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第16話 止めたのは、力ではなく判断
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第16話 止めたのは、力ではなく判断
それは、小さな揉め事として始まった。
場所は、王都近郊の商業区。
人の往来が多く、
荷車と人が入り乱れる通り。
「……だから、数が合わないって言ってるだろ!」
怒鳴り声が響いた。
商会の倉庫前で、
商人と運び屋が言い争っている。
「積み込んだ数は、
間違ってない!」
「嘘をつくな、
三箱足りない!」
周囲の人間は、
距離を取りながら様子を見ていた。
---
その場にいたのが、
エルだった。
孤児院から、
商会の見習いとして通っている少年。
今日は、
在庫確認の補助に来ていただけだった。
(……止まらない)
声が大きくなるほど、
話は進まなくなる。
エルは、
一歩前に出た。
「……確認しても、
いいですか」
場の視線が、
一斉に集まる。
「誰だ?」
「……見習いです」
運び屋が、
苛立った声で言う。
「子供が、
口を出すな」
エルは、
引かなかった。
「感情では、
解決しません」
その言葉に、
一瞬、場が静まる。
---
「積み荷の内容を、
教えてください」
商人が、
半ば呆れたように答える。
「干し豆が、
十箱だ」
「箱の大きさは?」
「標準だ」
エルは、
視線を倉庫の奥へ向ける。
「……ここに、
九箱あります」
「ほらな!」
商人が声を上げる。
「ですが」
エルは続けた。
「この箱、
重さが違います」
運び屋が、
怪訝な顔をする。
「……何?」
エルは、
一箱を指で叩いた。
「中身が、
詰まりすぎています」
「水分を含んでいる」
「だから、
数を間違えた」
周囲が、
ざわめく。
---
商人が、
箱を開けた。
中の豆は、
一部が湿っている。
「……乾燥不足だ」
「ええ」
エルは頷いた。
「一箱分が、
二箱に分散しています」
「結果として、
三箱分の誤差に見えた」
運び屋が、
顔をしかめた。
「……俺は、
数を数えただけだ」
「ええ」
「間違っていません」
その一言に、
運び屋の表情が変わる。
---
商人は、
深く息を吐いた。
「……つまり」
「俺の管理ミスか」
「はい」
即答だった。
「ですが」
「今なら、
対処出来ます」
「乾燥させ直し、
分ければ、
損失は出ません」
場が、
完全に静まった。
---
しばらくして、
商人が苦笑した。
「……助かった」
「殴り合いに、
なるところだった」
運び屋も、
小さく頭を下げた。
「……悪かった」
エルは、
何も言わない。
仕事が、
終わっただけだ。
---
その日の夕方、
商会の責任者が、
エルを呼び止めた。
「……君、
いつも、
こうなのか?」
「何がですか?」
「感情より、
先に考える」
エルは、
少し考えて答えた。
「……普通だと、
思います」
責任者は、
思わず笑った。
「……それが、
一番難しい」
---
話は、
すぐにノエリアのもとへ届いた。
「……倉庫で、
揉め事を止めたと」
執事が報告する。
「殴り合い寸前だったとか」
「そうですか」
ノエリアは、
驚かない。
「怪我人は?」
「いません」
「なら、
問題ありません」
---
孤児院に戻ったエルは、
少しだけ注目を浴びた。
「……すごい」
「喧嘩、
止めたんだって?」
エルは、
首を振る。
「止まっただけ」
「考えたら、
止まった」
それだけだった。
---
夜、
ノエリアはエルを呼んだ。
「今日の件、
どう思いますか」
「……特別なことは、
していません」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「それが、
正解です」
「外では、
特別扱いされるでしょう」
「ですが」
「あなたは、
特別になる必要はありません」
エルは、
深く頷いた。
---
中庭で、
猫が伸びをしている。
子猫たちは、
高いところに登ろうとして、
何度も落ちている。
「……止めなくて、
いいの?」
誰かが言う。
「いいのです」
ノエリアは答える。
「致命的でなければ」
「自分で、
学びますから」
エルは、
その光景を見て、
静かに理解した。
今日、
自分がしたことも、
同じだったのだと。
力で止めたわけではない。
叱ったわけでもない。
ただ、
状況を見て、
判断しただけ。
---
孤児院出身者が、
初めて“事件”を止めた日。
だが、
それは英雄譚ではない。
ここでは、
それが普通だった。
