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第5話 祝福の裏側
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第5話 祝福の裏側
同じ頃――王宮では、まるで別の宴が始まっていた。
大広間に再び灯りが入り、音楽が流れる。昨夜の婚約破棄という衝撃的な出来事は、すでに「新たな祝福」へと塗り替えられつつあった。
「王太子殿下、おめでとうございます」
「聖女様と結ばれるとは、まさに神のご加護」
次々と浴びせられる言葉に、アルトゥールは満足げに頷いていた。昨夜の宣言は正しかった。そう、何度も自分に言い聞かせるように。
隣には、純白の衣を纏ったシエナが立っている。控えめに視線を伏せ、頬を淡く染める姿は、誰が見ても「清らかな聖女」そのものだった。
「皆さま……ありがとうございます。殿下のおそばに立てること、神に感謝いたします」
その声は柔らかく、震えを含み、守ってやりたいと思わせる。貴族たちの中から、感嘆の息が漏れた。
――これだ。
アルトゥールは内心で頷く。これこそが、自分にふさわしい隣人。民に希望を示し、神意を代弁する存在。冷静で理知的なミディアとは、違う。
「殿下は、正しい選択をなさいました」
側近の一人が、低い声で囁く。
「民も、教会も、皆が納得するでしょう」
「ああ……そうだな」
アルトゥールは杯を掲げた。
――私は、王として正しい道を選んだ。
それは、恋ではない。使命だ。王太子としての、責務。
だが、その胸の奥に、ほんの小さな違和感が芽生えていることを、彼は認めようとしなかった。
一方、少し離れた場所で、年配の貴族がひそひそと声を交わしている。
「しかし……あのバイエルン家の令嬢、随分と潔かったな」
「ええ。泣きもせず、騒ぎもせず……」
「むしろ、こちらが拍子抜けするほどだ」
その言葉を、アルトゥールは聞き逃さなかった。
「……何か言ったか?」
「い、いえ。殿下。何でもございません」
側近は慌てて頭を下げる。
アルトゥールは不機嫌そうに視線を逸らした。
――泣かなかった。
それが、なぜか気に障る。
婚約を破棄されたのだ。取り乱し、怒り、縋ってきてもおかしくはない。それが「普通」ではないのか。
「殿下……?」
シエナが、不安げに見上げる。
「何か、気になることが?」
「いや……」
アルトゥールは首を振った。
「問題ない。これからは、君が私の隣に立つのだ」
そう言って、シエナの肩に手を置く。彼女は小さく身を震わせ、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見て、周囲はますます「運命の二人」だと囁き合う。
だが――
祝宴の熱気の裏で、別の空気が、静かに広がり始めていた。
「……本当に、それでよかったのかしら」
貴族夫人の一人が、扇子で口元を隠して呟く。
「バイエルン家は、軽く扱っていい相手ではありませんわ」
「ええ。あの令嬢、王宮の実務をどれほど支えていたか……」
別の夫人が、意味深に頷く。
その会話は、まだ小さく、目立たない。だが、確実に存在していた。
アルトゥールは、そんな視線や囁きを「祝福の雑音」だと切り捨てる。
――問題ない。すべて、うまくいく。
そう信じたかった。
一方その頃。
バイエルン家の屋敷では、ミディアが静かな午後を迎えていた。自室の窓から庭を眺め、侍女が運んできた紅茶に口をつける。
王宮の喧騒は、ここには届かない。
「……祝宴、ですか」
報告として届けられた短い言葉に、ミディアは小さく息を吐いた。
祝われているのだろう。
新しい“運命の物語”が、始まったこととして。
だが、不思議と胸は痛まなかった。
「お嬢様……」
侍女が、言葉を探すように立っている。
「大丈夫です」
ミディアは、穏やかに答えた。
「私には、もう関係のないことですから」
それは、強がりではない。
事実だった。
王太子と聖女が祝福される裏で、自分は静かに、自分の人生を取り戻している。
誰にも気づかれない場所で。
ミディアは、カップを置き、庭に目を向けた。
新しい季節は、もう始まっている。
祝宴の光に照らされなくとも、確かに、ここに。
――後になって、あの祝福が「始まり」ではなく、「終わり」だったと知るのは、もう少し先の話だ。
