『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第33話 正論という名の刃

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第33話 正論という名の刃

それは、抗議ではなかった。

暴力も、脅迫も、
感情的な非難もない。

だからこそ、
最初の報告を読んだとき、
ノエリアはわずかに眉を寄せただけだった。

> 「孤児院制度の一時停止を求める
共同意見書が提出されました」



提出先は、
王家評議会。

提出者は――
複数の地方貴族、
学識経験者、
そして数名の聖職者。

顔ぶれは、
非の打ち所がなかった。


---

「……止める理由は?」

執事が、慎重に尋ねる。

「“子供の保護”です」

ノエリアは、
淡々と答えた。

「働かせることが、
心身の負担になっている」

「教育の名を借りた、
労働搾取の疑いがある」

「制度の拡大が、
社会秩序を乱している」

どれも、
一見するともっともだ。


---

「お嬢様」

「世論も、
動き始めています」

「“孤児を守れ”という
スローガンが広がっています」

ノエリアは、
小さく息を吐いた。

(……守る、ね)


---

王都で開かれた、
非公式の意見聴取会。

呼ばれたのは、
ノエリア本人。

形式上、
彼女は「説明する側」だった。


---

発言したのは、
白髪の学者だった。

「理念は理解しています」

「しかし」

「子供は、
保護されるべき存在です」

「働かせるべきではない」

穏やかな声。
敵意はない。


---

「質問します」

ノエリアは、
感情を挟まず口を開く。

「“働く”とは、
何を指していますか」

学者は、
一瞬言葉に詰まる。


---

「畑での作業」

「工房での補助」

「調理や、
清掃」

ノエリアは、
静かに頷いた。


---

「では」

「平民の家庭で、
それらを一切しない
子供は、
どれほどいますか」

場が、静まる。


---

「孤児院では」

ノエリアは続ける。

「労働時間は制限されています」

「教育時間は、
明確に確保されています」

「危険作業は禁止」

「拒否権もあります」

「それでもなお」

一拍。

「“働いている”と
断じるなら」

「この国の大半の子供は、
すでに違反者です」


---

次に口を開いたのは、
聖職者だった。

「しかし、
魂の安寧という観点からは――」

「魂の話は、
ここでは不要です」

ノエリアは、
即座に遮った。

「ここは、
制度の場です」


---

「子供の未来を
守るために」

「今の制度を
止めるべきだ」

誰かが、
そう言った。

ノエリアは、
静かに首を横に振る。


---

「止めるのは、
簡単です」

「でも」

「止めた後、
彼らはどこへ行きますか」

沈黙。


---

「路上ですか」

「違法労働ですか」

「犯罪組織ですか」

「“守った”結果が、
それなら」

一拍。

「守ったとは、
言いません」


---

「……感情的では?」

誰かが、
小さく言った。

「いいえ」

ノエリアは、
即答する。

「統計です」


---

資料を、
机に置く。

犯罪率。
再就労率。
定着率。

数字は、
嘘をつかない。


---

「この制度は」

ノエリアは、
淡々と締める。

「完璧ではありません」

「ですが」

「現状より、
悪くない」

「それを」

「“理想論”で
壊すのは、
無責任です」


---

会は、
結論を出さずに終わった。

それが、
最も厄介な結果だった。


---

帰路。

ノエリアは、
王城の廊下を歩く。

(……これは、
長引く)

正論は、
倒せない。

論破しても、
消えない。


---

屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。

子猫たちが、
後ろから転がってくる。

「……ただいま」

声をかけると、
猫は何も答えない。


---

夜。

ノエリアは、
新しい対策案を考える。

説明では、
足りない。

数字でも、
足りない。


---

「……見せるしか、
ないわね」

制度が、
“子供を潰していない”ことを。

そして、
“未来を作っている”ことを。


---

猫が、
机の端で丸くなる。

ノエリアは、
その温もりを感じながら、
静かに呟いた。

「正論は、
人を守らない」

「守るのは、
覚悟よ」


---

灯りを落とす。

次は、
一つの“失敗”が必要になる。

成功だけでは、
人は納得しない。

それを、
ノエリアはよく理解していた。


--
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