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第19話 正しさは、刃より静かに人を傷つける
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第19話 正しさは、刃より静かに人を傷つける
動きは、朝から始まっていた。
孤児院の門の前に、見慣れない掲示が貼られる。
> 告知
本日より、当施設に対し
一時的な活動制限が検討されている
児童保護および労働環境再確認のため
関係者以外の出入りを制限する」
文字は丁寧で、穏やかだ。
だが、内容は明確だった。
――締め出し。
---
「……お嬢様」
門番役の少年が、唇を噛む。
「外から、
人が来ています」
門の外には、数人の役人と、
それを取り囲むように集まった野次馬。
誰も怒鳴らない。
誰も暴れない。
ただ、
“正しい顔”をしている。
---
ノエリアは、
掲示を一度見ただけで理解した。
(始まったわね)
敵対派は、
孤児院を潰す気はない。
“正しく管理される場所”に
変えたいだけだ。
それが、
最も残酷なやり方だと知りながら。
---
「作業は、
止めません」
ノエリアは告げる。
「ただし、
外へ出る子は、
私の許可を取りなさい」
「理由は?」
「責任の所在を、
こちらに集中させるためです」
子供たちは、
黙って頷いた。
誰も、
取り乱さない。
---
役人の代表が、
ノエリアに近づく。
「……本日は、
通達のみです」
「ええ」
「数日以内に、
正式な判断が下ります」
「承知しました」
感情の応酬は、ない。
それが、
彼らを苛立たせた。
---
その日の昼、
最初の影響が出た。
「……商会から、
連絡がありました」
執事の声が低い。
「孤児院出身者の、
一時受け入れを停止すると」
「理由は?」
「……“世論への配慮”」
ノエリアは、
小さく息を吐いた。
(予想通り)
---
孤児院の中にも、
不安が広がる。
「……私たち、
外に出られなくなるの?」
「仕事、
続けられる?」
誰も声を荒げない。
それが、
余計に重かった。
---
ノエリアは、
全員を集めた。
「外で、
動きがあります」
ざわめき。
「孤児院を、
“安全な形”に
作り替えたい人たちがいます」
「……安全?」
誰かが、
困惑した声を出す。
「ええ」
ノエリアは、
淡々と続ける。
「規則を増やし、
許可を必要にし、
判断を奪う」
「それを、
善意と呼びます」
子供たちは、
静かに聞いている。
---
「ここで、
大切なのは一つです」
ノエリアは、
ゆっくり言った。
「自分で考え、
自分で決め、
自分で責任を取る」
「それを、
手放さないこと」
---
午後、
役人が再び訪れた。
今度は、
書類を携えている。
「……孤児院の作業内容について、
一部、改善要請があります」
「具体的には?」
「火の管理を、
大人が行うこと」
「帳簿管理を、
外部監査に委ねること」
「外部就労は、
全面停止」
空気が、
凍りついた。
---
ノエリアは、
一つずつ確認する。
「火の管理を、
大人が?」
「はい」
「責任は、
誰が?」
「……大人が」
「帳簿の最終判断は?」
「監査官が」
「外部就労停止の期間は?」
「……未定です」
ノエリアは、
静かに頷いた。
「それは、
改善ではありません」
「解体です」
役人が、
顔をこわばらせる。
---
「ですが」
役人は、
言葉を選ぶ。
「これは、
“子供たちを守るため”」
「理解しています」
ノエリアは即答する。
「だからこそ、
拒否します」
その言葉に、
場が静まり返る。
---
「……拒否すれば」
「分かっています」
「さらに、
制限が強まる」
「承知しています」
一歩も、引かない。
---
役人たちが去ったあと、
子供たちは、
ノエリアを見る。
「……どうなりますか?」
「少し、
不便になります」
正直な答えだった。
「でも」
「壊れません」
---
その夜、
孤児院に灯りがともる。
畑は、
いつもより静かだ。
調理棟では、
ミナが火を見ている。
「……大丈夫?」
誰かが聞く。
「うん」
短い答え。
「火は、
嘘をつかないから」
---
帳簿の前で、
リリィが数字を確認する。
「……外が、
どう言っても」
「数字は、
変わらない」
それが、
支えだった。
---
中庭で、
猫が静かに座っている。
子猫たちは、
寄り添って眠っている。
「……締め出しは、
外からしか出来ない」
ノエリアは、
小さく呟く。
中にいる限り、
ここは壊れない。
思想は、
建物ではない。
人の中にある。
---
敵対派は、
制度を使った。
だが、
制度は遅い。
孤児院は、
すでに“動く形”を持っている。
止められるのは、
書類だけだ。
判断までは、
奪えない。
