっと拳を握る。
「火を任されている間、
他の作業は免除されます」
「その代わり」
「失敗した場合、
言い訳は出来ません」
ミナは、はっきりと頷いた。
「はい」
---
ノエリアは、全体を見渡した。
「不満は、
比較から生まれます」
「ですが」
「比較は、
役割を理解していない証拠でもあります」
誰も口を挟まない。
「ここでは、
全員が同じことをする必要はありません」
「同じ“結果”を目指すだけです」
---
リリィが、恐る恐る口を開いた。
「……私、
帳簿つけてると……」
「ええ」
「ずっと座ってるって、
言われました」
ノエリアは頷いた。
「事実です」
「ですが」
「帳簿が狂えば、
全体が狂います」
「あなたが座っている間、
皆は安心して動けます」
リリィの表情が、少し和らいだ。
---
「今日、
役割を一つ追加します」
ノエリアは淡々と告げた。
「交代確認役です」
子供たちが、首を傾げる。
「一人で作業を抱え込んでいないか」
「役割が重すぎないか」
「無理が出ていないか」
「それを、
毎日確認しなさい」
「担当は――」
ノエリアは、年長の少年を指名した。
「あなたです」
彼は驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……やります」
---
話し合いが終わったあと、
作業は再開された。
不思議なことに、
動きは昨日よりも滑らかだった。
畑では、カイルが一人で進めるのをやめ、
指示を出す側に回っている。
調理棟では、
ミナが火を見ながら、
交代の合図を出していた。
帳簿の前では、
リリィが顔を上げ、
必要な数字を伝えている。
誰も、
「ずるい」と言わない。
理由が、
分かったからだ。
---
夕方、ノエリアは一人、敷地を歩いていた。
足元では、
相変わらず猫が転がっている。
「……あなたは、
不満も役割も、
考えなくていいのね」
猫は答えない。
だが、逃げもしない。
ノエリアは空を見上げた。
衝突は、避けるものではない。
処理するものだ。
今日、孤児院は
初めて“揉めて、壊れなかった”。
それは、
組織として、
確かな一歩だった。
--
異変は、小さなところから始まった。
畑の作業が終わったあと、
調理棟に向かう足取りが、どこか重い。
声を荒げる者はいない。
だが、視線が合わない。
返事が、半拍遅れる。
ノエリアは、それを見逃さなかった。
(来たわね)
組織が動き始めれば、必ず起きる。
役割が決まったあとに生まれる、不満と比較。
問題は、それを放置するか、処理するかだ。
---
昼前、リリィがノエリアのもとへ来た。
「……お嬢様」
「何かしら」
「カイルが……
畑の作業、ずっと一人で進めてしまって……」
言葉を選んでいるのが分かる。
「皆でやるはずなのに、
自分だけが働いてる、みたいな顔をしていて……」
ノエリアは頷いた。
「分かりました」
それ以上は聞かない。
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少しして、今度はミナが来た。
「……私、
火の管理を任されてますけど……」
「ええ」
「ずっと同じ場所で、
動かないの、
ずるいって言われました」
声は小さいが、はっきりしている。
ノエリアは静かに答えた。
「事実ですか?」
「……分かりません」
「では、
確認しましょう」
それだけだった。
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午後、ノエリアは全員を集めた。
畑でも、調理棟でもない。
倉庫の前の、何もない場所。
「作業を止めます」
その一言で、全員が動きを止める。
「今日は、
話をします」
ざわめきが起きる。
「不満がある人、
手を挙げなさい」
一瞬の沈黙。
誰も動かない。
「安心なさい」
ノエリアは淡々と続ける。
「不満は、
悪ではありません」
「言わないことの方が、
よほど危険です」
ゆっくりと、一人、手が上がった。
カイルだ。
「……畑、
僕が一人でやってるみたいで……」
言葉を探しながら続ける。
「他の人は、
楽な仕事してる気がして……」
場の空気が張りつめる。
ノエリアは頷いた。
「事実を確認します」
「畑の作業時間、
誰が一番長いですか?」
全員が、カイルを見る。
「理由は?」
カイルは一瞬、詰まる。
「……僕が、
進めた方が早いからです」
「ええ」
ノエリアは即答する。
「それは、
あなたの判断です」
カイルは、戸惑った顔をした。
「ですが」
一拍。
「判断の結果を、
不満に変えてはいけません」
ざわり、と空気が揺れる。
「一人で進めると決めたのは、
あなた自身です」
「役割は、
“出来るからやる”であって、
“我慢する”ではありません」
カイルは、俯いた。
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次に、ミナが視線を向けられる。
「あなたは、
動かないと言われたそうですね」
「……はい」
「事実ですか?」
「……はい」
「それは、
役割です」
即答だった。
「火の管理は、
動き回らない仕事です」
「代わりに、
責任は重い」
ミナは、ぎゅっと拳を握る。
「火を任されている間、
他の作業は免除されます」
「その代わり」
「失敗した場合、
言い訳は出来ません」
ミナは、はっきりと頷いた。
「はい」
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ノエリアは、全体を見渡した。
「不満は、
比較から生まれます」
「ですが」
「比較は、
役割を理解していない証拠でもあります」
誰も口を挟まない。
「ここでは、
全員が同じことをする必要はありません」
「同じ“結果”を目指すだけです」
---
リリィが、恐る恐る口を開いた。
「……私、
帳簿つけてると……」
「ええ」
「ずっと座ってるって、
言われました」
ノエリアは頷いた。
「事実です」
「ですが」
「帳簿が狂えば、
全体が狂います」
「あなたが座っている間、
皆は安心して動けます」
リリィの表情が、少し和らいだ。
---
「今日、
役割を一つ追加します」
ノエリアは淡々と告げた。
「交代確認役です」
子供たちが、首を傾げる。
「一人で作業を抱え込んでいないか」
「役割が重すぎないか」
「無理が出ていないか」
「それを、
毎日確認しなさい」
「担当は――」
ノエリアは、年長の少年を指名した。
「あなたです」
彼は驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……やります」
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話し合いが終わったあと、
作業は再開された。
不思議なことに、
動きは昨日よりも滑らかだった。
畑では、カイルが一人で進めるのをやめ、
指示を出す側に回っている。
調理棟では、
ミナが火を見ながら、
交代の合図を出していた。
帳簿の前では、
リリィが顔を上げ、
必要な数字を伝えている。
誰も、
「ずるい」と言わない。
理由が、
分かったからだ。
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夕方、ノエリアは一人、敷地を歩いていた。
足元では、
相変わらず猫が転がっている。
「……あなたは、
不満も役割も、
考えなくていいのね」
猫は答えない。
だが、逃げもしない。
ノエリアは空を見上げた。
衝突は、避けるものではない。
処理するものだ。
今日、孤児院は
初めて“揉めて、壊れなかった”。
それは、
組織として、
確かな一歩だった。
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