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第31話 属さないという立場
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第31話 属さないという立場
王家への返書を出した翌日、
ノエリアのもとに届いたのは、予想していた反応ではなかった。
「……視察要請?」
差出人は、
西方準伯領。
孤児院モデルの試験導入を行った地域だ。
> 「貴女の設計した制度について
現地での説明を願いたい」
命令ではない。
要請。
しかも、文面は丁寧だった。
---
「行きます」
ノエリアは即答した。
執事が一瞬、言葉に詰まる。
「お嬢様……
王家の了承は」
「取れています」
短く答える。
「私は、
誰かの妻としてではなく
制度設計者として呼ばれている」
それが、
今回の前提だった。
---
西方準伯領は、
王都から半日ほどの距離にある。
馬車の窓から見える景色は、
豊かとは言い難い。
だが、
人は多い。
(……潜在力はある)
---
迎えたのは、
準伯本人ではなく、
領政を担う実務官たちだった。
「ノエリア・アルヴェイン様」
「お越しいただき、
感謝いたします」
形式的な挨拶のあと、
すぐに本題へ入る。
---
「孤児院制度ですが」
年配の実務官が切り出す。
「我々は、
正直に言えば
半信半疑でした」
「ですが」
彼は、
資料を差し出した。
「試験導入から半年」
「犯罪率が下がり、
労働者の定着率が上がった」
「……数字が、
結果を示しています」
ノエリアは、
淡々と資料に目を通す。
(想定通り)
---
「一つ、
懸念があります」
若い官吏が続ける。
「“子供を働かせている”という
批判が、
貴族層から出ています」
ノエリアは、
顔を上げた。
「予想していました」
---
「では、
どうお考えですか?」
「反論は、
しません」
即答だった。
「説明はしますが、
説得はしません」
一同が、
少しざわつく。
---
「子供は、
すでに働いています」
「孤児だけではない」
「平民の子供も、
農地や工房で働いている」
「無償で、
あるいは
食事だけの対価で」
ノエリアは、
視線を逸らさない。
---
「違いは、
二つです」
「安全性と、
将来性」
「ここでは、
労働は教育の一部であり」
「段階的に、
選択肢が与えられる」
「それを、
搾取と呼ぶなら」
一拍。
「この国そのものが、
搾取国家です」
沈黙が落ちる。
---
誰も、
反論しなかった。
出来なかった、
と言うべきだろう。
---
「……もう一つ、
質問があります」
別の官吏が、
慎重に口を開く。
「なぜ、
ここまで踏み込めるのですか?」
「貴女は、
どこにも属していない」
「誰の後ろ盾も、
名目上はない」
---
ノエリアは、
少し考えた。
そして答える。
「だからです」
「属していないから、
利害を引きずらない」
「守るのは、
制度と人材」
「家名でも、
婚姻関係でもありません」
---
その言葉は、
実務官たちに
深く刺さった。
(……この人は、
本気だ)
そういう空気が、
はっきりと伝わる。
---
視察は、
半日かけて行われた。
孤児院。
畑。
簡素な工房。
子供たちは、
ノエリアを見ると
自然に頭を下げた。
敬意。
恐怖ではない。
---
「……噂通りですね」
若い官吏が、
小声で言う。
「英雄扱いでは、
ありません」
ノエリアは、
きっぱり言った。
「私は、
管理者です」
---
帰路。
馬車の中で、
ノエリアは静かに考えていた。
(……私は、
もう)
(誰かの庇護を
必要としていない)
それは、
誇りではない。
事実だ。
---
屋敷に戻ると、
猫が足元に絡みつく。
「ただいま」
声をかけると、
子猫たちが一斉に鳴いた。
---
夜。
報告書を書く。
王家宛。
簡潔に。
「制度は、
外部でも通用します」
「私の婚姻の有無は、
影響しません」
それだけで、十分だった。
---
灯りを落とす前、
ノエリアは窓を開ける。
夜風が、
心地よい。
「……属さない、
という立場は」
独り言のように呟く。
「案外、
忙しいわね」
だが、
不満はなかった。
---
猫が、
喉を鳴らす。
子猫たちは、
眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
国も、
動いている。
---
ノエリアは、
静かに目を閉じた。
誰にも属さない。
だから、誰のためにも動ける。
それが、