それを、
彼らはまだ理解していなかった。
--
動きは、朝から始まっていた。
孤児院の門の前に、見慣れない掲示が貼られる。
> 告知
本日より、当施設に対し
一時的な活動制限が検討されている
児童保護および労働環境再確認のため
関係者以外の出入りを制限する」
文字は丁寧で、穏やかだ。
だが、内容は明確だった。
――締め出し。
---
「……お嬢様」
門番役の少年が、唇を噛む。
「外から、
人が来ています」
門の外には、数人の役人と、
それを取り囲むように集まった野次馬。
誰も怒鳴らない。
誰も暴れない。
ただ、
“正しい顔”をしている。
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ノエリアは、
掲示を一度見ただけで理解した。
(始まったわね)
敵対派は、
孤児院を潰す気はない。
“正しく管理される場所”に
変えたいだけだ。
それが、
最も残酷なやり方だと知りながら。
---
「作業は、
止めません」
ノエリアは告げる。
「ただし、
外へ出る子は、
私の許可を取りなさい」
「理由は?」
「責任の所在を、
こちらに集中させるためです」
子供たちは、
黙って頷いた。
誰も、
取り乱さない。
---
役人の代表が、
ノエリアに近づく。
「……本日は、
通達のみです」
「ええ」
「数日以内に、
正式な判断が下ります」
「承知しました」
感情の応酬は、ない。
それが、
彼らを苛立たせた。
---
その日の昼、
最初の影響が出た。
「……商会から、
連絡がありました」
執事の声が低い。
「孤児院出身者の、
一時受け入れを停止すると」
「理由は?」
「……“世論への配慮”」
ノエリアは、
小さく息を吐いた。
(予想通り)
---
孤児院の中にも、
不安が広がる。
「……私たち、
外に出られなくなるの?」
「仕事、
続けられる?」
誰も声を荒げない。
それが、
余計に重かった。
---
ノエリアは、
全員を集めた。
「外で、
動きがあります」
ざわめき。
「孤児院を、
“安全な形”に
作り替えたい人たちがいます」
「……安全?」
誰かが、
困惑した声を出す。
「ええ」
ノエリアは、
淡々と続ける。
「規則を増やし、
許可を必要にし、
判断を奪う」
「それを、
善意と呼びます」
子供たちは、
静かに聞いている。
---
「ここで、
大切なのは一つです」
ノエリアは、
ゆっくり言った。
「自分で考え、
自分で決め、
自分で責任を取る」
「それを、
手放さないこと」
---
午後、
役人が再び訪れた。
今度は、
書類を携えている。
「……孤児院の作業内容について、
一部、改善要請があります」
「具体的には?」
「火の管理を、
大人が行うこと」
「帳簿管理を、
外部監査に委ねること」
「外部就労は、
全面停止」
空気が、
凍りついた。
---
ノエリアは、
一つずつ確認する。
「火の管理を、
大人が?」
「はい」
「責任は、
誰が?」
「……大人が」
「帳簿の最終判断は?」
「監査官が」
「外部就労停止の期間は?」
「……未定です」
ノエリアは、
静かに頷いた。
「それは、
改善ではありません」
「解体です」
役人が、
顔をこわばらせる。
---
「ですが」
役人は、
言葉を選ぶ。
「これは、
“子供たちを守るため”」
「理解しています」
ノエリアは即答する。
「だからこそ、
拒否します」
その言葉に、
場が静まり返る。
---
「……拒否すれば」
「分かっています」
「さらに、
制限が強まる」
「承知しています」
一歩も、引かない。
---
役人たちが去ったあと、
子供たちは、
ノエリアを見る。
「……どうなりますか?」
「少し、
不便になります」
正直な答えだった。
「でも」
「壊れません」
---
その夜、
孤児院に灯りがともる。
畑は、
いつもより静かだ。
調理棟では、
ミナが火を見ている。
「……大丈夫?」
誰かが聞く。
「うん」
短い答え。
「火は、
嘘をつかないから」
---
帳簿の前で、
リリィが数字を確認する。
「……外が、
どう言っても」
「数字は、
変わらない」
それが、
支えだった。
---
中庭で、
猫が静かに座っている。
子猫たちは、
寄り添って眠っている。
「……締め出しは、
外からしか出来ない」
ノエリアは、
小さく呟く。
中にいる限り、
ここは壊れない。
思想は、
建物ではない。
人の中にある。
---
敵対派は、
制度を使った。
だが、
制度は遅い。
孤児院は、
すでに“動く形”を持っている。
止められるのは、
書類だけだ。
判断までは、
奪えない。
それを、
彼らはまだ理解していなかった。
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