『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第32話 広がる制度、歪む思惑

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第32話 広がる制度、歪む思惑

異変は、静かに始まった。

西方準伯領からの報告が、
王家経由ではなく、
直接ノエリアのもとに届いたとき、
彼女は一瞬だけ手を止めた。

「……経由が違うわね」

内容自体は、
表向きには問題ない。

> 「孤児院制度の拡張について
一部、現地貴族より異議が出ています」



想定内だ。

だが、
“一部”という言い回しが、
妙に曖昧だった。


---

「詳細を」

短い返書を出す。

返事は、
早かった。


---

問題は、
孤児院そのものではなかった。

「……人材、ね」

ノエリアは、
送られてきた資料を読みながら呟く。

孤児院出身の若者が、
工房や役所、
準伯領の実務に入り始めている。

その結果――

既存の中級職が、
静かに押し出されていた。


---

「能力が、
足りないのではなく」

「比較されるようになった」

それが、
最大の問題だった。


---

「お嬢様」

執事が、
控えめに声をかける。

「“孤児上がりが、
職を奪っている”という
噂が出ています」

「でしょうね」

即答だった。


---

「怒りではないわ」

「恐怖よ」

ノエリアは、
資料を閉じる。

「今までは、
選ばれなかった」

「でも今は、
選ばれない理由が
可視化された」

それを、
人は最も恐れる。


---

数日後。

西方準伯領から、
非公式の要請が届く。

> 「現地での調整に、
一度お越しいただけないでしょうか」



行く理由は、
十分だった。


---

現地の会合は、
小規模だった。

準伯代理、
実務官数名、
そして――
問題の中心にいる、
中小貴族たち。

「……正直に言います」

年配の男が、
重い口を開く。

「この制度は、
行き過ぎだ」


---

「理由を」

ノエリアは、
遮らずに促す。

「孤児が、
役所に入る」

「工房を任される」

「それは、
身分秩序を崩す」

「……それだけですか?」

彼は、
目を伏せた。


---

「我々の子供は」

「家庭教師をつけ、
金をかけて育てた」

「それでも、
孤児院出身に
仕事を奪われる」

「納得が、
出来ない」

ノエリアは、
しばらく沈黙した。


---

「……奪われたのではありません」

静かに言う。

「選ばれなかっただけです」

その言葉に、
空気が張り詰める。


---

「能力が、
同等なら」

「身分で選ばれていた」

「今は、
そうではない」

「それを、
不当だと言うなら」

一拍。

「制度ではなく、
現実を否定しています」


---

「しかし!」

別の貴族が、
声を荒げる。

「このままでは、
我々の立場が!」

「不安定になります」

ノエリアは、
頷いた。

「ええ」

「なります」

即答だった。


---

「だからこそ」

「教育を、
止めません」

「選択肢を、
増やします」

「孤児だけでなく、
平民にも」

「貴族の子供にも」

一同が、
ざわつく。


---

「競争を、
広げる?」

「はい」

「守るために、
閉じるのではなく」

「残るために、
学ぶ」

それが、
彼女の答えだった。


---

会合の後。

準伯代理が、
小声で言う。

「……反発は、
続くでしょう」

「ええ」

「止まりません」

ノエリアは、
否定しない。

「でも」

「止めたら、
もっと歪む」


---

帰路の馬車。

ノエリアは、
窓の外を見る。

畑で働く人々。
工房の煙。

孤児院の子供たちも、
その中にいる。


---

「……制度は、
広がれば必ず歪む」

「だから」

「設計者は、
逃げてはいけない」

独り言のように呟く。


---

屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。

足元で、
子猫たちが転がる。

「ただいま」

声をかけると、
一斉に鳴いた。


---

夜。

ノエリアは、
新しい書類を作る。

追加教育案。
再訓練制度。
既存職の移行計画。

どれも、
手間がかかる。


---

「……楽ではないわね」

そう言いながら、
筆は止まらない。

彼女は、
もう知っている。

広がる制度には、
必ず抵抗が生まれる。

それでも。


---

猫が、
机の上に乗る。

「邪魔よ」

そう言いつつ、
追い払わない。


---

「……それでも、
戻れない」

ノエリアは、
静かに言った。

後戻りは、
出来ない。

この制度は、
すでに人の人生を
変え始めている。


---

灯りを落とす。

明日は、
また調整だ。

理解されなくても、
続ける。

それが、
属さない者の責任だった。


---
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