『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第18話 敵は、悪意から生まれない

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第18話 敵は、悪意から生まれない

王都の空気が、少しずつ変わり始めていた。

それは、事件や騒動として表に出るものではない。
噂の質が、変わっただけだ。

「……便利すぎると思いません?」

貴族会の控え室で、若い貴族がそう口にした。

「孤児院出身者を雇えば、
揉め事が起きない。
帳簿も正確。
口も軽くない」

別の貴族が、静かに頷く。

「優秀すぎる」

その言葉には、
賞賛よりも警戒が滲んでいた。


---

「問題は、
誰の管理下にもないことです」

年配の貴族が言った。

「王家でもない。
貴族会でもない」

「アルヴェイン家の令嬢、
たった一人の判断で、
人が動いている」

「それは……
危険では?」

言葉は、
慎重に選ばれている。

だが、
結論はすでに決まっていた。


---

同じ頃、
孤児院では、
いつも通りの朝が始まっていた。

「今日は、
交代で畑を見ます」

「帳簿、
昨日の分まで合ってます」

「火、
安定してます」

誰も、
外の空気を知らない。

それでいい。

ノエリアは、
報告を聞きながら考えていた。

(来たわね)

敵対は、
予想していた。

理解出来ないものは、
必ず「危険」と呼ばれる。


---

午後、
執事が一通の書簡を持ってきた。

差出人は、
名を聞いたことのある貴族家。

内容は、
丁寧だが冷たい。

> 「孤児院の運営は、
一部の貴族の経済活動に
影響を及ぼしている。
是正を求める」



ノエリアは、
一度目を通すと、
机に置いた。

「返事は?」

「不要です」

即答だった。


---

その日の夜、
別の動きがあった。

「……孤児院に、
調査団を入れたいそうです」

執事の声が低くなる。

「名目は、
児童保護」

「実態は?」

「……牽制でしょう」

ノエリアは、
小さく頷いた。

「通告は?」

「三日後」

「分かりました」

拒否はしない。
だが、
迎合もしない。


---

王都では、
さらに露骨な声が上がり始めていた。

「孤児が、
平民や貴族の仕事を奪っている」

「賃金が下がったのは、
あの孤児院のせいだ」

「感情を持たない人材など、
社会に不要だ」

言葉は、
どんどん歪んでいく。


---

孤児院出身者を雇っていた商会の一つが、
突然、契約を打ち切った。

理由は、
曖昧だった。

「……圧が、
かかったようです」

報告を聞いても、
ノエリアは表情を変えない。

「本人は?」

「……戻りたいと」

「受け入れます」

それだけだった。


---

夜、
孤児院に集められた子供たち。

空気が、
少し張りつめている。

「外で、
色々言われ始めています」

ノエリアは、
隠さず告げた。

ざわめき。

「……私たち、
悪いことをしてますか?」

誰かが、
震える声で聞いた。

ノエリアは、
静かに答える。

「いいえ」

「ですが」

一拍。

「理解されないことは、
あります」


---

「敵は、
悪意から生まれません」

子供たちは、
意味を考える。

「分からないものを、
怖がる」

「怖がると、
排除したくなる」

「それだけです」

誰も、
反論しなかった。


---

「では、
どうしますか?」

年長の子が、
尋ねる。

「何もしません」

即答だった。

「今まで通りです」

「変えるとすれば」

少しだけ、
声が低くなる。

「自分たちの判断を、
より丁寧にすること」


---

三日後、
調査団が来た。

人数は多くない。
だが、
視線は厳しい。

帳簿。
作業内容。
生活環境。

すべて、
淡々と確認される。

だが、
問題は出ない。

「……秩序が、
自然発生している」

調査官が、
思わず呟いた。

「管理は?」

「ありません」

ノエリアは答える。

「役割と、
責任だけです」


---

調査団は、
明確な指摘を残せずに帰った。

だが、
敵対派は、
引かない。

「証拠がないだけだ」

「危険性は、
依然として高い」

声は、
さらに硬くなる。


---

その夜、
ノエリアは中庭に立っていた。

足元には、
いつもの猫。

子猫たちは、
もうそれぞれ勝手に動いている。

「……敵は、
姿を見せたわ」

猫は答えない。

だが、
逃げもしない。

ノエリアは、
空を見上げた。

恐怖から生まれた敵は、
説得出来ない。

だが、
時間には勝てない。

孤児院は、
壊される存在ではない。

なぜなら、
すでに「人」に分散しているからだ。

誰か一人を倒しても、
消えない。

それが、
最も理解されにくく、
最も恐れられる点だった。


---
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