婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第15話 崩れ始める均衡

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第15話 崩れ始める均衡

 王都からの使者が去った翌日、政庁の空気は、微妙に変わっていた。

 表立って何かが起きたわけではない。
 だが、人の動きが、ほんのわずかに早く、言葉が少しだけ慎重になっている。

 ――皆、気づいている。

 王都が、この辺境に“目”を向け始めたことを。

「ミディア様、こちらを」

 財務担当が差し出した資料に、ミディアは目を落とした。
 街道整備に関する中間報告。数字は順調だ。予定通り、いや、それ以上に。

「……流通量が、予想より増えていますね」

「はい。商人たちが、安心して往来できるようになった結果です」

 財務担当の声には、隠しきれない手応えが滲んでいた。

 ミディアは、静かに頷く。

「想定内です。ですが――」

 指先で、ある項目を示す。

「この増加は、王都の市場にも影響を与えます」

「……やはり」

 財務担当は、表情を引き締めた。

 辺境の物流が改善されれば、当然、王都に流れ込む物の量も変わる。
 価格、供給、利権。すべてが、連動する。

「王都が黙っているとは、思えません」

「ええ」

 ミディアは、淡々と答えた。

「だからこそ、こちらは“普通に”やり続けます」

 対抗も、誇示も、必要ない。
 結果だけが、静かに均衡を崩していく。

 昼前、アイロス・アルツハイムとの定例確認が行われた。

「王都の動きは?」

 彼の問いは、端的だった。

「探りを入れてきています」

「干渉は?」

「今のところ、言葉だけです」

 ミディアは、昨日の来訪を思い出す。

「ただし、次は“正式”を装ってくるでしょう」

 アイロスは、少しだけ口角を上げた。

「想定内です」

 その反応に、ミディアは小さく息を吐く。

「……強気ですね」

「いいえ」

 彼は、静かに否定した。

「こちらが、正しいことをしているだけです」

 その言葉には、迷いがなかった。

 午後、商会から緊急の連絡が入った。
 王都の有力商人が、アルツハイム領を経由せず、別のルートを使い始めているという。

「……圧力、ですね」

 事務官が言う。

「ええ」

 ミディアは、即座に状況を整理する。

「ですが、それは一時的なものです」

「理由は?」

「不便だからです」

 あっさりとした答えに、事務官は目を瞬かせた。

「物流は、感情では動きません。効率です」

 遠回りは、必ずコストになる。
 王都の思惑が、現実に勝てるとは限らない。

 夕方、村の代表者たちとの打ち合わせがあった。
 彼らは、少し緊張した面持ちで集まっている。

「……王都が、何かしてくるのではないかと」

 年配の男が、率直に切り出した。

「心配になるのは、当然です」

 ミディアは、落ち着いた声で応じる。

「ですが、私たちは、これまで通り進みます」

「それで……大丈夫なのですか」

「大丈夫かどうかは、約束できません」

 一瞬、空気が張り詰める。

「ですが」

 ミディアは、続けた。

「止まれば、確実に悪くなります」

 沈黙の後、誰かが小さく頷いた。

「……そうだな」

 決意は、連鎖する。

 夜、宿舎に戻ったミディアは、机に向かいながら、ふと考えた。

 王都と辺境。
 かつては、一方的な関係だった。

 だが今、その均衡が、静かに崩れ始めている。

「……戻れなくなりますね」

 小さく呟くと、なぜか、心は軽かった。

 戻らないのではない。
 もう、戻る必要がない。

 窓の外で、工事の音が、規則正しく響いている。
 それは、不安を打ち消すような、確かなリズムだった。

 ミディア・バイエルンは、ペンを取り、次の計画に目を通す。

 均衡は、崩れる。
 だが、それは破壊ではない。

 ――新しい形が、生まれる前触れだった。
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