『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第13話 選ばなかったものの正体

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第13話 選ばなかったものの正体

王城の執務室は、朝から静かだった。

書類の山。
数字。
報告。

それらに目を通しながら、
クラウス・エルディオンは、
わずかな違和感を覚えていた。

(……合わない)

帳簿の数字そのものに、
問題はない。

だが、
「処理の速さ」と
「報告の質」が、
妙に安定してきている。

「最近、
商会からの報告が、
随分整理されているな」

部下が答える。

「はい。
下働きに、
優秀な見習いが入りまして」

「見習い?」

「孤児院出身だそうです」

その言葉に、
クラウスの手が止まった。

「……孤児院?」

「はい。
アルヴェイン家の……」

それ以上、
聞く必要はなかった。


---

クラウスの脳裏に、
過去の光景がよみがえる。

> 「婚約破棄ですか?
では、書面でお願いします」



あの時のノエリアの声。
冷静で、
感情の起伏がないように見えた。

(……感情が、
なかったわけじゃない)

ただ、
自分より先を見ていただけ。

その事実に、
今さら気づいた。


---

同じ頃、
別の報告が上がる。

「……農地の管理を、
一部、外注したいと」

「理由は?」

「人手不足です」

「孤児院出身者が、
来てくれないのか?」

部下は、
一瞬、言葉を詰まらせた。

「……条件が、
合わないそうで」

「条件?」

「責任の所在が曖昧。
判断権がない。
記録を残さない」

クラウスは、
思わず苦笑した。

(……ああ)

それは、
ノエリアが最初から
排除していたものだ。


---

城の廊下で、
貴族たちの会話が耳に入る。

「孤児院の子、
使えるらしい」

「ただの労働力じゃない」

「判断が早い」

「……欲しいわね」

欲しがる声。

だが、
そこに理解はない。

クラウスは、
足を止めた。

(同じだ)

かつての自分と。


---

午後、
机に置かれた一通の書簡。

差出人は、
アルヴェイン家。

内容は、簡潔だった。

> 「孤児院出身者の派遣については、
本人の意思と条件次第とする」



名も、
感情も、
余計な言葉もない。

ノエリアらしい文面。

クラウスは、
それをじっと見つめた。

(……俺は、
何を切り捨てた)

婚約ではない。

思想だ。


---

城の庭で、
王女が声をかけてきた。

「……最近、
例の孤児院の話、
多いですわね」

「ええ」

「どう思われます?」

クラウスは、
一瞬、答えに迷った。

「……合理的です」

王女は、
少し驚いた顔をした。

「珍しい評価ですわね」

「感情では、
動いていない」

「だからこそ、
人が育つ」

言葉にした瞬間、
胸の奥が、
わずかに痛んだ。


---

夜、
クラウスは一人、
執務室で考える。

もし、
あの時。

ノエリアの言葉を、
「冷たい」と切り捨てず。

「合理的」と受け止めていたら。

(……違う未来が、
あったかもしれない)

だが、
それは仮定だ。

現実は、
すでに動いている。


---

一方、
孤児院では、
いつも通りの夜だった。

「……外で、
名前が出たって」

「すごいね」

「でも、
変わらないよね」

リリィが、
ノエリアを見る。

「……変える必要は、
ありません」

即答だった。

「評価は、
後からついてくるものです」

「こちらから、
迎えに行くものではありません」

子供たちは、
その言葉を
当たり前のように受け取った。


---

中庭で、
猫が丸くなっている。

子猫は、
もう五匹になっていた。

「……増えたわね」

誰にも聞かせない独り言。

ノエリアは、
夜空を見上げた。

選ばなかった者が、
後から価値に気づく。

それは、
ざまぁではない。

ただの結果だ。

孤児院は、
もう噂ではない。

人を育て、
外に送り、
戻る場所でもある。

そして、
それを理解出来る者だけが、
手に入れられる。

ノエリアは、
それを最初から
知っていた。


---

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