今はただ、静かに時が流れていた。
同じ頃――王宮では、まるで別の宴が始まっていた。
大広間に再び灯りが入り、音楽が流れる。昨夜の婚約破棄という衝撃的な出来事は、すでに「新たな祝福」へと塗り替えられつつあった。
「王太子殿下、おめでとうございます」
「聖女様と結ばれるとは、まさに神のご加護」
次々と浴びせられる言葉に、アルトゥールは満足げに頷いていた。昨夜の宣言は正しかった。そう、何度も自分に言い聞かせるように。
隣には、純白の衣を纏ったシエナが立っている。控えめに視線を伏せ、頬を淡く染める姿は、誰が見ても「清らかな聖女」そのものだった。
「皆さま……ありがとうございます。殿下のおそばに立てること、神に感謝いたします」
その声は柔らかく、震えを含み、守ってやりたいと思わせる。貴族たちの中から、感嘆の息が漏れた。
――これだ。
アルトゥールは内心で頷く。これこそが、自分にふさわしい隣人。民に希望を示し、神意を代弁する存在。冷静で理知的なミディアとは、違う。
「殿下は、正しい選択をなさいました」
側近の一人が、低い声で囁く。
「民も、教会も、皆が納得するでしょう」
「ああ……そうだな」
アルトゥールは杯を掲げた。
――私は、王として正しい道を選んだ。
それは、恋ではない。使命だ。王太子としての、責務。
だが、その胸の奥に、ほんの小さな違和感が芽生えていることを、彼は認めようとしなかった。
一方、少し離れた場所で、年配の貴族がひそひそと声を交わしている。
「しかし……あのバイエルン家の令嬢、随分と潔かったな」
「ええ。泣きもせず、騒ぎもせず……」
「むしろ、こちらが拍子抜けするほどだ」
その言葉を、アルトゥールは聞き逃さなかった。
「……何か言ったか?」
「い、いえ。殿下。何でもございません」
側近は慌てて頭を下げる。
アルトゥールは不機嫌そうに視線を逸らした。
――泣かなかった。
それが、なぜか気に障る。
婚約を破棄されたのだ。取り乱し、怒り、縋ってきてもおかしくはない。それが「普通」ではないのか。
「殿下……?」
シエナが、不安げに見上げる。
「何か、気になることが?」
「いや……」
アルトゥールは首を振った。
「問題ない。これからは、君が私の隣に立つのだ」
そう言って、シエナの肩に手を置く。彼女は小さく身を震わせ、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見て、周囲はますます「運命の二人」だと囁き合う。
だが――
祝宴の熱気の裏で、別の空気が、静かに広がり始めていた。
「……本当に、それでよかったのかしら」
貴族夫人の一人が、扇子で口元を隠して呟く。
「バイエルン家は、軽く扱っていい相手ではありませんわ」
「ええ。あの令嬢、王宮の実務をどれほど支えていたか……」
別の夫人が、意味深に頷く。
その会話は、まだ小さく、目立たない。だが、確実に存在していた。
アルトゥールは、そんな視線や囁きを「祝福の雑音」だと切り捨てる。
――問題ない。すべて、うまくいく。
そう信じたかった。
一方その頃。
バイエルン家の屋敷では、ミディアが静かな午後を迎えていた。自室の窓から庭を眺め、侍女が運んできた紅茶に口をつける。
王宮の喧騒は、ここには届かない。
「……祝宴、ですか」
報告として届けられた短い言葉に、ミディアは小さく息を吐いた。
祝われているのだろう。
新しい“運命の物語”が、始まったこととして。
だが、不思議と胸は痛まなかった。
「お嬢様……」
侍女が、言葉を探すように立っている。
「大丈夫です」
ミディアは、穏やかに答えた。
「私には、もう関係のないことですから」
それは、強がりではない。
事実だった。
王太子と聖女が祝福される裏で、自分は静かに、自分の人生を取り戻している。
誰にも気づかれない場所で。
ミディアは、カップを置き、庭に目を向けた。
新しい季節は、もう始まっている。
祝宴の光に照らされなくとも、確かに、ここに。
――後になって、あの祝福が「始まり」ではなく、「終わり」だったと知るのは、もう少し先の話だ。
今はただ、静かに時が流れていた。
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