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第29話 理解できないものとは、組めない
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第29話 理解できないものとは、組めない
二人目の面会は、
最初から違和感を伴っていた。
時間は、指定より十分早い。
場所は、同じ応接室。
だが、
空気が違う。
「……随分、
早いですね」
ノエリアがそう言うと、
男は自信ありげに笑った。
「機会は、
早く掴むべきだと思いまして」
――セドリック・フォルカー侯爵。
年齢は三十代半ば。
家格は十分。
人脈も広い。
書類上は、
申し分のない相手だ。
---
着席するや否や、
セドリックは語り始めた。
「あなたの活躍は、
以前から注目していました」
「孤児院の件――」
「見事な手腕です」
ノエリアは、
静かに紅茶に手を伸ばす。
(……評価から入るのね)
---
「正直に言いましょう」
セドリックは、
少し身を乗り出す。
「あなたは、
非常に“使える”」
その言葉が、
空気を変えた。
「孤児院出身者の人材」
「制度設計の経験」
「貴族社会への影響力」
「これらを、
我が家と組み合わせれば」
ノエリアは、
紅茶を置いた。
---
「“使える”と
おっしゃいましたね」
「ええ」
セドリックは、
悪びれず頷く。
「賛辞です」
「能力は、
活用されるべきでしょう?」
ノエリアは、
視線を上げる。
「確認します」
「私を、
“個人”として
見ていますか?」
---
セドリックは、
一瞬だけ考え、
笑った。
「もちろん」
だが、
その答えは軽い。
「あなたは、
非常に優秀な個人だ」
「だからこそ、
組む価値がある」
ノエリアは、
内心で結論を出した。
(……見ていない)
---
それでも、
形式は続ける。
「婚姻後の居住地は?」
「同居を前提に」
即答だった。
「別居は、
統率が取りにくい」
「生活への干渉は?」
「必要に応じて」
「孤児院への関与は?」
この問いに、
セドリックは微笑む。
「もちろん、
管理下に置く」
---
「理由を」
ノエリアは、
感情を挟まず問う。
「効率です」
「自由裁量は、
必ず歪みを生む」
「統制こそ、
安定を生む」
その言葉は、
理屈としては整っている。
だが――
ノエリアの世界とは、真逆だった。
---
「感情的な関係について」
最後の確認。
「期待は?」
セドリックは、
当然のように答える。
「妻である以上、
それは義務だ」
「愛情は、
後から育てればいい」
その瞬間、
ノエリアの中で
何かが完全に切れた。
---
「……理解しました」
彼女は、
静かに立ち上がる。
セドリックが、
怪訝な顔をする。
「まだ、
話の途中ですが」
「十分です」
ノエリアは、
はっきり言った。
---
「あなたは、
合理的です」
「有能でもあります」
「ですが」
一拍。
「私の人生を、
目的の一部に
組み込もうとする方とは、
組めません」
セドリックは、
驚いた顔をした。
「……感情論ですか?」
「いいえ」
即答だった。
「条件論です」
---
「私は、
判断を委ねない」
「裁量を奪われない」
「義務以上を
要求されない」
「それが、
私の条件です」
セドリックは、
一瞬、言葉を失う。
「……それでは、
政略結婚の意味がない」
ノエリアは、
小さく首を横に振った。
---
「あります」
「私が、
政略結婚を
飲める理由が」
その言葉に、
セドリックは理解出来ない顔をした。
それで、十分だった。
---
面会は、
予定より早く終わった。
廊下を歩きながら、
ノエリアは思う。
(……比べる必要すらなかった)
---
屋敷に戻ると、
猫が中庭にいた。
「……却下」
そう告げると、
猫は尻尾を振る。
---
夜。
ノエリアは、
書類を整理する。
候補者二名。
一人は、
理解者。
一人は、
管理者。
選択は、
ほぼ決まっていた。
だが――
まだ、決断はしない。
---
「……第三の選択肢が、
あるかもしれない」
そう思った瞬間、
違和感は確信に変わる。
政略結婚は、
義務。
だが、
人生の全てではない。
---
猫が、
欠伸をする。
子猫たちは、
静かに眠っている。
ノエリアは、