そして外の世界が、
それを「異質」だと感じ始めている。
それこそが、
本当の変化だった。
---
それは、小さな揉め事として始まった。
場所は、王都近郊の商業区。
人の往来が多く、
荷車と人が入り乱れる通り。
「……だから、数が合わないって言ってるだろ!」
怒鳴り声が響いた。
商会の倉庫前で、
商人と運び屋が言い争っている。
「積み込んだ数は、
間違ってない!」
「嘘をつくな、
三箱足りない!」
周囲の人間は、
距離を取りながら様子を見ていた。
---
その場にいたのが、
エルだった。
孤児院から、
商会の見習いとして通っている少年。
今日は、
在庫確認の補助に来ていただけだった。
(……止まらない)
声が大きくなるほど、
話は進まなくなる。
エルは、
一歩前に出た。
「……確認しても、
いいですか」
場の視線が、
一斉に集まる。
「誰だ?」
「……見習いです」
運び屋が、
苛立った声で言う。
「子供が、
口を出すな」
エルは、
引かなかった。
「感情では、
解決しません」
その言葉に、
一瞬、場が静まる。
---
「積み荷の内容を、
教えてください」
商人が、
半ば呆れたように答える。
「干し豆が、
十箱だ」
「箱の大きさは?」
「標準だ」
エルは、
視線を倉庫の奥へ向ける。
「……ここに、
九箱あります」
「ほらな!」
商人が声を上げる。
「ですが」
エルは続けた。
「この箱、
重さが違います」
運び屋が、
怪訝な顔をする。
「……何?」
エルは、
一箱を指で叩いた。
「中身が、
詰まりすぎています」
「水分を含んでいる」
「だから、
数を間違えた」
周囲が、
ざわめく。
---
商人が、
箱を開けた。
中の豆は、
一部が湿っている。
「……乾燥不足だ」
「ええ」
エルは頷いた。
「一箱分が、
二箱に分散しています」
「結果として、
三箱分の誤差に見えた」
運び屋が、
顔をしかめた。
「……俺は、
数を数えただけだ」
「ええ」
「間違っていません」
その一言に、
運び屋の表情が変わる。
---
商人は、
深く息を吐いた。
「……つまり」
「俺の管理ミスか」
「はい」
即答だった。
「ですが」
「今なら、
対処出来ます」
「乾燥させ直し、
分ければ、
損失は出ません」
場が、
完全に静まった。
---
しばらくして、
商人が苦笑した。
「……助かった」
「殴り合いに、
なるところだった」
運び屋も、
小さく頭を下げた。
「……悪かった」
エルは、
何も言わない。
仕事が、
終わっただけだ。
---
その日の夕方、
商会の責任者が、
エルを呼び止めた。
「……君、
いつも、
こうなのか?」
「何がですか?」
「感情より、
先に考える」
エルは、
少し考えて答えた。
「……普通だと、
思います」
責任者は、
思わず笑った。
「……それが、
一番難しい」
---
話は、
すぐにノエリアのもとへ届いた。
「……倉庫で、
揉め事を止めたと」
執事が報告する。
「殴り合い寸前だったとか」
「そうですか」
ノエリアは、
驚かない。
「怪我人は?」
「いません」
「なら、
問題ありません」
---
孤児院に戻ったエルは、
少しだけ注目を浴びた。
「……すごい」
「喧嘩、
止めたんだって?」
エルは、
首を振る。
「止まっただけ」
「考えたら、
止まった」
それだけだった。
---
夜、
ノエリアはエルを呼んだ。
「今日の件、
どう思いますか」
「……特別なことは、
していません」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「それが、
正解です」
「外では、
特別扱いされるでしょう」
「ですが」
「あなたは、
特別になる必要はありません」
エルは、
深く頷いた。
---
中庭で、
猫が伸びをしている。
子猫たちは、
高いところに登ろうとして、
何度も落ちている。
「……止めなくて、
いいの?」
誰かが言う。
「いいのです」
ノエリアは答える。
「致命的でなければ」
「自分で、
学びますから」
エルは、
その光景を見て、
静かに理解した。
今日、
自分がしたことも、
同じだったのだと。
力で止めたわけではない。
叱ったわけでもない。
ただ、
状況を見て、
判断しただけ。
---
孤児院出身者が、
初めて“事件”を止めた日。
だが、
それは英雄譚ではない。
ここでは、
それが普通だった。
そして外の世界が、
それを「異質」だと感じ始めている。
それこそが、
本当の変化だった。
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