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第17話 もう、同じ場所には立っていない
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第17話 もう、同じ場所には立っていない
王都からの馬車が、アルヴェイン家の門前に止まったのは、昼過ぎだった。
事前の通告はある。
だが、内容は簡潔すぎる。
> 「私的な用件につき、短時間の面会を願う」
差出人の名は、
クラウス・エルディオン。
元婚約者。
現・王太子。
執事は、書簡を持つ手にわずかな緊張を滲ませた。
「……お断りになりますか?」
「いいえ」
ノエリアは即答する。
「会います」
理由を、説明する必要はなかった。
---
応接室に現れたクラウスは、
以前より痩せたように見えた。
姿勢は正しい。
服装も整っている。
だが、
余裕だけが、確実に減っている。
「久しぶりだな、ノエリア」
「ええ」
それだけだった。
懐かしさも、
嫌悪も、
そこにはない。
---
しばらく、沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、クラウスだった。
「……孤児院の件だ」
「承知しています」
ノエリアは、淡々と応じる。
「最近、
随分と名を聞く」
「ええ」
「人材が、
各所で評価されている」
「そうですか」
感想は、なかった。
---
クラウスは、
一瞬だけ言葉に詰まった。
「……君は、
最初から、
ここまで見ていたのか?」
ノエリアは、
少し考えてから答える。
「いいえ」
「見ていたのではありません」
「考えていた、だけです」
クラウスの眉が、わずかに動く。
「違いは?」
「大きいです」
即答だった。
「未来を“当てる”必要はありません」
「今、必要なことを、
積み上げるだけです」
---
クラウスは、
苦笑した。
「……昔と、
同じ言い方だな」
「変わっていませんから」
ノエリアは答える。
「変わったのは、
立場です」
その一言が、
静かに、だが確実に刺さった。
---
「正直に言おう」
クラウスは、
視線を上げる。
「貴族会の中には、
君の孤児院を、
“管理下に置くべきだ”
という声が強い」
「承知しています」
「……王太子として、
無視出来ない」
ノエリアは、
少しだけ首を傾げた。
「それで?」
クラウスは、
深く息を吐いた。
「妥協案を、
提示したい」
「……聞くだけは、
聞こう」
---
「孤児院を、
王家直轄の育成機関とする」
「資金は、
全面的に出す」
「人材の進路は、
王家が保証する」
「代わりに」
一拍。
「運営の最終決定権を、
共有してほしい」
言い終えた瞬間、
クラウス自身が、
その提案の重さを理解していた。
---
ノエリアは、
即答しなかった。
沈黙。
やがて、
静かに口を開く。
「……あなたは」
「孤児院が、
何をしている場所だと、
思っていますか?」
クラウスは、
迷わず答えた。
「人材育成だ」
「違います」
即答だった。
「ここは、
選択肢を与える場所です」
「育成ではありません」
「“自分で決める力”を、
返しているだけです」
---
「王家直轄になれば」
ノエリアは、続ける。
「選択は、
目的に変わります」
「目的になった瞬間、
ここは壊れます」
クラウスは、
言葉を失った。
---
「……なら」
苦し紛れに、
問い返す。
「王家は、
何も出来ないと?」
「出来ます」
ノエリアは、
はっきり答える。
「見守ること」
「条件を出さないこと」
「選択を、
奪わないこと」
それは、
王太子にとって、
最も難しい役割だった。
---
長い沈黙のあと、
クラウスは立ち上がった。
「……分かった」
「今日は、
これ以上は言わない」
「だが」
一瞬、
視線が揺れる。
「君のしていることは、
王国を変える」
ノエリアは、
首を横に振った。
「変わるのは、
人です」
「私は、
触れているだけです」
---
別れ際、
クラウスは振り返った。
「……あの時」
「婚約を、
切ったこと」
言葉が、続かない。
ノエリアは、
穏やかに答えた。
「正しい判断でした」
クラウスは、
目を見開いた。
「私にとっても」
その言葉が、
何より残酷だった。
---
馬車が去ったあと、
執事が小さく息を吐いた。
「……何も、
取り付けませんでしたね」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「だからこそ、
十分です」
---
夕方、
孤児院では、
いつも通りの時間が流れていた。
新しい子が、
年長の子に教えられている。
「……こう?」
「違う」
「考えて」
そのやり取りを、
ノエリアは遠くから見ていた。
---
中庭で、
猫が丸くなっている。
子猫は、
すっかり大きくなった。
「……もう、
戻れない場所ね」
誰にともなく呟く。
だが、
後悔はなかった。
ノエリアは、
もう選ばれる側ではない。
選択を許す側だ。