窓を閉めた。
明日は、
静かなはずだ。
だが、
この静けさは、
嵐の前ではない。
選択の前だ。
---
二人目の面会は、
最初から違和感を伴っていた。
時間は、指定より十分早い。
場所は、同じ応接室。
だが、
空気が違う。
「……随分、
早いですね」
ノエリアがそう言うと、
男は自信ありげに笑った。
「機会は、
早く掴むべきだと思いまして」
――セドリック・フォルカー侯爵。
年齢は三十代半ば。
家格は十分。
人脈も広い。
書類上は、
申し分のない相手だ。
---
着席するや否や、
セドリックは語り始めた。
「あなたの活躍は、
以前から注目していました」
「孤児院の件――」
「見事な手腕です」
ノエリアは、
静かに紅茶に手を伸ばす。
(……評価から入るのね)
---
「正直に言いましょう」
セドリックは、
少し身を乗り出す。
「あなたは、
非常に“使える”」
その言葉が、
空気を変えた。
「孤児院出身者の人材」
「制度設計の経験」
「貴族社会への影響力」
「これらを、
我が家と組み合わせれば」
ノエリアは、
紅茶を置いた。
---
「“使える”と
おっしゃいましたね」
「ええ」
セドリックは、
悪びれず頷く。
「賛辞です」
「能力は、
活用されるべきでしょう?」
ノエリアは、
視線を上げる。
「確認します」
「私を、
“個人”として
見ていますか?」
---
セドリックは、
一瞬だけ考え、
笑った。
「もちろん」
だが、
その答えは軽い。
「あなたは、
非常に優秀な個人だ」
「だからこそ、
組む価値がある」
ノエリアは、
内心で結論を出した。
(……見ていない)
---
それでも、
形式は続ける。
「婚姻後の居住地は?」
「同居を前提に」
即答だった。
「別居は、
統率が取りにくい」
「生活への干渉は?」
「必要に応じて」
「孤児院への関与は?」
この問いに、
セドリックは微笑む。
「もちろん、
管理下に置く」
---
「理由を」
ノエリアは、
感情を挟まず問う。
「効率です」
「自由裁量は、
必ず歪みを生む」
「統制こそ、
安定を生む」
その言葉は、
理屈としては整っている。
だが――
ノエリアの世界とは、真逆だった。
---
「感情的な関係について」
最後の確認。
「期待は?」
セドリックは、
当然のように答える。
「妻である以上、
それは義務だ」
「愛情は、
後から育てればいい」
その瞬間、
ノエリアの中で
何かが完全に切れた。
---
「……理解しました」
彼女は、
静かに立ち上がる。
セドリックが、
怪訝な顔をする。
「まだ、
話の途中ですが」
「十分です」
ノエリアは、
はっきり言った。
---
「あなたは、
合理的です」
「有能でもあります」
「ですが」
一拍。
「私の人生を、
目的の一部に
組み込もうとする方とは、
組めません」
セドリックは、
驚いた顔をした。
「……感情論ですか?」
「いいえ」
即答だった。
「条件論です」
---
「私は、
判断を委ねない」
「裁量を奪われない」
「義務以上を
要求されない」
「それが、
私の条件です」
セドリックは、
一瞬、言葉を失う。
「……それでは、
政略結婚の意味がない」
ノエリアは、
小さく首を横に振った。
---
「あります」
「私が、
政略結婚を
飲める理由が」
その言葉に、
セドリックは理解出来ない顔をした。
それで、十分だった。
---
面会は、
予定より早く終わった。
廊下を歩きながら、
ノエリアは思う。
(……比べる必要すらなかった)
---
屋敷に戻ると、
猫が中庭にいた。
「……却下」
そう告げると、
猫は尻尾を振る。
---
夜。
ノエリアは、
書類を整理する。
候補者二名。
一人は、
理解者。
一人は、
管理者。
選択は、
ほぼ決まっていた。
だが――
まだ、決断はしない。
---
「……第三の選択肢が、
あるかもしれない」
そう思った瞬間、
違和感は確信に変わる。
政略結婚は、
義務。
だが、
人生の全てではない。
---
猫が、
欠伸をする。
子猫たちは、
静かに眠っている。
ノエリアは、
窓を閉めた。
明日は、
静かなはずだ。
だが、
この静けさは、
嵐の前ではない。
選択の前だ。
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