彼女が選び始めた立場だった。
---
王家への返書を出した翌日、
ノエリアのもとに届いたのは、予想していた反応ではなかった。
「……視察要請?」
差出人は、
西方準伯領。
孤児院モデルの試験導入を行った地域だ。
> 「貴女の設計した制度について
現地での説明を願いたい」
命令ではない。
要請。
しかも、文面は丁寧だった。
---
「行きます」
ノエリアは即答した。
執事が一瞬、言葉に詰まる。
「お嬢様……
王家の了承は」
「取れています」
短く答える。
「私は、
誰かの妻としてではなく
制度設計者として呼ばれている」
それが、
今回の前提だった。
---
西方準伯領は、
王都から半日ほどの距離にある。
馬車の窓から見える景色は、
豊かとは言い難い。
だが、
人は多い。
(……潜在力はある)
---
迎えたのは、
準伯本人ではなく、
領政を担う実務官たちだった。
「ノエリア・アルヴェイン様」
「お越しいただき、
感謝いたします」
形式的な挨拶のあと、
すぐに本題へ入る。
---
「孤児院制度ですが」
年配の実務官が切り出す。
「我々は、
正直に言えば
半信半疑でした」
「ですが」
彼は、
資料を差し出した。
「試験導入から半年」
「犯罪率が下がり、
労働者の定着率が上がった」
「……数字が、
結果を示しています」
ノエリアは、
淡々と資料に目を通す。
(想定通り)
---
「一つ、
懸念があります」
若い官吏が続ける。
「“子供を働かせている”という
批判が、
貴族層から出ています」
ノエリアは、
顔を上げた。
「予想していました」
---
「では、
どうお考えですか?」
「反論は、
しません」
即答だった。
「説明はしますが、
説得はしません」
一同が、
少しざわつく。
---
「子供は、
すでに働いています」
「孤児だけではない」
「平民の子供も、
農地や工房で働いている」
「無償で、
あるいは
食事だけの対価で」
ノエリアは、
視線を逸らさない。
---
「違いは、
二つです」
「安全性と、
将来性」
「ここでは、
労働は教育の一部であり」
「段階的に、
選択肢が与えられる」
「それを、
搾取と呼ぶなら」
一拍。
「この国そのものが、
搾取国家です」
沈黙が落ちる。
---
誰も、
反論しなかった。
出来なかった、
と言うべきだろう。
---
「……もう一つ、
質問があります」
別の官吏が、
慎重に口を開く。
「なぜ、
ここまで踏み込めるのですか?」
「貴女は、
どこにも属していない」
「誰の後ろ盾も、
名目上はない」
---
ノエリアは、
少し考えた。
そして答える。
「だからです」
「属していないから、
利害を引きずらない」
「守るのは、
制度と人材」
「家名でも、
婚姻関係でもありません」
---
その言葉は、
実務官たちに
深く刺さった。
(……この人は、
本気だ)
そういう空気が、
はっきりと伝わる。
---
視察は、
半日かけて行われた。
孤児院。
畑。
簡素な工房。
子供たちは、
ノエリアを見ると
自然に頭を下げた。
敬意。
恐怖ではない。
---
「……噂通りですね」
若い官吏が、
小声で言う。
「英雄扱いでは、
ありません」
ノエリアは、
きっぱり言った。
「私は、
管理者です」
---
帰路。
馬車の中で、
ノエリアは静かに考えていた。
(……私は、
もう)
(誰かの庇護を
必要としていない)
それは、
誇りではない。
事実だ。
---
屋敷に戻ると、
猫が足元に絡みつく。
「ただいま」
声をかけると、
子猫たちが一斉に鳴いた。
---
夜。
報告書を書く。
王家宛。
簡潔に。
「制度は、
外部でも通用します」
「私の婚姻の有無は、
影響しません」
それだけで、十分だった。
---
灯りを落とす前、
ノエリアは窓を開ける。
夜風が、
心地よい。
「……属さない、
という立場は」
独り言のように呟く。
「案外、
忙しいわね」
だが、
不満はなかった。
---
猫が、
喉を鳴らす。
子猫たちは、
眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
国も、
動いている。
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ノエリアは、
静かに目を閉じた。
誰にも属さない。
だから、誰のためにも動ける。
それが、
彼女が選び始めた立場だった。
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