そしてそれは、
誰にも奪えない位置だった。
---
王都からの馬車が、アルヴェイン家の門前に止まったのは、昼過ぎだった。
事前の通告はある。
だが、内容は簡潔すぎる。
> 「私的な用件につき、短時間の面会を願う」
差出人の名は、
クラウス・エルディオン。
元婚約者。
現・王太子。
執事は、書簡を持つ手にわずかな緊張を滲ませた。
「……お断りになりますか?」
「いいえ」
ノエリアは即答する。
「会います」
理由を、説明する必要はなかった。
---
応接室に現れたクラウスは、
以前より痩せたように見えた。
姿勢は正しい。
服装も整っている。
だが、
余裕だけが、確実に減っている。
「久しぶりだな、ノエリア」
「ええ」
それだけだった。
懐かしさも、
嫌悪も、
そこにはない。
---
しばらく、沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、クラウスだった。
「……孤児院の件だ」
「承知しています」
ノエリアは、淡々と応じる。
「最近、
随分と名を聞く」
「ええ」
「人材が、
各所で評価されている」
「そうですか」
感想は、なかった。
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クラウスは、
一瞬だけ言葉に詰まった。
「……君は、
最初から、
ここまで見ていたのか?」
ノエリアは、
少し考えてから答える。
「いいえ」
「見ていたのではありません」
「考えていた、だけです」
クラウスの眉が、わずかに動く。
「違いは?」
「大きいです」
即答だった。
「未来を“当てる”必要はありません」
「今、必要なことを、
積み上げるだけです」
---
クラウスは、
苦笑した。
「……昔と、
同じ言い方だな」
「変わっていませんから」
ノエリアは答える。
「変わったのは、
立場です」
その一言が、
静かに、だが確実に刺さった。
---
「正直に言おう」
クラウスは、
視線を上げる。
「貴族会の中には、
君の孤児院を、
“管理下に置くべきだ”
という声が強い」
「承知しています」
「……王太子として、
無視出来ない」
ノエリアは、
少しだけ首を傾げた。
「それで?」
クラウスは、
深く息を吐いた。
「妥協案を、
提示したい」
「……聞くだけは、
聞こう」
---
「孤児院を、
王家直轄の育成機関とする」
「資金は、
全面的に出す」
「人材の進路は、
王家が保証する」
「代わりに」
一拍。
「運営の最終決定権を、
共有してほしい」
言い終えた瞬間、
クラウス自身が、
その提案の重さを理解していた。
---
ノエリアは、
即答しなかった。
沈黙。
やがて、
静かに口を開く。
「……あなたは」
「孤児院が、
何をしている場所だと、
思っていますか?」
クラウスは、
迷わず答えた。
「人材育成だ」
「違います」
即答だった。
「ここは、
選択肢を与える場所です」
「育成ではありません」
「“自分で決める力”を、
返しているだけです」
---
「王家直轄になれば」
ノエリアは、続ける。
「選択は、
目的に変わります」
「目的になった瞬間、
ここは壊れます」
クラウスは、
言葉を失った。
---
「……なら」
苦し紛れに、
問い返す。
「王家は、
何も出来ないと?」
「出来ます」
ノエリアは、
はっきり答える。
「見守ること」
「条件を出さないこと」
「選択を、
奪わないこと」
それは、
王太子にとって、
最も難しい役割だった。
---
長い沈黙のあと、
クラウスは立ち上がった。
「……分かった」
「今日は、
これ以上は言わない」
「だが」
一瞬、
視線が揺れる。
「君のしていることは、
王国を変える」
ノエリアは、
首を横に振った。
「変わるのは、
人です」
「私は、
触れているだけです」
---
別れ際、
クラウスは振り返った。
「……あの時」
「婚約を、
切ったこと」
言葉が、続かない。
ノエリアは、
穏やかに答えた。
「正しい判断でした」
クラウスは、
目を見開いた。
「私にとっても」
その言葉が、
何より残酷だった。
---
馬車が去ったあと、
執事が小さく息を吐いた。
「……何も、
取り付けませんでしたね」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「だからこそ、
十分です」
---
夕方、
孤児院では、
いつも通りの時間が流れていた。
新しい子が、
年長の子に教えられている。
「……こう?」
「違う」
「考えて」
そのやり取りを、
ノエリアは遠くから見ていた。
---
中庭で、
猫が丸くなっている。
子猫は、
すっかり大きくなった。
「……もう、
戻れない場所ね」
誰にともなく呟く。
だが、
後悔はなかった。
ノエリアは、
もう選ばれる側ではない。
選択を許す側だ。
そしてそれは、
誰にも奪えない位置だった。
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